欧州委委員長、「ネットゼロ産業法案」含む「グリーン・ディール産業計画」を発表

(EU、スイス)

ブリュッセル発

2023年01月18日

欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は1月17日、スイスのダボスで開催されている世界経済フォーラム(WEF)の年次総会(ダボス会議)で演説し、「グリーン・ディール産業計画」の構想を発表した(プレスリリース外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。フォン・デア・ライエン委員長はこの計画について、2050年までの温室効果ガスの排出ネットゼロを目指す「欧州グリーン・ディール」(注1)の実現に向けて、EUをネットゼロ達成に必要なクリーンテックや産業の技術革新の中心地にすることを目指すものとしている。背景には、EU企業が不利に扱われることへの懸念が強い米国のインフレ削減法(2022年10月6日付地域・分析レポート参照)や、EU企業の製造拠点の移転誘致を強力に推し進める中国への危機感があるとみられる。

同計画は、規制環境の改善、資金調達の支援、人材開発、貿易の促進の4つの柱からなる。規制環境の改善に関しては、方針が今回発表された「ネットゼロ産業法案」が目玉になるとみられる。同法は、風力やヒートポンプ、太陽光、クリーン水素など、ネットゼロ実現に必要なクリーンテックに関する2030年までの目標を設定した上で、その製造拠点の整備に必要な許可手続きの簡略化と迅速化を図る。また、クリーンテックに関する「欧州共通利益に適合する重要プロジェクト(IPCEI)」の承認プロセスも迅速化し、資金提供をより容易にする。さらに、フォン・デア・ライエン委員長は、2022年の一般教書演説(2022年9月15日記事参照)で方針を発表し、今後提案が予定されている「重要な原材料法案」にも言及。EU域内での重要な原材料の精製、生産加工、リサイクルの改善や、採掘先である貿易相手との関係強化を図ることで、重要な原材料の調達で特定国への依存を軽減することが重要だとあらためて強調した。

資金調達の支援に関しては、12月に方針を発表したとおり(2022年12月19日記事参照)、短期的には、EU域外からの補助金によりクリーンテックの製造拠点などが域外に移転することを防ぐために、EU国家補助ルールを緩和し、加盟国による補助金の提供を容易にする。中期的には、EUレベルの補助金として「欧州主権基金」を創設するとし、実現までの橋渡し策も検討しているとした。ただし、これらの政策に関しては、加盟国間の立場の相違が大きいとみられており、欧州委の今後の提案が注目される。

人材育成に関しては、クリーンテック分野の急速な成長に見合う人材の確保に向けて、スキル開発を支援するイニシアチブと、EU予算の大規模な配分を実施する「欧州スキル年2023」の成功が優先課題だとした。また、貿易の促進(注2)については、メキシコ、チリ、ニュージーランド、オーストラリアと交渉中、あるいは政治合意済みの貿易協定の締結(2023年1月13日記事参照)に向けて協議を続けるとし、停滞しているメルコスールとの協議についても、再開を目指すとした。

(注1)調査レポート「『欧州グリーン・ディール』の最新動向」を参照。

(注2)調査レポート「EUの新通商戦略および最近のFTA動向PDFファイル(1.2MB)」を参照。

(吉沼啓介)

(EU、スイス)

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