EU、カナダとの包括的経済・貿易協定の交渉を終了

(カナダ、EU)

ブリュッセル事務所

2014年09月29日

EUとカナダは9月26日、オタワでの首脳会議の機会を捉えて、双方の包括的な経済・貿易協定(CETA)の交渉が終了したことを確認するとともに、現在のテキスト案を公表した。欧州委員会は今後、テキスト案の法的な点検作業と、EUの公用語24ヵ国語への翻訳作業を経て、2015年夏ごろの正式調印を目指すとしている。他方、2009年12月に発効したリスボン条約により、CETAには投資保護規定が盛り込まれたが、投資家対国家の紛争解決制度をめぐり、企業の国家に対する訴訟が容易になるなどの懸念が示され、特にドイツが強い反発を示す事態となっており、交渉終了にもかかわらず仮調印は見送られた。

<首脳会議でCETAの交渉終了を確認>
EUとカナダは9月26日、欧州理事会のファンロンパウ常任議長と欧州委員会のバローゾ委員長、およびカナダのハーパー首相との間で、「カナダ・EU関係の新時代」と題する宣言に署名した。これはEU・カナダ首脳会議において、歴史と価値観を共有する戦略的パートナーシップの強化と深化を約束するもので、EUとカナダの戦略的パートナーシップ協定とCETAの交渉終了を確認し、これを祝うものとなった。

今回の首脳会議では、2013年10月18日に原則合意したCETA(2013年10月21日記事参照)の交渉終了に伴い、当初、CETAの仮調印が行われるものとみられていたが、CETAに含まれる投資保護規定の扱いをめぐり、多国籍企業に強い権限を供与し過ぎるとの批判や、労働法や環境規制、データ保護、食品基準に関する法制を軽視し過ぎているとの意見などもあり、最終的に見送られたとみられる。

今回の首脳会議の2日前に行われた記者向けの技術的なブリーフィングで、EU側の首席交渉官から、仮調印は交渉終了時のテキスト案を確認するものにすぎず、まだ最終的なテキストではないとの見方が示された。通常であれば、仮調印後にテキストの内容に関して法的な点検作業が行われ、EU側では公用の24言語へ翻訳された後に、正式調印となる。今回、CETAの仮調印は見送られたが、交渉が終了した旨は今回の首脳会議の宣言で確認され、2015年夏ごろの正式調印と2016年の暫定適用開始を目指しているとみられる。

また今回、仮調印はなかったが、交渉終了時点でのCETAテキスト案は欧州委員会のウェブサイトを通じて公表された。公表されたテキスト案は1,634ページに及ぶ。CETA交渉の結果として、欧州委が発表している概要は次のとおり。ただし、まだ法的に拘束力を持つものではなく、法的な点検作業と各国の批准手続きを踏まえて、初めて正式な内容になる旨を補足している。

<発効7年後に全ての工業製品の関税撤廃>
(1)関税撤廃
全ての工業製品の関税が廃止されると、EUの輸出業者にとって年間で約4億7,000万ユーロの節約効果が生まれる。CETA発効直後に、ほとんどの関税が廃止され、7年後には、EU・カナダ間には工業製品の関税がなくなる。関税廃止は農業や食品分野にも適用される。EUの農産品・食品の約92%はカナダに無税で輸出できるようになる。

農業市場の開放は価格の低下と併せ、消費者により多くの選択肢を提供する。高品質食品の主要な生産者として、EUはカナダの高所得市場へのアクセス改善により利益を得られる。交渉の成果は、特にEUの主要な輸出関心事の1つである農産加工品に対してもたらされる。これら製品に対するカナダ側のほとんどの関税が撤廃されることで、EUの食品加工産業は相当な利益を得ることが見込まれている。ワインとスピリッツに関しては、そのほかの関連貿易障壁の除去によりカナダ市場へのアクセスが大幅に改善され、関税撤廃を補完する。

EU側の牛肉、豚肉、スイートコーン、カナダ側の乳製品のようなセンシティブ品目の扱いについて、特恵的アクセスの割当量は制限される。家禽(かきん)や卵は双方とも自由化されない。EUの輸入青果物を管理する参入価格制度は維持される。関税廃止の恩恵により、EUの加工産業はカナダの魚製品市場へのより良いアクセスが可能になる。並行して、持続可能な漁業も、管理・監視措置、および違法・無報告・無規則(IUU)漁業への対策を通じて発展させる。

