日本をAI・次世代半導体設計の中心へ Tenstorrentが描く成長戦略
「伝説のエンジニア」Jim Keller氏率いるTenstorrentは、日本を北米に次ぐAI設計の最前線(フロンティア)と位置づけています。同社は、自動車やロボティクスといった日本の強固な産業基盤に、RISC-Vによるオープンな設計思想を融合させる「フィジカルAI」戦略を推進。ラピダスとの製造連携やジェトロの支援を含む多角的なリソースを足掛かりに、国内での設計・人材育成体制を加速させています。同社のストーリーは、日本市場の真の価値と可能性を示すものです。
- 設立年月
- 2023/01
- 進出先
- 関東・東京都
- デジタル・AI
- 半導体・ロボット・機械
-
米国
掲載年月 : 2026/04
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「伝説のエンジニア」が惹きつける世界の頭脳
日本の半導体・AI関連産業は転換点にある。日本政府は国家戦略として、次世代半導体の設計から量産までを担う国内拠点整備と海外企業の誘致を加速させている。その象徴的な存在がカナダの設計特化型の半導体企業Tenstorrent(テンストレント)社だ。
2016年創業の同社を現在率いるのはJim Keller氏。AppleやAMD、Teslaなどで革新的なプロセッサを世に送り出してきた「伝説のエンジニア」だ。記者会見でも、要人との面会の場でもTシャツ姿を貫く型破りなリーダーは、体裁よりも技術の本質を追求する人物として知られる。同社には、次世代のAI基盤の「民主化」を掲げる彼のもとで働きたいと日々、世界中から優秀なエンジニアが集まる。
同社の日本法人は2023年1月に設立された。すでに最先端半導体の国産化を目指すラピダスとの協業を発表し、国内での設計・量産体制の構築を急ピッチで進めている。背景にあるのは、日本市場を北米に次ぐ「次のフロント」にするとの同社の強い意思だ。
Tenstorrent日本法人の中野守・代表取締役社長
日本進出を本社に提案したのは、日本法人の中野守・代表取締役社長だ。本社は当初日本市場に強い関心を示していなかった。中野氏は振り返る。「日本には世界一の自動車メーカーがあり、ロボットや精密機器の分野でも高いシェアを持つ。GDP規模でも依然として上位にある。これほど大きな市場に挑戦しないのはもったいないと思いました。同時に、日本がAIや最先端半導体の中心から外れているように見られるのは悔しかった。そこにあるギャップを埋めたいと考えたのです」
日本は人口減少や成長率の鈍化といった課題を抱える一方、自動車、ロボティクス、精密機械など、AIとの融合で再び飛躍する可能性を秘めた産業基盤が多くある。ビジネスは国内人口だけを相手にするものではない。日本企業はグローバル市場で戦い、そこに最先端半導体設計の力を掛け合わせれば、再成長のシナリオは十分に描ける—それが中野氏の見立てだ。日本が「フィジカルAI」時代のフロントランナーになり得ることを示したビジネスプランを練り上げ、本社の説得に成功した。
日本進出を検討する際には、冷静な市場分析と、投資に見合うリターンを数字で示す計画が不可欠だと中野氏は強調する。日本の強みをエビデンスとともに提示したことで、海外本社の意思決定を動かした。
TenstorrentのCEO,Jim Keller氏
(Tenstorrent Japan社提供)
「オープン戦略」で日本をAI設計ハブへ 人材育成も
AIアクセラレーターなどのTenstorrent社製品 (Tenstorrent Japan社提供)
Tenstorrentの特徴は、自社の技術を「囲い込まない」点にある。既存の巨大半導体メーカーが中身を明かさない「ブラックボックス」戦略をとるのに対し、同社は誰でも利用できる設計規格RISC-Vに基づいたオープンな設計思想を掲げる。中野氏は、この柔軟性こそが日本企業にとっての最大の武器になると話す。
