変化に対応し事業を拡大(米国)
ホーチキアメリカに聞く

2018年5月15日

ホーチキアメリカ(本社:カリフォルニア州)は、ホテルや学校などに設置する火災報知設備を生産・販売している。同社は1972年に米国に進出して以降、取引先の状況変化や経済情勢による影響を受けながらも、米国内外の事業を拡大してきた。同社の亀井博史副社長兼最高財務責任者(CFO)と田吹廉製造ディレクターに、事業展開について聞いた(2月27日)。

システム販売への参入が転機

質問:
海外進出の状況は。
答え:
海外は11カ国・地域に13拠点あり、生産工場は米国、英国、日本に置いている。火災報知機器の規格は、世界的には米国のUL規格と欧州のEN規格が主流であり、新興国もこのどちらかの規格を採用することが多い。日本は独自の規格だが、台湾や一部のアジア諸国では人気がある。ホーチキは、米国工場でUL規格およびEN規格、英国工場でEN規格、日本工場で日本規格の製品を生産しており、どの規格の製品でも世界中のお客さまに提供できる体制を構築している。
質問:
米国進出は。
答え:
米国では、1972年にカリフォルニア州南部オレンジ郡にホーチキアメリカを設立し、1988年に現地生産を開始した。進出当初は、他の受信機メーカーに、火災感知器の相手先ブランドによる製品(OEM)供給を行っていた。しかし、製品OEMビジネスは、納入先が他社に買収されると、買収企業のグループ製造企業に取引を変更されてしまうリスクがあり、他社製品との競争が激しい。このため、自社製の火災報知システムの開発に着手した。2003年からは施工会社なども顧客となり、システムを含めて提供できる体制となったため、各地での営業が重要になった。

米国市場でのシェア拡大を目指す

質問:
米国の販売状況は。
答え:
取引先は施工会社を中心に全米で約350社ある。日本では高層階にも設置・提供できているが、米国では、高層階の建物にはそのための許可も別途必要であり、ランドマークとなるような建物は競争も激しい。現在はホテルや学校、病院等の中層階までの建物が主流だ。リーマン・ショックなどの景気後退の影響により縮小を迫られた時期もあったが、近年では順調に販売を伸ばしている。2017年には米国拠点を拡張した。現地採用の営業職がしっかりとお客さまに提案できる営業を行っている。また、技術的な問題にすぐに対処するサポート体制も取っている。
ただし、米国市場の販売シェアはまだ全体の1%で、日本での28%、欧州での20%と比べると小さい。米国市場は、ハネウェルやタイコ、ユナイテッド・テクノロジーズ(UTC)などの大手企業が存在し、競争が厳しい。しかし、製品の品質や性能はこれらの企業に負けておらず、今後さらに販売を拡大できる余地は大きい。市場規模が大きい米国で販売シェア1%を2%に伸ばすだけでも、販売額への寄与度は大きいと期待している。
欧州市場でも、他社製品と比較して誤作動が少ないことを評価していただいており、英国の鉄道会社などにも納品している。小売店やモールでもし誤作動が起きれば、お客さまの避難に伴い取り返せない大きな機会損失が生じてしまう。米国市場でも誤作動の少なさは「ウリ」になると考えている。
また、セキュリティー関係のISCや米国の火災報知機の施工規則が決められるNFPAなどの展示会や会議にも継続して出展している。単なる技術の披露ではなく、日本以上に米国の展示会は実際に商談を行う場になっている。さらに、継続して展示会に出展することで業界内でのプレゼンスを保つことができ、大手企業だけでなく、今後競合相手となりえる中国などの新興企業に関する情報も入手できる。
質問:
米国の中で注目している地域は。
答え:
新しく建物が作られる地域には、当社製品の需要がある。その点では、トヨタ自動車なども進出し、企業の集積が進むテキサス州ダラスは、今後当社にとっても主戦場になると見ている。2017年7月には、日系の輸送業者と契約し、製品在庫を置く倉庫をダラスに設置した。

