無税での市場アクセスが大前提で一致-NAFTAに関する公聴会・パブリックコメント(農業・畜産・酪農)-

(米国、カナダ、メキシコ)

ニューヨーク発

2017年07月21日

北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉に関する米国の各団体の主張を、主要産業ごとに紹介するシリーズ2回目は、農業・畜産・酪農業界。メキシコへの輸出が多い品目の業界団体を中心に、NAFTA再交渉により無税での市場アクセスを損なわないよう政権を牽制する声が強い。

農業製品は2位、3位の輸出先

2016年の米国の農業製品輸出額(加工品、飲料、畜産品・乳製品なども含む、注1)をみると、カナダは203億ドル、メキシコは178億ドルで、国別で中国に次ぐ2位と3位の輸出先になっている。両国への輸出額は米国の農業製品輸出額全体の3割弱を占める。

カナダ向けでは加工食品や野菜の輸出が多く、メキシコ向けではトウモロコシや大豆、食肉が多い(表参照)。米通商代表部(USTR)が6月27~29日に開催した公聴会やこれに先立ち実施したパブリックコメントでは、これらNAFTA域内への輸出が多い品目の業界団体が「現在の貿易関係に『害を及ぼさないこと(Do no Harm)』がNAFTA再交渉の大前提」だと一致して主張した。再交渉により両国への無税での市場アクセスが損なわれることがないよう政権に強く求めている。

表 米国のカナダ・メキシコ向け品目別農業製品輸出額(2016年) (出所)農務省統計

メキシコ向け輸出の多い業界から強い懸念

特に、トランプ政権がNAFTA再交渉の主な相手とするメキシコへの輸出が多い業界団体から懸念の声が強い。全米トウモロコシ生産協会(NCGA)のケビン・スクーネス筆頭副会長は公聴会で、「貿易関係が引き裂かれた際には農業がまず報復措置の対象となる」「経済連携関係の大幅な変更や断絶は、たとえそれが非農業分野におけるものであったとしても、米国の農家に壊滅的な影響を及ぼす可能性がある」と述べている。

メキシコ政府は2009年、NAFTAで合意された米国とのトラック相互乗り入れを米国政府が順守していないとして、NAFTA第2019条「特恵の停止」に基づき、米国製品89品目(2010年にリストを改定し合計99品目、注2)に対する関税を最恵国(MFN)税率まで引き上げた(2009年3月18日記事参照)。これら対象品目には、スイートコーンや豚肉製品などの農業製品が多く含まれている。

米国大豆輸出協会(USSEC)もパブリックコメントの意見書で報復措置を誘発する可能性を指摘し、「関税やその他の輸入障壁をあらためて導入することを目的にしたNAFTAの再交渉には反対する」とした。2016年の米国の大豆輸出では、メキシコは中国に次ぐ国別2位の輸出先(カナダは14位)になっている。メキシコは10月1日から12月31日までに輸入された大豆について15%のMFN税率を課していたが、NAFTAでは関税は撤廃されている。

全米豚肉生産者協議会(NPPC)や全米肉牛生産者・牛肉協会(NCBA)などの畜産業界も、市場アクセスの維持が大前提との立場で一致した。NCBAのケビン・ケスター次期会長は公聴会で、「率直に言ってメキシコとカナダへの無制限で無税での市場アクセスを上回るような条件改善は難しい」と述べ、「われわれの市場アクセスを危険にさらすことがないようにしてほしい」と訴えている。

また、米国食肉輸出連合会(USMEF)はパブリックコメントで、米国を除いた環太平洋パートナーシップ(TPP)協定「TPP11」が発効すれば、メキシコが輸入するオーストラリアやニュージーランド産牛肉の関税が撤廃され、価格に敏感なメキシコ市場で、米国産牛肉がさらなる競争にさらされる可能性があると指摘し、NAFTAにおける無税アクセスを維持することがこれまで以上に重要になっていると主張した。