<EU企業はあらゆる政府レベルでの公共調達への参入が可能に>
(2)カナダの公共入札へのEU企業の参入
CETAにより、EU企業はカナダのあらゆる政府レベルでの公共調達への入札が可能になる。これには大規模な公共支出の責任を持つカナダの州政府が含まれる。2008年のEUカナダの共同研究によると、カナダの連邦政府レベルでの調達契約総額は年間で150億〜190億カナダ・ドル(約1兆4,700億〜1兆8,620億円、Cドル、1Cドル=約98円)に達すると見積もられている。その他の政府レベルでの調達契約額はこの金額を大きく超えるとみられる。例えば、カナダの地方自治体での2011年の調達額は1,120億Cドルで、カナダのGDPの約7%に相当すると試算されている。EU企業はカナダの当該レベルでの公共調達市場に参入する初めての外国企業となる。カナダが類似の機会を提供することに合意した国際協定はほかにないという。EU企業がこうした新たな機会の利益を効果的に得られるように、カナダは全ての入札情報を統合する「単一電子調達ウェブサイト」も創設する予定。

(3)規制協力の段階的な強化
貿易の技術的障壁(TBT)に関する章(チャプター)は、技術的な規制における透明性の向上と、EU・カナダ間のより緊密な連絡の促進を図る規定を含んでいる。双方は関係する標準策定機関同士の関係を一層強化することでも合意している。協定書の付随書(プロトコル)は、双方での適合性評価承認の改善を図るものとなる。技術規制や標準、適合性評価手続き(マーキングやラベル表示の規定を含む)に対処する費用を削減することで、CETAが貿易を促進し、産業界全体に利益をもたらすものとなる。試算によると、これによってEUのGDPは年間で最大290億ユーロ増加するとしている。

<既に商標登録のある地理的表示は一部利用可能に>
(4)欧州のイノベーションと伝統的製品を保護
CETAは知的財産権に関し、EUとカナダの間で、より対等な競争環境を創出する。例えば、EUの医薬品分野はカナダ側の特許制度の発展により、明確な利益を得ることができる。また、欧州のイノベーションや手工芸品、ブランドは違法なコピー商品からこれまで以上に保護される。

CETAで合意した規則はまた、EUの農家や食品生産を行う小企業にも利益をもたらす。CETAは特定の地理的起源を持つ多くの欧州農産品に対して、カナダ市場での特別なステータスを認めるとともに、保護を提供する。「グラナ・パダーノ(イタリア北部ポー川流域で生産されるハードチーズ)」や「ロックフォール(フランス南部ミディ=ピレネー地域アベロン県産の青カビチーズ)」「エリア・カラマタス・オリーブ(ギリシャ・カラマタ産オリーブ)」「アセト・バルサミコ・ディ・モデナ(イタリア・モデナ産アセト・バルサミコ酢)」のような地理的表示(GI)の利用により、伝統的な欧州地域からの輸入製品がカナダ市場で保護される。この合意はまた、将来のGIリストに他の製品名称を追加する余地も残している。加えて、「プロシュート・ディ・パルマ(イタリア・パルマ産生ハム)」や「プロシュート・ディ・サンダニエル(イタリア・サンダニエル産の生ハム)」のような、幾つかの著名なEUのGIは最終的に、カナダ市場での販売時の使用を認められた。これらの名称はカナダでは既に商標として登録されていることから(2014年6月20日記事参照)、その扱いに関し、技術的な課題として交渉が続けられていた。

<専門職資格の相互承認については今後の共同作業に先送り>
(5)サービス貿易のスリム化
EUにとって、GDPの約半分はサービス貿易の自由化から得られると見込まれている。CETAは、金融サービスや通信、エネルギー、海上輸送のような主要分野でカナダ市場へのアクセスを創出することにより、欧州企業に新たな機会をもたらす。協定が完全に実施されれば、EUのGDPは年間で58億ユーロ増えるとしている。

CETAはまた、主要企業の従業員やサービスプロバイダーのEU・カナダ間の一時的な移動を容易にする。これは特に、海外で事業を展開する企業にとって重要となる。会計や建築、エンジニアリングのようなさまざまな特定分野の専門職がコンサルティングサービスを一時的に提供することも容易にし、建築やエンジニアリング分野においては販売後のメンテナンスや監視の履行を容易にする。

