専門家に聞く、最新のインド法務相談
不正やセクハラ、個人情報保護法案など

2019年7月16日

インドは法令が頻繁に改正され、さらにその解釈が困難ともよく言われるが、その時々の改正にいち早く対応し、適切なコンプライアンスを維持することは企業活動の基本だ。インドでは、進出日系企業の法務分野における直近の課題、その解決策・予防策、今後注意すべき内容は何なのか。AsiaWise法律事務所所属の日本人弁護士で、同事務所と提携関係にあるインドのWadhwa Law Officesに出向中の佐藤賢紀氏に、最近のインドにおける法務トピックについて聞いた(2019年6月18日)。

質問:
最近、進出日系企業から相談の多い内容は何か。
答え:
1つは、従業員の不正をはじめとするコンプライアンス違反への対応だ。以前からよく見られる相談だが、いまだに不正対応の相談は後を絶たない。弊所の久保光太郎代表は10年近くインド法務に注力しているが、やはり現在に至るまでコンプライアンス関連が最も多い相談の1つだという。特に最近増えているのは、内部通報から発覚するケースだ。従業員から本社や現地の管理職宛に通報があり、これをきっかけに調査を開始したところ、横領やキックバックなどの不正が発覚することが多々ある。私が駐在を開始した2019年4月からに限っても、具体的な案件にまで至らないケースも含めると枚挙にいとまがない。
質問:
コンプライアンス違反の発生を回避するための注意点は何か。
答え:
不正を回避するためには、社内の管理体制を整えることや監査をしっかりと行うことが重要なのはもちろんだが、事前の対策で完全に防ぐことは難しいとも感じている。ローカルスタッフと協調してビジネスを行っていく以上、責任者にはある程度の裁量を持たせる必要があり、細部まで厳格に管理するのは難しい。また、現地では限られたコストでビジネスの成果を出す必要があることを考えると、コンプライアンス体制の構築に時間とコストをかけすぎるのは現実的ではない。個人的には、コンプライアンス違反が発覚したら、徹底的に調査を行い、社内処分や民事および刑事責任の追及を粛々と行うことが重要と感じている。そのような厳格な姿勢を他の従業員にも見せることが、その後の不正の抑止効果となり、経営層に対する信頼を取り戻すことにもつながるからだ。

