タイ米USTR代表、WTO改革の優先事項として透明性向上や紛争解決制度改革などを提起

(米国)

ニューヨーク発

2023年09月25日

米国通商代表部(USTR)のキャサリン・タイ代表は9月22日、米国シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)で、WTOと多国間貿易システムについて講演外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますした。同イベントには、WTOのンゴジ・オコンジョ=イウェアラ事務局長も登壇し、両者がWTO改革の方向性などを議論した。

タイ代表は講演外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますの冒頭、「米国は何十年もの間、ルールに基づく国際秩序と多国間貿易システムを支持し、パートナー国とともに、開放性、透明性、公正で市場指向の競争という共通のビジョンを反映したシステムを交渉してきた。しかし、今、この秩序の機能と公正さに疑問が呈されている」との認識を示した。その上で、気候変動などのWTO創設時に焦点となっていなかった問題に柔軟に対応しつつ、より労働者の利益を反映するWTOに変革する必要性を提起した。

写真 イベントで講演するタイ代表(ジェトロ撮影)

イベントで講演するタイ代表(ジェトロ撮影)

タイ代表はWTO改革で優先的に取り組むべき事項として、(1)透明性の向上、(2)新たな課題に対して新たなルールを交渉する能力の再構築、(3)紛争解決制度の改革を挙げた。

(1)については、全てのWTO加盟国は、貿易に影響を及ぼす自国の法律や規制について他の加盟国に知らせる責任があると説いた。加盟国が法令を共有しやすくし、一般市民が法令を検索・閲覧しやすくする仕組みが必要と主張した。透明性の確保や法令の通報といった義務を意図的に順守しない国は「国際貿易システムを損ねている」と断言した。

(2)については、特定の加盟国が、国有企業に差別的に介入したり、主要産業に大規模な補助金を投じたりすることで、戦略的かつ組織的に競争条件をゆがめていると指摘した。こうした非市場的な政策の結果、サプライチェーンの集中と脆弱(ぜいじゃく)性が生まれ、経済的威圧の手段になっているとして、「WTOがこれらの問題にいかに対処できるか真剣に話し合う必要がある」と訴えた。

(3)に関しては、「目標は、(紛争解決制度の上級審に相当する)上級委員会(注)を復活させることでも、かつてのやり方に戻ることでもない。制度が公正であるという信頼を与えることだ」と唱えた。紛争解決制度が「訴訟」と同義語となり、費用を負担できる加盟国だけが利用できる制度になっていることや、上級委員会の制度的な越権を問題視した。

タイ代表は、WTOが加盟国の正当な国家安全保障上の措置に踏み込んだ裁定を行うことに早期に是正すべきとも言明した。これは、紛争解決制度の第一審にあたる小委員会(パネル)が、米国による1962年通商拡大法232条に基づく鉄鋼・アルミニウム製品輸入に対する追加関税措置を、WTO協定違反と判断した裁定などが念頭にあるとみられる(2023年1月30日記事参照)。

米国はかねて、中国による国内産業への大規模な補助金や主要産業における過剰な生産能力などにWTOが十分に対処できていないと問題視してきた(2023年2月28日記事参照)。タイ代表は、講演の中では中国に触れなかったが、講演後の議論では中国を名指しして、同国の非市場的慣行がほかの地域に与える外部性や、WTOの規範に対する圧力に目を向ける必要があると主張した。

(注)上級委員会は現在、米国が委員の選任を拒否していることにより、機能停止に陥っている。WTO改革の経緯や展望については、2023年8月29日付地域・分析レポート参照

(甲斐野裕之)

(米国)

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