社会信用が企業の環境順法意識を育成(中国)
中国環境規制は成功するのか(1)

2018年5月29日

中国の環境規制は大きな変革期にあり、2015年から2017年にかけてほとんどの法令が改正された。2018年初頭の全国両会(全国人民代表大会、全国政治協商会議)においては金融リスク改善、貧困対策と並ぶ重要な政治課題として取り上げられた。中国政府の強い決意は、「生態文明体制の改革を加速し、『美しい中国』を建設すること」「青い空を取り戻すための闘い」「青い山、澄んだ川は宝の山である」といったスローガンにも表れている。しかし、この大改革は成功するのであろうか。


「環境保護、青い空、青い山、緑の水」
(出所)生態環境部ウェブサイトより

1. 中国の環境規制の大改革期の眼目は

昨年まで筆者は、中国の環境規制手法は強権的であり、公正さに欠け、未熟なものだと考えていた。なぜなら、これまでは「国際的なイベントの前に周辺工場を一律で操業停止させ、かりそめの青い空を演出する」「規制値を守ることができない環境保護装置が取り締まられることなく公然と売られている」「政府お墨付きの認定業者に依頼したにもかかわらず、規制が守れなかった、測定が不正確であったなど環境市場をコントロールできていない」という状況であったからだ。

他方で、改正された内容が次第に明らかになってくると、中国政府や中国環境保護部(現「生態環境部」)の目指している環境規制に、企業を環境保護に向かわせる幾つもの工夫があることが分かり、筆者は考えを改めざるを得なくなった。例えばそれは、強権的に汚染企業を廃業させるだけでなく、汚染型業種を一カ所に集積させ効率的に集中管理する。また、ITを駆使して環境に関する信用情報を大々的に公開し、信賞必罰の原則で、企業に自主的な環境保護の取り組みを促すといった政策だ。中国政府と国民の意識が環境保護強化に向かっているのは明らかだが、メインプレーヤーである企業の意識を利益にならない環境保護に向けるのは一般的に難しい。次項では具体的に中国の環境規制の変更とそのポイント、企業の意識を変える施策について、筆者が考えを改めることになった理由を説明する。

2. 中国の環境規制の変更と改革のポイント

まず中国の環境規制の変更を概括したい。表のとおり、2015年1月に環境保護法(1989年12月に施行)が約25年ぶりに改正、施行された。その改正に伴って、政府の中長期的な目標と施策を示す「行動計画」が相次いで発表され、水、大気、土壌、悪臭、騒音、固体廃棄物と環境に関する全ての基本法令、基準が改正された。汚染排出許可証制度、環境影響評価制度など環境管理手法までが大幅に変更された。

表:中国の主な公害と環境保護法制
主な公害事件など 対策法制定
1979年 環境保護法(試行)制定
1984年 環境保護局創設
1987年 大気汚染防止法施行
1989年 環境保護法制定
2000年 大気汚染防止法改正
2004年 化学会社による「四川陀江特大水汚染事件」
2005年 石化工場による「松花江汚染事件」
2006年 第11次5カ年計画開始
2009年 在中国米国大使館、PM2.5の数値をTwitterで公表開始
2008年 水汚染防止法改正(2度目)
2011年 第12次5カ年計画開始
2013年 大気汚染防止行動計画
2015年 天津浜海新区倉庫爆発事故 環境保護法改正(25年ぶり)、水汚染防止行動計画
2016年 工場跡地、周囲の化学工場による「常州外国語学校事件」 第13次5カ年計画開始、大気汚染防止法改正、土壌汚染防止行動計画、固体廃棄物環境汚染防止法改正、環境影響評価法改正、排出許可証制度実施方案
2017年 水汚染防止法改正(3度目)、 土壌汚染防止法(パブコメ案)
2018年 環境保護税開始、排出権取引全国版開始
出所:
各種資料を基に著者作成

これら環境規制改正の中で、重要だと考えられるポイントを述べてみたい。

一つは環境影響評価制度の改正などでみられる事前規制から事後規制への流れである(注1)。以前は、企業が申請したものを政府の環境主管部門が責任をもって検査、是正、認可していたものを、改正後は企業が政府発行のガイドラインを見ながら自らの責任で申請書を作成、政府が簡易に審査、認可するように変更された。認可を受けることが容易になる一方で、新たに事後にサンプル調査を行い、法令違反が見つかれば重い罰則が科されることとなった(注2)。これは2018年からスタートした環境保護税でも同様で、例えば税額の基礎となる排出量について、その計算も含めて政府の発行した分厚いガイドラインを参照しながら作成するのは企業であり、企業はその排出量に責任を負う。企業が排出量を過少申告したことが発覚した場合、重い追徴課税を支払わなければならない。

次に、規制の重点化である。例えば、改正水汚染防止法(第23条)や改正大気汚染防止法(第24条)には、「特に重点汚染排出事業者は、オンラインモニタリングシステムを設置し、環境保護主管部門とネットワークを接続しなければならない」といった記述がある。これら重点汚染排出企業は、規制対象の焦点として世間に対して「見本」かつ「見せしめ」になる企業群である。規制を順守する企業である限りホワイトリスト的な扱いを受けるが、いったん違反すればブラックリストとして厳罰に処される危険性がある。上海市は、多くの地方政府に続いて2017年12月に「上海市2018年重点汚染排出企業リスト」外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(水関連667社、大気関連287社、土壌関連397社、騒音関連7社、その他119社)を公表した。リストに掲載された企業の多くは大企業であり、数千万円から数億円といわれる環境保護機器やオンラインモニタリングシステムの設置が可能な規模である。これら企業は、24時間365日工場の汚染排出状況が監視対象となり、ガラス張りの監視体制の下で生産を行わなければならない。

