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「ライトハイザー主義」が示す米中通商摩擦の行方

2018年10月12日

2年目を迎えたトランプ政権で通商政策が先鋭化する中、米国通商代表部(USTR)のロバート・ライトハイザー代表の存在感が増している。米国内では、同氏が推進する通商政策を「ライトハイザー主義(Lighthizerism)」と呼ぶ声も聞こえ始めている。同氏の教義をひもとき、今後の米国の対中通商政策を占いたい。

ライトハイザー代表は保護主義論者か

2018年に入りトランプ政権は、1962年通商拡大法232条に基づく鉄鋼・アルミ製品を対象とした追加関税措置、1974年通商法301条に基づく対中追加関税措置を、矢継ぎ早に発動してきた。トランプ大統領が望んだ追加関税による一方的措置を実行に移すに当たり、その指揮官たる役割を演じているのがライトハイザー通商代表である。同氏は、1983年から1985年にかけてレーガン政権のUSTRの次席代表を務めた後、長らく通商分野を扱う法律家として、米国企業を顧客としてきた経験を持つ。実務家としての経験も長く、トランプ大統領の信頼も厚い。

USTRは2018年2月に発表した『2018年通商政策アジェンダおよび2017年年次報告書外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 』で、(1)国家安全保障を支える通商政策、(2)米国経済を強化、(3)全ての米国人にとって役立つ通商協定を交渉、(4)米国通商法の厳格な執行および擁護、(5)多国間通商システムの強化、の5本柱で構成される基本方針を発表した。ライトハイザー代表は、トランプ大統領の意向を踏まえて方針をまとめ、その後も忠実に政策を実行に移している。冒頭述べた追加関税措置も、まさにその一部といえる。

ライトハイザー氏が一方的措置を推進した結果、世界各国で米国の政策の保護主義化を憂慮する報道が広がっている。一般に、関税賦課は国内産業保護に用いられるのがその理由だ。それを推進するライトハイザー氏に対しても、保護主義と位置付ける論調が少なくない。ところが、ウェルズリー大学のクイン・スロボディアン准教授は、ライトハイザー氏自身を「保護主義の提唱者(Prophet)」と見なすのは正しくないと主張する。スロボディアン氏は『Foreign Policy』(2018年8月6日)での「われわれは今、ロバート・ライトハイザーの世界に暮らしている(You live in Robert Lighthizer’s World Now外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」とする寄稿の中で、ライトハイザー氏が唱える通商政策を「ライトハイザー主義(Lihgthizerism)」と名付け、連邦議会の公聴会などの場で同氏が自由貿易を標榜する主張を繰り返してきたことを理由に、追加関税措置はあくまでも自由貿易を実現するために講じられた手段なのだと説明する。スロボディアン氏の指摘のとおり、2017年3月の就任指名時の上院公聴会PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(13KB) でライトハイザー氏は、「より自由でより公正な貿易を望む」姿勢を明らかにしている。

最大の狙いは中国のビジネス環境の是正

では、なぜライトハイザー氏は追加関税をはじめとする一方的措置を好むのか。スロボディアン氏は、1980年代に強硬姿勢を通じて日本をはじめとするアジア諸国から譲歩を引き出すことに成功した実体験に基づくものだと説く。レーガン政権の下での強硬姿勢は「攻撃的一方的措置(Aggressive Unilateralism)」と呼ばれ、相手国の不公正または差別的扱いに対する報復行為として通商法301条などが発動された。当時は関税ではなく、相手国から輸出自主規制などの譲歩を引き出すことが好まれたが、いずれにせよ米国内企業にとって有利な結果を引き出すことに成功した。「攻撃的一方的措置」の名付け親として著名なジャグディッシュ・バグワティ教授(当時)は、この手法を否定していたものの、その効果については認めていた。今、その強硬策の矛先は中国に向けられている。

中国がもたらす米国経済への弊害について、ライトハイザー氏は長らく警鐘を鳴らし続けてきた。2010年6月に米中経済安全保障評価委員会PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(452KB) で証言した際には、中国が市場開放や法の統治を通じて米国経済に利益をもたらすとの当初の期待が裏切られたとし、より高圧的な態度で臨む必要性を主張していた。同氏は問題点として、(a)中国の政治・経済システムの特殊性がWTOルールに不整合的である上、中国が加盟時の約束を尊重せずに自国企業の技術力向上を優先している、(b)米国市場向け生産拠点として中国を利用することが、貿易赤字の拡大、米国企業の知的財産権の侵害、米国内の製造業の衰退などを招いている、(c)米国が中国の自由化を促すレバレッジになり得る手段を放棄しており、その手段には通商法301条による措置が含まれる、(d)民主主義と資本主義の優位性に対する誇りが中国経済の優越性を見過ごす結果を招いていることを指摘した。

