非公式欧州理事会、危機脱出に向けて雇用と成長を模索−「財政協定」は25ヵ国で合意−

(ユーロ圏、EU)

ブリュッセル発

2012年01月31日

ブリュッセルで1月30日、非公式欧州理事会(EU首脳会議)が開催された。主要課題は「雇用と成長」と「欧州債務危機からの脱出」の2点。前者では特に欧州域内の学生の移動促進を含めた若年層の雇用強化と、中小企業の資金アクセスの促進について討議した。後者では、a.EU25ヵ国による「財政協定」への合意、b.欧州安定化メカニズム(ESM)の1年前倒し設立、c.欧州金融安定化ファシリティー(EFSF)とESMの下での融資能力の妥当性を3月1日の欧州理事会で評価すること、の3点を確認するとともに、ギリシャの債務問題について民間部門との交渉前進を評価した。

<成長志向型の財政再建と雇用を目指す>
1月30日の非公式欧州理事会では、「雇用と成長」が1つ目の主要テーマになった。「成長志向型の財政再建と雇用」に向けて、「成長と雇用」に関する宣言(PDF)をまとめた。

非公式欧州理事会終了後の記者会見に臨むファンロンパウ欧州理事会常任議長(右)とバローゾ欧州委員会委員長(左)

宣言は冒頭で、ここ数ヵ月の間にEU経済には一時的な安定の兆候がみられたが、金融市場の緊張は経済活動を減退させ続けている、と現状を分析。続けて、各国政府は持続可能性の基礎となるよう、財政不均衡を是正するための力強い努力を約束しているが、成長と雇用を促進するには一層の努力が必要だ、とした。特効薬はなく、EUの行動は確信的で、粘り強く、広範囲なものでなければならないとし、欧州を危機から救うために、より多くの対策を打たねばならない、と宣言した。

これまでに金融市場の安定と財政再建を確保するため、さまざまな決定が行われた。これらは高い成長と雇用に復帰するための必要条件ではあるが、十分条件ではなく、持続的な成長を保証するには、経済を近代化し、競争力を強化する必要がある。これは、雇用を創出し、EUの社会モデルを保護するために必要不可欠なもので、今後10年の成長戦略である「欧州2020戦略」と構造改革を実現するためのユーロプラス協定(2011年3月15日記事参照)の中心だと強調した。

宣言は、特に労働市場改革は加盟国の権限のため、これらの努力は加盟各国のシステムを尊重しながら、社会的パートナーと緊密な協力の下に進められるべきだと指摘。加盟各国が、将来の成長への投資を確保する賢明な財政再建と手堅いマクロ経済政策、社会的な結束を保護する積極的な雇用戦略を、一貫した包括的なアプローチの下に組み合わせて初めて成長と雇用を再び獲得できるとした。

一方、労働市場改革は加盟国の権限としつつ、政策への監視は強める。ヨーロピアンセメスターの下、欧州理事会は3月の首脳会議で加盟各国の経済・雇用政策に対し、指針を提供する予定。特に環境分野での成長の可能性を十分に開拓し、競争力を引き上げ、雇用を創出するための構造改革の加速を強調している。そのためには、加盟各国間で広がる経済格差と危機の社会的な影響に注意を払う必要があると指摘している。

<若者の雇用促進と中小企業の資金アクセスの改善を緊急課題に>
こうした前置きをした上で、今回の非公式理事会では、(1)雇用、特に若者の雇用促進、(2)経済、特に中小企業の資金アクセスの改善、という2つの緊急課題に焦点を当て、さらに(3)単一市場の完成、を3つ目の緊急課題として挙げた。ファンロンパウ欧州理事会常任議長は会議後の記者会見(PDF)で、特に「デジタル市場」と「エネルギー市場」の単一市場完成が雇用と成長を促進すると強調した。EUとしては、各国の努力を支えるため、EU基金を可能な限り、合意した範囲で「雇用と成長」に向ける意向を示している。

3つの緊急課題の課題と具体的な内容は以下のとおり。

(1)雇用、特に若者の雇用促進
欧州の現在の失業者は2,300万人以上。経済成長率を改善させない限り、失業率は高いままだ。環境ビジネス分野(グリーンエコノミー)を含めて、雇用を維持し、新規雇用を創出する必要がある。これは、「技術的なミスマッチ」と「地理的なミスマッチ」を克服するための具体策をとることを意味し、また、労働市場を改革し、生産性に見合った労働コストに変革することを意味する。これは主に加盟各国の問題で、各国ごとに、雇用と教育、スキルに関する広範なイニシアチブを開発し、実施する必要がある。

加盟各国はそれぞれの国家改革プログラムの中で、「国家雇用計画」を盛り込み、これらの問題に目を向けた具体策を設定する。この具体策の実施は、ヨーロピアンセメスター(2011年11月28日記事参照)の枠内で、強化されたモニタリングの対象になる。税金削減のような非賃金労働コストを削減する方策は、非熟練労働者や若者の労働需要に重要な影響をもたらし得る。各国レベルで労働供給の改善と若者の失業削減が迅速に行われるための努力が特に必要だ、としている。