また、この重点汚染排出事業者を含めた全ての企業を抑えるための「網」として機能するのが排出許可制度である。中国政府は、2016年11月に「排出許可制度実施方案」、2017年7月に「汚染排出許可分類管理目録(2017年)」を定めた。これらの改正は、一部業界かつ大手企業に限られていた排出許可制度の対象を拡大、本格化したものだ。まず、タイムスケジュールが定められている。2020年までに固定汚染排出源全業種(自動車などの移動排出源を除いたほぼ全ての製造業が対象)が排出許可制度による規制の対象となる。前出の目録において、2017年中に製糖、染色、皮革、製紙、石油精製、基礎化学、コークス、肥料、農薬、化学薬品、石こう、製鉄・鉄鋼などの一部産業、一部地域は、本許可証を取得することが義務付けられている。この排出許可制度により、中国政府は、地域ごとや業界ごとの排出データの推移、総量規制の達成状況をより正確に把握できるようになる。

さらにこの排出許可制度は、2017年から全国で運用が統一され全て電子申請化された。対象企業は「全国汚染排出許可証管理情報プラットフォーム」のウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(画像2)から許可証の申請、受理、審査・認可、発行、変更、更新、取り消し、紛失再発行などを行うことができる。さらに許可された段階で、ネット上に許可情報が5日間公開される。公開される情報には、日本では考えられないことだが、企業秘密である排出物質、濃度、年間排出総量の具体的な数値なども含まれる。この公開された許可情報は、自社社員やライバル企業だけでなく、環境関連非政府組織(NGO)などにも知られる可能性がある。信用やブランド価値が低下するリスクの高まりから、企業は真剣に法令順守、排出量削減に向き合わざるを得なくなる。こうした自浄作用が働くことにより「グリーン連鎖」(多くの企業が環境保護活動に取り組む動き)が広がることが考えられる。


「全国汚染排出許可証管理情報プラットフォーム」許可情報公開画面
(出所)生態環境部ウェブサイトより

最後に、2014年に国務院から公布された「社会信用システム構築計画綱要」外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますについても触れておきたい。これは2020年に向けて、個人の信用記録の情報公開によって、良い行いをした者が評価を受け、悪い行いをした者が社会的な制裁を受けるようにしたものである。この綱要に基づいて中国政府は行政処罰歴などの「社会的な不正行為」の公表を進める。環境保護法には、この綱要を受けて「社会的な不正行為」である環境行政処罰、汚染企業の主要汚染物質の名称、排気方式、排出濃度と総量、汚染防止施設と運用状況について公開すると定められている。この規定を受けて、各省市では、違反企業名、具体的な違反事例を詳細に公表しており、前出のプラットフォームにおいても汚染排出許可を得た企業の排出状況などを公表している。環境分野の規制強化は、社会信用システム構築の流れとぴったりと一致していることが理解できよう(注3)。

3. まとめ

同済大学緑色建築及新能源研究中心の譚洪衛教授は筆者の質問に答え、中国の環境規制強化について「中国政府は、過去『単に経済発展に偏り環境悪化を招いた』教訓から、本格的な環境規制強化を始めた。それは今までと違って、法令整備だけではなく、法令の実行力が重視され、効果を強く求めるようになった。これらの動きはもはや外部からの圧力ではなく、中国社会自身の持続発展および世界への貢献のためだと真剣に考えたもので、勇気ある行動だと思う」と高く評価した。

譚教授のいう「実行力」重視の法規とは、上述した事前規制から事後規制への流れや規制の重点化、社会信用システムの構築などが該当するだろう。これらによって、環境保護のメインプレーヤーである企業は、汚染物質の排出状況を自ら把握し、環境保護装置を設置し、基準値を大幅に下回る排出値で環境保護税の免税を受ける。重点企業はオンラインで排出状況が確認され、一瞬でも基準値が上回れば、瞬時にフラッグが上がり政府役人が取り締まりに来る。高額な罰金を支払うだけでなく、違反企業として実名を公表される。この仕組みの中で企業の意識はこの1、2年で大きく変化するに違いなく、環境保護に大きく貢献すると考えられる。

なお、本稿では、環境規制の管理手法を解説した。環境規制の強力な推進力である中央政府による環境監査については次稿で解説したい。


注1:
事後規制化によって、政府への影響は、監査・監督に専念できるようになることである。
注2:
2015年の環境保護法の改正によって罰則も大幅に引き上げられ、総投資額の1%から5%に上昇し違法コストが大幅に上昇した。
注3:
社会信用システムと環境保護法の関係については「中国環境対策動向-環境NGO IPEとは-PDFファイル(4.1MB)」(SGS 北東アジア・事業開発部 シニアマネージャー 古川智史)を参考にした。
執筆者紹介
ジェトロ・上海事務所 経済信息・機械環境産業部長
原 健太郎(はら けんたろう)
1996年4月経済産業省入省。2015年8月にジェトロ出向、上海事務所にて経済信息・機械環境産業部長として勤務。