就任後の発言を見る限り、当時も今も同氏の基本認識は変わっていない。そして、その内容はトランプ大統領自身の認識とも重なる。両者は共に中国の政治・経済システムを「国家資本主義」と見なし、同国の市場歪曲的な政策が両国間の貿易赤字を拡大し、米国企業のビジネスに不利益を与えているとする。また、中国政府が進める「中国製造2025」を通じた技術力の進展が、米国の技術や安全保障上の優位性を揺るがす可能性があるとの危機感も共有している。

通商法301条に基づく調査は、こうした基本認識を実証する目的で実施された。果たして、200ページを超える調査結果は、中国当局による強制的な技術移転、米国企業の知的財産権の不当な扱い、政府系金融機関による支援を通じた中国企業の対米M&A、サイバー空間上の不当行為といった、米国が問題視する実態を示す内容であった。追加関税の発動は、こうした中国側の状況の是正を求める狙いで取られた措置である。米国側は自由で公正な通商環境を担保する相互関係(Reciprocity)の実現が必要と考えており、中国内の法制度が同等レベルまで改善されない限り、本質的な問題の解決にはならない。よって、中国側が米国の期待する変化を受け入れない限り、米国の中国に対する強硬な姿勢は今後も続く可能性が高い。米国側が指摘したこれらの問題を直ちに是正するのは、中国側にとっては容易ではないことを考えれば、米中摩擦は長期化する可能性が高いとみるほかない。

また、ライトハイザー氏の中国に対する厳しい姿勢は、そのまま現状のWTOへの不満につながっている。現状のWTOルールでは、中国の不公正な商慣行を是正するのに不十分であることがその理由である。例えば、301条に基づく調査で明らかにした中国の不公正な商慣行のうち、既存のWTOの枠組みで解決が期待できるのは、米国企業の知的財産の不当な扱いのみである。米国はこの問題についてはWTOに解決を委ねることを決める一方、残りの3つの問題については、是正を求めるべく一方的措置を選択したわけだが、他に選択肢がなかったとみることもできる。

対中強硬姿勢は長期化の様相

前述したように、中国が米国側の不満に応える歩み寄りを見せ、WTOが米国側の求める相互関係を担保する環境を実現するとき、米国の強硬な通商政策は節目を迎えると予想される。他方で、米国側に事態を変える要素はあるのか。その可能性については今のところ大きくない。過去の中国政策を見直す動きが、与野党を問わずに盛り上がりを見せているのがその理由だ。その証拠に、指名公聴会で対中強硬策を訴えたライトハイザー氏の上院での承認は82対14の圧倒的賛成多数で可決された。対中通商課題の解決に向けて、従来の対話路線では限界が生じていると感じていた連邦議員が少なくないことを示している。

追加関税賦課についてはWTOのルールに不整合ではないかとの指摘もある。WTOの判断についてはしばらく待つ必要があるが、実はトランプ政権の決定はいずれも既存の国内通商法を逸脱したものではない。232条に基づく追加関税の発動は、鉄鋼・アルミ製品の輸入増加が米国内の生産設備の稼働率の低下を導き、米国の安全保障上の脅威になっているとの調査結果に基づくものであり、301条に基づく追加関税は在中米国企業が強制的な技術移転などにより不利益を受けているとする調査結果による報復的な措置であり、それぞれの法律が規定する手続きが踏まれている。実務に明るいライトハイザー代表ならではの仕掛けだといえよう。

政府の強気な対中姿勢については、ビジネス界からの評価が高い。例えば、在中米国企業団体の幹部は「トランプ大統領は本気で中国政府に対して事態の打開を求めている」として、政権の取り組みを支持する。在中米国商工会議所が2018年1月に発表した「2018年ビジネス環境調査外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」でも、トランプ政権の政策によって中国の市場開放が進むと回答した企業が前年から1割以上増え、全体の約半数に上った。さらに、政権は国民の支持も取り付けつつある。2018年7月の世論調査外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます では、共和党支持者を中心に、国民の4割ほどが政権の追加関税措置を評価する結果が出た(図参照)。

このようにみると、「ライトハイザー主義」は当初こそ特異に受け取られることもあったものの、国内で一定の支持を得ることに成功したといえる。そして、その事実は国内で同主義の賛同者が増え続ける限り、米中摩擦の解決に向けた妥協の余地が狭まり、ハードルがより高くなる可能性を示している。

図:追加関税全般に対する評価
2018年7月時点での調査によると、トランプ政権による追加関税全般について、「良い」が40%、「悪い」が49%、「不明」が11%だった。共和党支持者のみでみると、「良い」が73%、「悪い」が18%、「不明」が9%だった。民主党支持者のみでみると、「良い」が15%、「悪い」が77%、「不明」が8%だった。
出所:
ピューリサーチセンター(2018年7月)から作成
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部米州課長
秋山 士郎(あきやま しろう)
1995年、ジェトロ入構。ジェトロ・アビジャン事務所長、日欧産業協力センター・ブリュッセル事務所代表、ジェトロ対日投資部対日投資課(調査・政策提言担当)、海外調査部欧州課、国際経済課、ニューヨーク事務所次長(調査担当)などを経て2016年8月より現職。

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