「日本の強みは、品質や細部へのこだわりにあります。しかし汎用的な海外製品をそのまま導入すると、サイズや消費電力、仕様が合わないことが少なくない。TenstorrentはIP(設計資産)レベルから共同設計が可能なので、日本企業の要求仕様に合わせて最適化できる。日本のものづくりと我々の設計技術を組み合わせ、『いいとこ取り』の製品をつくることができます」
同社は半導体設計人材の育成にも取り組んでいる。経済産業省と連携したインターンシップ事業では、学生や若手技術者がKeller氏直伝の最先端設計データに直接触れることができる。中野氏は「Jimは『技術は一、二年で古くなる。隠す必要はない、全部見せて学んでもらえばいい。我々はもっと先に進むのだから』と言い切ります」と話す。このオープンな環境でのOJTこそが、日本の次世代エンジニアを最短距離で育てる鍵、そして日本を再び「設計する国」へと押し上げる基礎となる。米国でのOJTを通じて、2029年までに200人の設計人材を育成する計画だ。
Tenstorrentの東京オフィス
(Tenstorrent Japan社提供)
日本展開を支える三つの柱
Tenstorrentは日本において現在、三つの柱で事業を拡大している。第一に、AIデータセンター向けシステムの提供。大阪で既にCSP(Cloud Solution Provider)パートナーとデータセンターを稼働させ、更に東京にも展開を予定している。第二に、自動車やロボット、精密機械メーカーへのIPやチップ、サーバーの供給。すでに日本の自動車メーカーでの採用も決まっている。第三に、日本の団体と連携した国産AIチップの開発だ。既に国内研究団体と共同でAIチップ開発のプロジェクトを進めている。このような国内での開発プロジェクトを更に進める為に国内拠点エンジニアを更に100人程度増員する計画だ。中野氏は「国産チップが広く使われれば、日本の国力に繋がる。これらを伸ばしていくのが我々の使命だ」と意気込む。
さらに、日本ではエッジ向けの省電力CPU開発にも力を入れる。防犯カメラ、農業機械、レジャー分野のモビリティなど、バッテリー駆動で高性能を求められる用途に最適化した設計は、「小さく、省電力で高性能」という日本的価値観とも親和性が高い。
ジェトロの伴走 成功の呼び水
外国企業が日本への投資を検討する際、言語や文化の壁、行政手続きがハードルになることがある。Tenstorrentも進出当初は「国内では誰も知らない、何をやっているか分からない会社」(中野氏)からのスタートだった。その際に、外国企業の進出支援を行っているジェトロとコンタクトの機会を得て、日本企業との交流イベントやセミナーに参加したことがきっかけになり、国内の関係者とつながることができたという。「会社を説明するチャンスを頂き、知り合った方々とだんだんとビジネスの話が生まれてきた。日本の技術動向を精緻に分析するうえで、ジェトロから提供を受けた産業別データも非常に参考になった」
今日、Tenstorrentの視線は、東京や大阪といった大都市圏に留まらない。次世代半導体の拠点となりつつある北海道の札幌や千歳にも、ボストンやトロントのような「学術と産業が融合した知の拠点」としての可能性を見出している。中野氏は「ラピダスで量産化の段階に入れば、我々もオフィスや研究所を置くことは十分可能性がある」と話す。
同社の成長と共に、日本が再び半導体設計の主役に躍り出る準備は整いつつある。Keller氏は社内で「日本のエンジニアは優秀だ。もっと採用しろ」と呼びかけているという。自動車、ロボット、スマートシティ、そしてAIデータセンター。あらゆる産業がAIを必要とする時代。中野氏は「日本には、任せれば最後までやり遂げる誠実さ、大きなリターンを生む産業ポテンシャルがあります」と強調した。同社の成功は、後に続くグローバル企業にとって、日本が投資に値する「開かれたイノベーションの場」であることを証明している。
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