初めてのパキスタン出張における安全対策

2018年6月13日

パキスタン市場の拡大に伴い、同国への出張者が増えている。パキスタンの治安情勢は以前に比べて大幅に改善しているとはいえ、現地状況を把握せずに出張するのは不安が伴う。情報不足が渡航のハードルの1つになっている。本稿では、最近の治安情勢などを踏まえ、パキスタン最大の都市カラチへ出張する際の安全対策について説明する。

テロ発生件数はピーク時から9割減

パキスタンの治安情勢を俯瞰(ふかん)する上で、特筆すべきは近年、テロ件数が大幅に減少している点だろう。ピーク時の2009年、同国全土でのテロ件数は3,816件に上り、死者・負傷者数は2万5,000人を超えた。パキスタン政府は2013年から過激派組織の本拠地(北ワジリスタン地区)に対して掃討作戦を開始。こうした武装勢力に対する攻撃や、主要都市での拠点制圧が功を奏した結果、テロ発生件数は減少を続け、2017年には370件まで激減した。同年の死者数(815人)、負傷者数(1,736人)も、以前よりも著しく減っている(図1参照)。

図1:パキスタンのテロ発生件数
2005年の発生件数は254件、死者数は216件、負傷者数は571件。2006年の発生件数は675件、死者数は907件、負傷者数は1543件。2007年の発生件数は1503件、死者数は3448件、負傷者数は5353件。2008年の発生件数は2577件、死者数は7997件、負傷者数は9670件。2009年の発生件数は3816件、死者数は12632件、負傷者数は12815件。2010年の発生件数は2113件、死者数は2913件、負傷者数は5824件。2011年の発生件数は1966件、死者数は2391件、負傷者数は4389件。2012年の発生件数は1577件、死者数は2050件、負傷者数は3822件。2013年の発生件数は1717件、死者数は2451件、負傷者数は5438件。2014年の発生件数は1206件、死者数は1723件、負傷者数は3143件。2015年の発生件数は625件、死者数は1069件、負傷者数は1443件。2016年の発生件数は441件、死者数は908件、負傷者数は1627件。2017年の発生件数は370件、死者数は815件、負傷者数は1736件。
出所:
パキスタン平和研究所

2017年のテロ発生件数を州・地域別にみると、バロチスタン州が165件と、44.6%を占めている。日本人ビジネスマンが渡航する可能性があるカラチ(24件)、パンジャブ州(14件)、首都イスラマバード(3件)は比較的少ない。


雑然としたカラチ市内の道路(ジェトロ撮影)

テロの攻撃目標としては、軍・警察関係者(160件)が43.2%と多くを占め、一般市民(86件)も多い。政府・省庁(16件)、シーア派宗教施設・コミュニティー(16件)、政治家・関係者(13件)なども狙われたが、外交官・外国人が対象になったテロは1件にとどまった。また、中国パキスタン経済回廊(CPEC)事業・関係者を狙ったテロが3件あった点に留意したい。

日系企業の拠点が多いカラチに限定すると、テロ発生件数は2013年の356件をピークに、2017年には24件まで減少している(図2参照)。死者数(25人)、負傷者数(16人)の規模も縮小している。パキスタン政府がレンジャー部隊をカラチに投入し、過激派拠点の制圧を行った効果が出ている。

図2:カラチ市内のテロ発生件数
2010年の発生件数は93件、死者数は233件、負傷者数は436件。2011年の発生件数は58件、死者数は115件、負傷者数は224件。2012年の発生件数は187件、死者数は272件、負傷者数は352件。2013年の発生件数は356件、死者数は492件、負傷者数は908件。2014年の発生件数は217件、死者数は317件、負傷者数は438件。2015年の発生件数は85件、死者数は150件、負傷者数は80件。2016年の発生件数は47件、死者数は60件、負傷者数は75件。2017年の発生件数は24件、死者数は25件、負傷者数は16件。
出所:
図1と同じ

カラチ市内の一般犯罪については、殺人や強盗、身代金目的誘拐の件数は減少傾向にあるが、犯罪の合計件数は横ばいとなっている(表参照)。在カラチ日本総領事館外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます によると、2018年1~3月の間、邦人が被害に遭った強盗・強要事件が3件発生している。いずれも犯人は拳銃を突きつけており、金品を強奪された事件や、車に乗り込まれて指示どおりの運転を強要される事件が起きている。防犯対策が不十分な場合、出張者が被害に遭う可能性もあるため、十分に注意したい。

表:カラチ市内の犯罪統計(単位:件)
殺人 強盗 窃盗 身代金
目的誘拐
合計
2015年 764 3,720 5,407 55 39,663
2016年 540 2,987 5,585 42 37,503
2017年 438 2,899 5,725 26 37,078
注:
合計はその他含む。
出所:
在カラチ日本総領事館

出張の事前準備は周到に

パキスタン出張を計画する場合、準備段階では具体的にどういった点に注意すべきだろうか。

第1に重要なのは出張日程だ。パキスタンの祝祭日の中でも、特に宗教に関連する祝祭日は治安が不安定化しやすい。テロやデモ行進が起こった前例のあるイード・ウル・フィトル(断食明け大祭)、イード・ウル・アドハ(犠牲祭)、アシュラ(モハラム)は避ける方が賢明だ。また、ラマダン(断食月)期間中は治安が不安定化しやすく、交通事故も起きやすい(2018年5月18日付ビジネス短信参照)。半日休みになっている企業も多く、アポイントメントも取りづらい。祝祭日以外では、毎週金曜日はイスラム教徒の安息日であるため、他の曜日に比べてテロなどが起きやすい点は留意したい。