CETAは専門職資格の将来の相互承認の枠組みを提供している。現時点では、特に国境を超えるサービス提供の際に、専門職の一貫した要件が欠如していることが障害となったままだ。CETAの下で、EUとカナダの関係する専門職の団体や当局は資格の相互承認のための技術的詳細について、さらなる共同作業を行うことができる。

<CETAは投資保護規定の交渉を終了した初の貿易協定に>
(6)投資の促進と保護
CETAは、EU域外で投資するEU企業にとって、広範な利益をもたらす初めての貿易協定となる。このことは、EUがリスボン条約の下で、投資に関する新たな権限を獲得したことで可能になった。2013年10月に最終合意に達したEUとシンガポールのFTAにも投資保護規定が盛り込まれており、同時点では投資保護規定部分のみ交渉が継続中だったが、いまだ交渉終了の発表はない。その意味で、CETAは投資保護規定の交渉を終了した最初の貿易協定となる。CETAは、カナダ市場に参入する投資家の障壁を取り除き、軽減する。さらに、協定はカナダにおいてEUの全ての投資家が等しく、公平に扱われることを保障している。投資環境を改善し、全ての投資家により確実性を提供するために、EUとカナダは国内外投資家の無差別待遇などの主要原則を約束した。EUとカナダはまた、外国株式の保有に関し、新たな制限を課さないことも約束している。

EUとカナダの双方は強力な法制度を構築しており、投資家は実際には、自分たちに生じ得る懸念を国内の司法制度に付すことができる。しかし、外国投資家が差別待遇などから適切に保護されることを常に保障するものではない。例えば、政府は適切な補償なく、外国投資家から所有権を接収する可能性がある。投資家はまた、投資先の国内裁判所で訴えられる制約にも直面している。こうした懸念を抱く投資家への国際的仲裁を管理するルールは伝統的に、EU加盟各国の2国間投資協定によりカバーされてきた。CETAは今、EU加盟国の経験と伝統の下に構築されようとしている。最も重要なのは、投資保護規定が規制する政府の権利を十分に保護し、公共政策の目的を満たし、こうした規則の乱用を防ぐことを確実にする強い追加保障をEUが導入したということだとしている。

<EUの食品関連規制や環境規制はCETA発効後も維持>
(7)民主主義および消費者、環境保護
CETAは、経済利益が民主主義や消費者の健康と安全、社会や労働者の権利、環境を犠牲にするものではないことを確実にするための全ての必要な保証を含んでいる。

CETAは最終的に、EU加盟国とカナダの間の8つの既存の2国間投資協定にとって代わる。この点で、CETAはEUに対して、投資保護ルールや投資家対国家の紛争解決制度の乱用を防ぐためのさらなる保証を導入する機会を提供したとしている。欧州委員会は投資に関して表明された公共の懸念(注)をとても真摯(しんし)に検討した。改善された投資家対国家紛争制度はより明確なルールを基礎としている。同制度はまた、行動規範や紛争に対する政府の管理、手続きの十分な透明性を含んでいる。CETAの下で、投資家は真の国家規制行動に挑戦することはできない。公共利益を規制する政府の権利は影響を受けないとしている。

CETAはEUの食品関連規制や環境規制に影響を与えない。カナダ製品は関連するEUの規制を満たしている場合のみ、いかなる例外もなく、EUに輸入し、販売することができる。例えば、CETAは成長ホルモンや遺伝子組み換え(GMO)作物を含む牛肉に対する規制に影響しない。また、将来のルール策定に関する特別な規制を導入するものでもない。EUとカナダ双方は、環境や健康、安全のような公共の利益分野で自由に規制する権利を維持する。

CETAにおいて、EUとカナダはまた、持続可能な発展の原則と目的への強い約束を再確認している。CETAの貿易と持続可能な開発の章は、協定の履行と監視にEUとカナダの市民社会の代表を関与させる効果的なメカニズムを立ち上げ、政府協議や専門家のパネルを含む専用の仲裁メカニズムを含むものとなっている。

(注)「公共の懸念」とは、投資保護ルールや投資家対国家の紛争解決制度について、NGOなどから表明されてきたさまざまな懸念を指すとみられる。

(田中晋)

(EU・カナダ)

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