制裁の免除・撤廃には議会の承認が必要に-ロシア制裁強化法-

(米国、ロシア、ウクライナ)

ニューヨーク発

2017年08月16日

8月2日に成立したロシア制裁強化法は、既存の対ロシア制裁を強化するものだが、制裁免除・撤廃に議会の承認を必要とするなど、制裁実施に関する大統領の裁量を大きく制約するものとなっている。トランプ大統領とロシア政府のつながりに対する懸念が背景にあるが、外交交渉の柔軟性が失われると指摘する声もある。

大統領の裁量権を大きく制約

ロシア制裁強化法(H.R.3364)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(注1)は8月2日にトランプ大統領が署名し、成立した。同法は、クリミア併合やサイバー攻撃の問題などに関して、米国政府がロシアに対して発動した制裁をさらに強化する内容になっている。

同法はまず、ロシア制裁の発動・免除・撤廃に関する大統領の裁量権に制約を課している。第1に、ロシア制裁の実施に関する大統領令を法制化し、大統領が制裁の免除や撤廃を行う場合には議会の審査・同意を得ることが必要とした。第2に、一部制裁の発動を大統領の裁量に委ねている既存の法律の条項を改正し、それら制裁の発動を大統領に義務付けている。

大統領令の法制化は、オバマ前大統領が署名した6つの大統領令(13660、13661、13662、13685、13694、13757)が対象になる。ウクライナ情勢へのロシア政府の介入を受け、オバマ氏は2014年3月10日に大統領令13660に署名し、国際緊急経済権限法(IEEPA)などに基づき、ウクライナの主権や領土保全を脅かす特定の個人や団体の米国内の資産凍結や米国への入国禁止などの制裁措置の発動を決定した。その後、上述の一連の大統領令に基づき、ロシア政府の高官や金融・防衛・エネルギー企業などに段階的に制裁対象を拡大してきた(2014年5月1日記事7月18日記事2015年1月5日記事参照)。2015年4月にはコンピュータネットワークへの不正侵入を行った者を制裁対象とする大統領令13694を発出し、大統領選挙後の2016年12月には同令を改正した大統領令13757において、制裁対象にロシア政府の情報機関や連邦保安局などを追加している。

大統領令に基づく制裁措置は、大統領の権限で撤廃が可能だ。しかし、今回のロシア制裁強化法は大統領令で課した制裁内容を法制化することで、大統領権限に基づく制裁解除を不可能にした。法制化された大統領令の内容も含め、対ロシア制裁の適用免除や撤廃を行う場合は、大統領はその理由などを明記した報告書を議会の関連委員会に提出し、議会の審査・承認を得ることが必要となった。

さらに、ロシア制裁強化法は、大統領令に基づいて行われている既存の制裁の一部を強化する条項を盛り込んでいる。例えば、財務省外国資産管理局(OFAC)は大統領令13662に基づき、ロシア領海内の深海・北極海・シェール田における原油開発プロジェクトへの物資・サービス・技術の提供を米国企業に禁止しているが、ロシア制裁強化法は対象プロジェクトの地理的範囲を拡大し、制裁対象の企業が関係するロシア領海外の深海・北極海・シェール田における新規プロジェクト全て(注2)も対象にするとしている。

制裁発動を大統領に義務付け

ロシア制裁強化法はまた、「2014年ウクライナ自由支援法PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)」と「2014年ウクライナ独立・保全・民主主義・経済安定支援法PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)」において発動が大統領の裁量に委ねられている制裁措置について、これら制裁措置を実際に発動することを大統領に義務付けた。

2014年ウクライナ自由支援法は、ロシアのエネルギー・防衛関連企業に対する直接的な制裁強化のほか、ロシア領海内の深海・北極海・シェール田における原油開発プロジェクトに多大な投資を行った外国法人や個人に対する制裁措置(米輸出入銀行による支援禁止、政府調達からの排除、輸出規制など)や、特別指定国民(SDN)リストに記載されたロシア法人・個人との取引を行った外国金融機関に対する制裁措置(米国口座の開設禁止)など、外国企業を対象とした二次的制裁も規定している。同法では、これら2つの措置の発動は大統領の裁量に委ねられており、オバマ前大統領は発動を控えてきた(2014年12月26日記事参照)。ロシア制裁強化法は、これらの制裁措置の発動を義務化している。

2014年ウクライナ独立・保全・民主主義・経済安定支援法は、ロシア国内で不正を犯したロシア政府高官に対する制裁措置(資産凍結、米国入国禁止)などを規定している。同措置の発動も大統領の裁量に委ねられていたが、今回、発動が義務付けられた。

ロシア制裁強化法はそのほか、サイバーセキュリティー、制裁回避、人権侵害、シリアへの武器輸出、情報機関や国防企業との取引、国有企業の不正なかたちでの民営化などに関わった個人・団体に対しての制裁発動などを大統領に義務付けている。

なお同法には、ロシアのエネルギー輸出パイプライン建設への投融資や物資・技術の提供などを行った企業に対する制裁も盛り込まれたが、その発動は「同盟国と調整を行った上で」大統領の裁量で行えることになった。本制裁措置については、ロシアのガスを欧州に輸出するパイプライン計画が適用対象となる可能性があり、EUなどから懸念の声が上がっていた(2017年8月3日記事参照)。

外交交渉の柔軟性を制限すると懸念の声も

ロシア制裁強化法は、上下両院を超党派の賛成多数(下院:賛成419、反対3、棄権11、上院:賛成98、反対2)で通過した。「ワシントン・ポスト」紙などの現地メディアは、共和党議員も含め、ほとんどの議員が大統領の裁量を制約する本法案に賛成したことについて、トランプ大統領とロシア政府のつながりに関する深い懸念が超党派で広がっていることが背景にあると分析している。

一方、ピーターソン国際経済研究所(PIIE)シニアフェローのギャリー・クライド・ハウバウアー氏とリサーチアナリストのユージン・チャン氏は、この法律は制裁対象国の行動を変えるという本来の制裁目的を達成するための外交の柔軟性を制限してしまう可能性があると指摘している。ロシア制裁をめぐる状況を考慮すれば、議会に制裁解除の権限を移すことは容易に理解できるとしながらも、将来の制裁実施のひな型にすべきではないと警鐘を鳴らしている。

トランプ大統領も同法案には署名したものの(注3)、「この法案は、行政府の柔軟性を制限することで、米国が米国人のために良い取引をすることをより困難にする」として、法律の内容を強く批判する声明を発表した。

(注1)同法には、ロシアのほか、イランと北朝鮮に対する制裁強化が含まれている。

(注2)ただし、原油生産につながるプロジェクトで、制裁対象の個人・企業が33%以上の権益を持つものが対象。

(注3)大統領は法案成立を阻止するために署名を拒否することもできるが、その後、議会が両院で拒否権を覆す採決を行い、各院で3分の2の支持が得られれば、法案は成立する。ロシア制裁強化法は圧倒的な賛成多数で議会を通過しており、トランプ大統領が署名拒否を行ったとしても議会で覆される可能性が高かった。

(鈴木敦)

(米国、ロシア、ウクライナ)

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