第2に、パキスタンへの渡航フライトについて。日本から最大都市カラチへ渡航する場合、直行便が存在しない。日本人では、タイ航空(バンコクで乗り換え)、エミレーツ航空(ドバイで乗り換え)のいずれかで渡航するケースが多い。可能であれば、深夜早朝でなく、日中に発着する便が好ましい。

第3に、宿泊先について。パキスタンでは過去、欧米ブランドのホテルで爆破テロが発生しており、そうしたホテルは避けた方がよい。また、近年の爆破テロの手法として、爆弾を積み込んだ車両を使い、ホテルに突入してくる事案が多いため、ホテルの入り口ゲートで車両と人に対する検査があり、ゲートから宿泊施設まで距離のある施設が望ましい。具体的には、カラチであればアバリタワーズ・カラチ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますパールコンチネンタルホテル・カラチ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますなどが該当する。両ホテルには日本食レストランもあり、日本人出張者が多い。

第4に、移動車両と警備員について。パキスタンでは、日本人ビジネスパーソンの移動は車両が基本となる。特に銃を見せて脅迫するタイプの強盗(ガンポイント)が多いカラチでは、必要でない限り、外を出歩くべきでない。カラチでは、銃を保有した武装警備員を伴って移動することが、日本人駐在員の間で慣例となっている。出張者も、車両と武装警備員をセットで用意しておきたい。取引先や知り合いに手配を頼むのが一番だが、車両については宿泊先のホテルに頼める場合が多い。ただし、大抵のホテルでは警備員の手配については請け負っていないため、自前で別途、手配する必要がある点に留意すべきだ。日本から予約するのはハードルが高いと感じる場合は、コックス&キングス・パキスタン外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます などの旅行代理店を利用するとよい。同社には日本人担当者がおり、警備員と車両を併せての手配が可能で、日本国内でクレジットカード払いもできる。


移動には武装警備員を随行させる(ジェトロ撮影)

第5に、外務省の「たびレジ(海外安全情報配信サービス)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」へ登録しておきたい。同サービスへ登録しておくと、現地滞在中はリアルタイムに安全情報が配信され、未然にリスクを回避できる可能性が高まる。また、同省の「海外安全ホームページ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」では、パキスタンの安全情報、安全の手引が無料公開されている。海外安全対策の専門家からみても、日本の外務省の安全情報は質が高いといわれている。安全対策に予算を割けない中小企業の強い味方となるだろう。

ランディー地区とリアリ地区に注意

現地に到着してからは、治安の良くないエリアを避けたい。安全上、特に注意を要する地区はランディー地区、リアリ地区の2カ所だ(図3)。両地区は貧しい世帯や過激派組織の拠点が多い。筆者も、ランディー地区付近でガンポイントの現場を目撃したことが数回ある。カラチ市内において、日本人ビジネスパーソンがよく訪れる場所は、商業エリアのほか、日系メーカーが立地するビン・カシム工業団地、シンド工業団地(SITE)周辺などだが、ランディー地区とリアリ地区は可能なら迂回した方がよいだろう。

図3:カラチ市内ビジネスマップ
ジンナー空港を中心に、東側にはビン・カシム工業団地がある。その途中にランディー地区がある。ジンナー空港の西の方にシンド工業団地があり、同団地の南部にリアリ地区がある。ジンナー空港の南を走るシャラエ・ファイサル通りを西に向かうと、JETRO、在カラチ日本総領事館、主なホテルがある商業エリアに到達する。商業エリアの南部には住宅エリア(DHA地区)がある。
出所:
OpenStreetMapを基にジェトロ作成

また、地区を問わず、テロのターゲットになりやすい軍・警察関係施設、宗教施設、集会、マーケットなどの人混みには近づかないことを心掛けたい。

シャラエ・ファイサル通り(ジンナー国際空港付近~商業エリアの区間)や、住宅エリア(DHA地区)については、レンジャーや警察による警備が厳重なため、比較的安全とされている。しかし、こうした区域においても、警備員を随行していなかった邦人がガンポイントの被害に遭っているため、警戒は怠れない。


シャラエ・ファイサル通りのレンジャー(ジェトロ撮影)

車両での移動中は、特に気を付けたい。ガンポイントの実行犯は、バイクに乗り、車内を見ながらターゲットを探している。対策として、車の窓にブラインドシェードを付けると防犯効果がある。また、スマートフォンやタブレットは画面の光が強盗犯の目を引きやすいため、外に漏れないようにしたい。バッグやパソコンなども、車の窓から見えやすいところに置かないといった工夫が必要だ。

もし強盗被害に遭った時に、強盗犯に渡すことを目的としたダミーの物品を車内に常備しておくことも有効とされる。例えば、3,000~5,000パキスタン・ルピー(約2,850~4,750円、1ルピー=約0.95円)程度を入れた財布、スマートフォン、腕時計などだ。

なお、強盗やテロ以外のリスクとして、偽装警官などの詐欺、ATMのスキミング機の流行などがあるが、こうした点は他の南西アジア諸国と変わらない。常日頃から留意する必要があるだろう。

医療面では、激しい食あたり、蚊を媒介としたデング熱に罹患(りかん)する可能性もある。現地で急に体調が悪くなった場合は、South City Hospital外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますAga Khan University Hospital外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます など、日本人がよく利用する病院を利用するとよいだろう。South City Hospitalには救命救急施設(ER)も併設されている。パキスタンの出張に当たり、現地情勢など分からないことがあれば、ジェトロや在カラチ日本総領事館に連絡してほしい。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課
北見 創(きたみ そう)
2009年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課(2009~2012年)、ジェトロ大阪本部ビジネス情報サービス課(2012~2014年)、ジェトロ・カラチ事務所(2015~2017年)を経て現職。