EUはこうした各国努力を支えるため、特にレオナルド・ダ・ビンチ・プログラムの下で企業研修の機会を拡大し欧州域内での学生の移動を促進することや、若者の起業家支援、職業資格の相互承認に関するEU規則の見直しを通じて、労働者の国境を越えた移動促進を強化していく。

(2)経済、特に中小企業の資金アクセスの促進
企業の成長と雇用創出力をしばしば限定させる現在の信用収縮(クレジット・クランチ)を防ぐための方策をとることが極めて重要だ。銀行への長期貸し出しという、欧州中央銀行(ECB)が最近実施した措置はこの点でとても役立つ、と強調。各国の監督機関や欧州銀行監督機構(EBA)は、銀行の資本増強が経済金融にネガティブな影響を与え得るレバレッジの解消につながらないことを保証しなければならない、と指摘している。

2,300万社に上る欧州の中小企業は欧州経済成功のための中枢で、雇用供給のカギだとし、中小企業とインフラ整備向けの欧州投資銀行(EIB)の支援を強化するための緊急措置について6月までに合意する。そのほか、主要なインフラプロジェクトへの民間融資を促進するための「プロジェクト債」利用に向けた予備段階に関する欧州委員会の提案を迅速に検討する。

加盟各国で求められる方策は、各国の国家改革プログラムに反映させ、EU閣僚理事会は6月までに、EUレベルで取られた措置の実施状況を報告する。

(3)単一市場の完成
単一市場は欧州経済成長の主要な原動力だと強調。これは、EUレベルで雇用と成長を促進するためにできる活動分野だとし、単一市場法案やデジタル単一市場、現在進めている中小企業や零細企業への規制負担の全体的な削減を明確な優先課題だと指摘。標準化やエネルギー効率化、会計標準の簡素化に関する合意を6月末までに、公共調達規則の簡素化(2012年1月19日記事参照)に関する合意を年末までに行うよう求めている。また電子署名に関する法案の6月までの提示など、eコマース行動計画の迅速な実施にも触れた(2012年1月27日記事参照)

また声明では、対外的な市場アクセスの改善による成長と雇用の確保にも触れた。12年は主要なパートナーとの自由貿易協定(FTA)を推進する上で決定的な年になるとし、具体例として米国との間で設置したハイレベル作業部会(2011年12月22日記事参照)に触れ、EU・米国の貿易投資の促進に向けたあらゆる選択肢を検討すべきだと指摘した。同作業部会では、12年6月までに中間報告を作成し、同年内に勧告を含む報告書を作成することになっている。なお、声明では直接触れていないが、日本とのFTAについても、12年上半期議長国のデンマークが任期中の交渉開始を課題として挙げている(2012年1月12日記事参照)

<「財政協定」は英国とチェコを除く25ヵ国で合意>
今回の欧州理事会で2つ目の主要テーマとなった「欧州債務危機からの脱出」については、主に次の4点が議論された。1点目は11年12月の欧州理事会で合意された「財政協定」(2011年12月12日記事参照)について、英国とチェコを除くEU25ヵ国が締結することで合意。3月の欧州理事会で署名した上で、ユーロ圏12ヵ国の批准で発効することを確認した。英国は11年12月の欧州理事会で「財政協定」に参加しない意向を明らかにしていたが、チェコは、フランスのサルコジ大統領が国別記者会見で説明したところによると、「憲法上の理由」としており、将来的には参加し得るとした。

2点目は、11年12月の欧州理事会でも合意されたESMの設立を13年半ばから1年間前倒しし、12年7月から機能させることを確認した。ユーロ圏17ヵ国は次のユーロ・グループ(非公式ユーロ圏財務相会合)で署名するよう各国財務相に求めた。

3点目も11年12月の欧州理事会で合意したことだが、EFSFとESMの下での融資能力の上限について、3月の欧州理事会で評価することを確認した。

4点目は、ギリシャの債務問題に関し、民間部門との交渉が進展したことを評価し、各国財務相に対して民間部門関与の合意を実施し、新しいプログラムを2月初めの週末までに採択、2月半ばまでに「民間部門関与(PSI)」の立ち上げを間に合わせるために必要なすべての措置を急ぐよう要請した。

さらに、今回の会合の公式な課題ではなかったが、外相理事会が1月23日に決定した、イランの核問題に絡む原油輸入禁止を含む制裁措置を確認するとともに、ミャンマーの変化を歓迎し、こうした変革がEU・ミャンマー関係の発展にとって重要な新しい見通しを開いたとし、同国政府に対し、改革継続の決定を維持するよう求めた。

(田中晋)

(EU・ユーロ圏)

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