地域毎の規制の違いが全米展開の障壁

質問:
米国市場の難しさは。
答え:
連邦政府の規制のほか、州、郡、市により異なる規制がある。例えば、ある市では、その市の消防士が一つの鍵でどこのメーカーのコントロールパネルでも開けることができるよう、特別な仕様の鍵をつけなくてはならない。このため、同一製品を全ての地域に販売することができず、米国を一つの国として展開できないことが、全米展開の難しさである。上記全ての規制に適合した製品をそれぞれ作ることは不可能であり、当社製品の需要が大きそうなところなど、販売対象とする地域を事前に戦略的に絞り込む必要がある。
また、人件費など経費の上昇が課題だ。対応策として、生産と物流の効率化に取り組んでいる。
生産の効率化については、工場の自動化を推進すると共に、従業員が助け合うことで柔軟な生産ラインを構築している。当社の従業員は、一人で複数の工程をこなせるように訓練している。欠勤が出た場合や生産工程の一部が滞った場合には、臨機応変にカバーし合ったり、チームを分けて協力し合うことが可能な体制にしている。当社近くにはベトナム人コミュニティーがあり、工場で働いている従業員の多くが勤勉なベトナム系移民だ。
物流の効率化については、カリフォルニア州の本社とペンシルバニア州のフィラデルフィアにある既存の倉庫に加え、先に述べたように、ダラスにも物流拠点を設置した。米国内3拠点からの最適配送が可能となったことにより、従来、西海岸から東海岸まで5日間かかっていた配送時間を2日間に短縮することができ、「すぐに製品を送ってほしい」というお客さまの依頼にも対応できるようになった。また、輸送費はお客さま負担のため、短い距離で輸送費を抑えられれば取引先へのサービス向上につながる。
質問:
課題は。
答え:
2020年5月に火災報知器のUL規格が大幅に改正される。従来の規格では木材が燃えたときに生じる「白い煙」を感知することができればよかったが、新規格では、家庭に一般的に見られるようになったソファやマットレスの素材であるポリウレタンが燃えたときに生じる「黒い煙」も感知することができる必要がある(注)。さらに、半導体の一部部品は業界全体で供給不足になっているが営業スタッフが頑張って受注にこぎつけた契約を、生産の事情で逃してはいけない。当社はどの規格に沿った製品でも提供できる自信があるが、将来の需要の変化も見据え、原材料管理を含めた最適な生産体制を組むことが大きな課題だ。

取材後記:事業課題の把握と対応力が鍵

今回の取材では、米国での事業経験が長いホーチキアメリカに話を聞いた。同社は1972年の米国法人設立以降、OEM供給に依存したビジネスからの脱却に向けてシステム販売に参入するなど、さまざまな課題への対応策を常に見いだしながら、事業を拡大してきた。米国の建設投資はリーマン・ショック後に落ち込んだが、その後回復を続けており、足元の建設需要の高まりは、住宅・建設業界への追い風になっている。販売先の拡大とともに、物流の最適化を図ることも広大な米国市場を攻める企業に欠かせない視点である。人件費の上昇に対しては、自動化の推進だけではなく、各従業員が複数の工程を担える柔軟な生産体制の構築を進めている。事業課題を的確に認識し、それへの対応策をひとつひとつ着実に実行していく力が、同社の米国事業を支えている。


ホーチキアメリカ本社(ジェトロ撮影)

注:
新規格では、新たに三つの燃焼試験が課される。詳細はULのウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます を参照
執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所
鈴木 敦(すずき あつし)
2006年、ジェトロ入構。対日投資部にて外国企業誘致に向けた地方自治体の支援や、日本の投資環境のPR業務を担当。その後、海外調査部国際経済研究課にて、国際貿易や世界の通商動向などに関する調査業務に従事。2014年9月から現職。米国の通商政策などに関する調査・情報提供を行っている。
執筆者紹介
ジェトロ・ロサンゼルス事務所
北條 隆(ほうじょう たかし)
2006年、財務省入省。主計局法規課、金融庁総務企画局企画課調査室、財務省大臣官房政策金融課、内閣府地方分権改革推進室、金融庁検査局企画審査課等を経て、2016年よりジェトロに出向。調査レポート執筆や企業への情報提供等を担当。2017年「ホノルルスタイル」作成、2018年「JBA・JETRO南カリフォルニア日系企業実態調査」実施。