なお、国際乳製品協会(IDFA)や全米生乳生産者連盟(NMPF)、米国乳製品輸出協議会(USDEC)などの酪農業界は、メキシコ市場への無税アクセスの維持と併せて、カナダ市場の開放を訴えている。パブリックコメントで、カナダへの乳製品輸出に課されている高い関税枠外税率を引き下げるとともに、同国乳製品価格の競争力維持を目的とした特別乳分類許可制度(SMCPP)への新カテゴリー(クラス6、クラス7)の追加措置(2017年4月27日記事参照)を撤回するよう求めた。

原産国表示要求規制をめぐっては対立

食肉の原産国表示要求(COOL)規制をめぐっては畜産業界の中で意見が分かれた。公聴会において、牧場経営者や飼育農家が加盟するロビー団体の米国牧場主・肉用牛生産者財団(R-CALF)のビル・ブラード会長は「トランプ大統領は米国人に米国製品を買ってほしいと言っているが、NAFTAは消費者が米国産牛と輸入牛を区別できるようにすることを許容していない」として、NAFTAの再交渉でCOOL規制を再導入することを求めた。R-CALFはNAFTAの原産地表示に係る規則を変更し、「米国で生まれ、飼育され、食肉処理された牛肉」に限定して米国産表示を許可すべきと主張している。

一方、NCBAのケスター次期会長は、NAFTA再交渉の機会を利用してCOOL規制を再導入するような試みには強く反対すると述べた。WTOの紛争解決制度においてCOOL規制をめぐり米国が敗訴したことを指摘し、米国が再度COOL規制を導入すればカナダとメキシコは依然報復措置を発動する権利を有していると述べている(2015年5月25日記事参照)。

植物検疫の強化では多くの団体が賛意

NAFTAの再交渉において衛生植物検疫措置(SPS)を強化することについては、多くの団体が賛意を示した。特に、TPPでWTOのSPS協定を上回る水準がなされたとし、TPPで合意したSPS措置をNAFTAに導入することを求めている。

NCGAはパブリックコメントで、「(われわれは)米国の農業界全体と同様、TPPにおいてWTOの規定を上回る執行力のあるSPS措置の導入を支持していた。現代化されるNAFTAにおいてもTPPのSPS章かそれと同様の規定の導入を求める」と述べている。

USMEFもパブリックコメントにおいて、各国が国内農業を保護するためにSPS措置を利用しているとし、SPS措置を導入する際の透明性の確保やSPS関連の紛争を迅速に解決するための協議の枠組みの設置などの必要性を訴えている。また、TPPにはこれらの規定が盛り込まれているとし、TPPのSPS章の内容をNAFTAに導入することを求めた。

USMEFはまた、地理的表示(GI)保護制度についてもTPPの合意事項をNAFTAに導入するよう求めた。EUカナダ包括的経済貿易協定(CETA)での合意事項にGIが盛り込まれたこと(2014年9月29日記事参照)や、実施されているメキシコ・EU間のFTAの見直し交渉において同様のGI規定が導入される可能性があることを指摘し、米国産の加工肉が輸出先のメキシコやカナダ市場でGIとして保護されてしまう可能性があるとの懸念を示した。TPP協定には、GIとして認定や保護された地理的表示に対して、一般名称として用いられている用語であることなどを根拠に、利害関係者が取り消しを求めることができる規定が含まれている。

NMPFとUSDECも共同で提出した意見書において、米国がメキシコに多く輸出している「ゴルゴンゾーラチーズ」や「アシアゴチーズ」について、メキシコ特許庁がGI保護を認めたことを批判した。他国のGI保護制度により米国の輸出市場アクセスが損なわれないようにすべきとし、TPPの合意事項をベースにした規定がNAFTAにも盛り込まれるように求めた。

(注1)農務省の統計に基づく。同省が定義する「農産物」には、HSコード第1類から24類までの品目の多くが含まれる。ただし、これらの類に含まれる水産物・水産加工品などは除外されているほか、これらの類以外の品目でも精油など一部対象となっている品目がある。詳細については、同省ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを参照。

(注2)対象製品の内訳は商務省資料PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)参照。

(鈴木敦)

(米国、カナダ、メキシコ)

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