インタビューに答える佐藤弁護士(ジェトロ撮影)
質問:
不正発覚時には具体的にどのような対応が求められるのか。
答え:
3つのポイントがある。1つ目は、初動対応だ。内部通報などにより不正発覚の端緒を得た際には、迅速かつ慎重な調査が必要となる。現地では、管理職に対し、在職の従業員のみならず退職者や取引先に至るまで、種々の不平不満が寄せられることがある。なかには個人的な内容も多く、選別は容易ではないが、その中に不正発覚の端緒がありうる。問題となりそうな事実を見逃さないことが必要だ。
初動対応を適切に行うには、有事の際に誰がどのような手順で調査を行うかについて、ある程度想定しておいた方がよい。まず、社内の誰が調査を担当するかが挙げられるが、事案の性質上、限られた人員で情報共有、調査を進めざるを得ず、他の駐在員に情報を共有することが不適当な場合もある。他国の地域統括や本社に協力を仰ぐという方法も取りうる手段だ。その際は、迅速な情報共有が必要となるので、われわれのような日印でワンチームの体制を取る専門家を利用するのが効率的だろう。また、どのような調査が可能かも事前に確認しておくべきだ。具体的には、従業員のメールなどをクラウド上から確認できるか否か、PC(パソコン)や携帯電話が貸与か個人所有か、メールや資料の確認に総務スタッフの協力が必要か、必要な場合には確実に信頼できそうな者は誰かなどは、事前に確認しておくことが可能なはずだ。
2つ目は、弁護士秘匿特権(Privilege)についてである。インドは英米法系コモンローの国であり、弁護士秘匿特権が存在する。そのため、いったん弁護士に依頼すれば、後の裁判や刑事手続きにおいて、会社と弁護士間のやり取りを秘匿する権利が認められている。これにより、会社の機密情報や調査に関する情報について、開示するか否かなどを会社が自らコントロールでき、安心して調査を進めることができる。不正の端緒を得つつ、まだ全体像が見えない場合でも、まずは調査の前提として弁護士への依頼を行い、秘密を確保しておくことを推奨する。
また、調査を進める中で、PCなどを回収して証拠保全・分析調査などを実施することが多いが、やみくもに行っても何も見つからなかったという事態も往々にして見られる。一定の指針を持って調査を行うためにも、早めに弁護士へ相談することをお勧めしたい。
3つ目として、会社は警察に「FIR(First Information Report)」を登録させることが重要である。不正が発覚した場合に、まず、会社が警察に告発(Complaint)し、警察がこれを受理して、FIRを登録すれば、捜査が開始されることとなる。もっとも横領のようなケースでは、事案自体が複雑で捜査に労力がかかることも多いため、警察がすぐにFIRを登録するとは限らない。迅速にFIRを登録してもらうためには、社内外で十分な証拠を収集して準備した上で告発することが重要である。FIRが登録できれば、会社および取締役としてやるべきことをやったと言い得る事情ともなる。以上の3点は、不正発覚時の対応として、留意されたい。
質問:
ほかに相談が多い内容は。
答え:
前述の不正対応においても問題となるが、労働問題に関する相談は多い。最近の労務案件の対象となるのは、工場労働者などのワークマン(注)よりも、ノンワークマン、特に管理職など一定のポジションにある者に関する相談だ。不正やセクハラ、パワハラが発覚すれば、社内処分を検討することになるのは当然だが、最近はインドへの進出から一定期間が経過して、体制を見直すタイミングで解雇を検討するというケースも多いと感じる。
法律上、インドではワークマンが手厚く保護されていることから、ノンワークマンについても解雇が難しいと考えている方もいるが、実は契約書の規定次第では、解雇がそれほど難しくない場合も多い。つまり、契約が重要になってくるので、特に解雇(Termination)や裁判権(Jurisdiction)の条項について見ておくとよい。ただし、インドでは定期的な人事評価を本人に伝えることが一般的であり、これを怠り、規定のみに頼った解雇を行うと、後に紛争となりやすいため、併せて注意が必要である。
なお、セクハラに関する処分については、一定規模以上の事業所はセクハラ委員会を設置し、法定の手続きを取ることが求められている。
質問:
今後に予定、予想される法改正などはあるか。
答え:
2018年8月に公表された個人情報保護法案(the Personal Data Protection Bill, 2018)は、インド国内に法人を有しているか否かにかかわらず、日本企業のビジネスにも大きく影響する可能性があるため、その成立のタイミングを注視している。
新法案では、インド政府により「重要個人データ」(Critical Personal Data)と分類された個人情報について、インド国内のサーバーでの保管を義務付け、インド国外への移転を禁止する規定が設けられている。加えて、全ての「個人データ」(Personal data)を対象に、インド国内のサーバーで、少なくともその一部のコピーを保管しなければならないとも規定されている。このように、新法案では「個人データ」のローカライゼーション規定が新設されており、対象となる企業は、インド国内で取得した情報の管理および保管方法について、見直しを迫られる可能性がある。また、その適用対象は、インド国民やインド国内の法人のみにとどまらないため、インド国外からサービス提供のみを行う日系企業も状況を注視する必要があるだろう。
質問:
新法案における注意点は何か。
答え:
まず新法案では、インド国内でインドの法令に基づいて設立された会社や、インド国民などが「個人データ」を取得する場合には、データ主体(本人)の所在、国籍などに関係なく適用される。さらに、「個人データ」の取得ないし処理がインド国内で行われていない場合であっても、新法案が適用されるケースがあることに留意が必要だ。
例えば、新法案では、日本に所在する日本企業が、電子商取引などのインターネットを介したビジネス活動を行い、当該ビジネス活動を通じてインド国内の「個人データ」を取得する場合にも、適用される恐れがある。
質問:
施行などの見通しは。
答え:
現在審議中の新法案は、データ・ローカライゼーションに関する規定を除き、データ受託者などの法令上の義務は、施行日から18カ月後に生じるものと定めている。データ・ローカライゼーションに関しては、より早期に施行される可能性がある。なお、新法案とは別に、ヘルスケアに関するデジタル情報セキュリティー法〔Digital Information Security in Healthcare Act, 2018(通称DISHA)〕の法案も、並行して議論されているところだが、同法案と新法案との間に規定の重複が見られるため、両法案が議会承認される前に、大幅な内容変更などが行われる可能性が残っている。われわれとしても、同法案の審議の動向を注視している。

注:
ワークマン(Workman)とは、(1)肉体的、非熟練的、熟練的、技術的、運営管理的もしくは事務的作業を行うため、いずれかの産業において雇用されている者(見習工を含む)、または、(2)(a)経営者的、管理者的立場にある者、(b)監督的作業を行うために雇用されているが1カ月当たり1万ルピーを超える賃金を得ている者などを除いた者とされ、ノンワークマン(Non-Workman)はそれ以外の者とされている(1947年産業紛争法 :Industrial Disputes Act, 1947)。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューデリー事務所
古屋 礼子(ふるや れいこ)
2009年、ジェトロ入構。在外企業支援課、ジェトロ・ニューデリー事務所実務研修(2012~2013年)、海外調査部アジア大洋州課を経て、2015年7月からジェトロ・ニューデリー事務所勤務。