物流の要衝スエズ運河が開通150周年、経済特区の開発で投資誘致(エジプト)

2019年12月26日

アジアと欧州の海路を結ぶスエズ運河は、紅海側のスエズと地中海側のポートサイード間の全長約190キロで、11月17日に開通150周年を迎えた。記念式典でスエズ運河庁のオサマ・ラビア長官は、1869年の開通からこれまで130万隻(総重量286億トン)が通過し、1,359億ドルの収益を上げたと述べた。2018/2019年度(2018年7月~2019年6月)は1万9, 000隻(12億トン)が通過したという世界的な物流の要衝だ。

通行料はエジプトの主要な外貨収入源

スエズ運河通行料は主要産業の観光とともに、エジプトの主要な外貨収入源となっている。エジプト中央銀行によると、2018/2019年度の収入は約57億ドルで、GDP全体の約2.4%を占めた。同年度のエジプトのGDP成長率は5.1%だったが、産業別でスエズ運河収入は7.9%を記録した。スエズ運河庁によると、通過重量は2008年の世界的な金融危機で落ち込んだものの、1975年の年間約5,000万トンから2018年の約11億トンまで総じて増加傾向だった。世界的な船舶大型化の傾向もあり、船の通過数は2009年以降、年間1万7,000~1万8,000隻程度でほぼ横ばいだ。通行料は積み荷の商品や船の大きさによって異なるが、1隻につき平均約30万ドルとなっている。

図1:スエズ運河通過隻数の推移(隻)
1975年から2018年にかけての推移。1980年代初頭まで概ね増加。1980年代初頭から2000年代初頭にかけて減少。2000年代初頭から2008年にかけて増加し、2009年以降は年間1万7,000~1万8,000隻程度でほぼ横ばい。

出所:スエズ運河庁

図2:スエズ運河通過重量の推移(1,000トン)
1975年から2018年にかけての推移。2008年は落ち込んだものの、1975年の年間約5,000万トンから2018年の約11億トンまで総じて増加傾向。

出所:スエズ運河庁

エルシーシ大統領の肝いり事業として2015年に複線化

2014年に就任したアブドゥルファッターハ・エルシーシ大統領が肝いり事業としてスエズ運河拡張に取り組み、2015年に複線化された新スエズ運河が開通した。エジプトでは工事の進捗が遅れることが多いものの、大統領の後押しにより、複線化工事は前倒しされわずか1年で完工した。複線化により船の待機時間と通過時間が短縮され、また、政府は欧州とアジアを結ぶ最短航路に位置する地の利を生かし、スエズ運河近隣で経済特区の開発と投資誘致に力を入れている。

スエズ運河経済特区(SCZone)の開発を推進

エジプト政府は2000年代からスエズ運河周辺で経済特区の開発を続けており、2003年に第1フェーズの北西スエズ経済地区として90平方キロ、2007年に約97平方キロに拡大し、2015年の複線化に合わせてさらに拡大して約461平方キロをスエズ運河経済特区外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますとして制定した。投資や貿易の拡大と雇用創出のため、同地域のインフラ整備や、農業・工業・サービス業で競争力のあるプロジェクト誘致を進め、産業集積に取り組んでいる。

アイン・ソフナ港に隣接する工業団地に60社超が入居、中国企業も進出

スエズ運河経済特区内には6つの港と5つの工業団地があり、運河のアジア側のアイン・ソフナ港はアジアからの貨物を多く扱っている。アラブ首長国連邦(UAE)のドバイ・ポーツ・ワールド(DP World)が同港を運営しており、11月に事業拡大を公表した。同港は2002年開港と比較的新しく、荷物のハンドリングと税関手続きなどは、エジプトの他の港と比べるとスムーズだという。立地もカイロ中心部まで車で約2時間で、政府が建設を進める新行政首都にも近いなど利便性が高い。

スエズ運河経済特区は大半が砂漠だった地域を開発しているため、インフラ整備に時間を要しているが、アイン・ソフナ地域の開発は進んでいる。既に電気、ガス、水道、通信などが整っており、企業向けに工業団地も設置されている。スエズ工業開発公社 (SIDC) はアイン・ソフナ港近くの約9平方キロの工業団地を運営する。肥料や化学、鉄鋼、製紙、石油製品など64社が活動しており、外国企業も15社程度入居している。中国の「一帯一路」構想にもエジプトが組み込まれており、スエズ運河地域にも中国からの投資が進んでいる。天津経済技術開発区(TEDA)は「中国・エジプト・スエズ経済貿易協力区」を設けており、中国遠洋運輸集団による物流拠点設置や、巨石集団が進出しガラス繊維を生産している。


アイン・ソフナにおける工業団地(SIDC提供)

ロシアはポートサイードで工業団地建設を計画

スエズ運河の地中海側に位置するポートサイードは、欧州からの距離が近く、欧州諸国の物流業者の拠点などが設けられている。ロシア企業専用の工業団地の建設も計画されており(2019年2月25日付ビジネス短信参照)、10月にはロシアの官民ミッションがエジプトに派遣され(2019年10月25日付ビジネス短信参照)、現在約30社が工業団地への入居を検討しているという。

優遇措置は見劣りとの指摘も、好立地への投資呼び掛け

エジプトでの投資の障壁として、煩雑で不透明な行政手続きと規制が指摘されるが、経済特区では優遇措置を設けている。(1)大幅な自治権、(2)統合された通関行政、税制、紛争仲裁、許認可、投資家向けサービス、(3)従来に比べて柔軟な労働・雇用規制などがある。その他、輸出向け製品の生産に必要な機械・機器、原料、部品などを輸入する際の関税とVATの免除がある。スエズ運河の中央に位置するイスマエリア県に本部を置く内閣直轄のスエズ運河庁が特区内の会社設立を承認し、特区内の管理や手続き承認を行うワンストップショップも設立されている。ドバイや他国の経済特区と比べると優遇措置が見劣りするとの声もあるが、政府は世界的な物流の要衝である立地の良さを売り文句に、スエズ運河一帯への投資を呼び掛けている。

執筆者紹介
ジェトロ・カイロ事務所
井澤 壌士(いざわ じょうじ)
2010年、ジェトロ入構。農林水産・食品部農林水産企画課(2010年~2013年)、ジェトロ北海道(2013~2017年)を経て現職。貿易投資促進事業、調査・情報提供を担当。