ようかんを世界に!回進堂、岩手から海外に挑む
2025年10月30日
米国のメジャーリーグで活躍する大谷翔平選手の出身地、岩手県奥州市。和菓子メーカーの回進堂(かいしんどう)は、1927年にこの地で創業し、もうすぐ100周年を迎えようとしている。
同社は2022年から輸出事業に本格的に取り組み始めた。取締役を務める菊地孝典氏に、これまでの取り組みや今後の展望などについて聞いた(取材日:2025年7月14日)。

岩手で長く愛されてきたようかん
同社の主力商品は食べ切りサイズの「ひとくち羊羹(ようかん)」だ。定番は6種類の味の詰め合わせだが、子どもでも親しみやすいチョコレートやキャラメル味のようかんも販売している。地域のブランド「江刺(えさし)りんご」を使用した夏季限定のゼリーや、主に岩手県産の栗をぜいたくに使った「純栗羊羹」など、地域の食材を生かす商品開発にも余念がない。同社の商品は県内の多くの土産物店で取り扱われ、岩手で長く愛されている。

6種類を展開(同社提供)

夏は凍らせてもおいしい(同社提供)
海外市場へのチャレンジのきっかけ
菊地氏は工業系の大学を卒業後、東京都内の和菓子屋で修業を積み、2016年に入社した。現在、商品企画、製造管理、海外営業など、経営全般を精力的に担っている。
同氏が海外を意識し始めたのは約10年前のことだ。全国のようかんメーカーが集まり、「YOKAN Collection(ヨーカンコレクション)」というプロモーションイベントをパリ(2015年)、シンガポール(2017年)、ニューヨーク(2019年)で開催した。菊地氏はシンガポールとニューヨークでのイベントに参加した。日本文化に関心を持つ来場者のようかんへの反応が想像以上によかったため、自社商品の海外での可能性を探ってみたいという思いを持つようになった。
これに加えて、岩手県の人口減少に伴う需要の先細りや、伝統的な和菓子ゆえに日本の若年層にはなかなか手を伸ばしてもらえないことにも危機感を抱いていた。「父(現社長)は岩手、そして日本で愛されるブランドを育てた。次は自分が世界で愛されるブランドにしていきたい」と考え、新型コロナウイルス禍も落ち着いた2022年、「会社と社長が元気なうちに」と、自ら率先して海外販路開拓にチャレンジすることを決めた。
現地視察とオンライン活用して情報収集
ようかんは日本酒や抹茶とは異なり、「海外で人気」という話をあまり聞かなかったため、まずは需要を見極めるところから始める必要があると菊地氏は感じていた。どの国・地域にチャレンジするか決めていなかったが、「食品 輸出」で検索をかけると、多くの事例が出てきた台湾からまずは市場を見てみることにした。岩手県庁が台湾で開催される食品展示会のブース出展者を募集していたタイミングとも運よく重なり、FOOD TAIPEI 2023 ジャパンパビリオン(2023年6月)に参加した。
海外展示会への出展は初めてだったが、国内の物産展で培ってきた経験を生かして、ブース装飾にこだわり、立ち寄ったあらゆる人に試食を配った。4日間の会期で、14ケース持ち込んだサンプルが全てなくなってしまうほどで、名刺も300枚ほど交換した。しかし、実際のビジネスにつながった名刺は5枚ほどだった。OEM取引などが実現したが、打率の低さには驚いた。
台湾には日本の商品が既に多く参入しており、ライバルが多いため、他の市場も視野に入れる必要があると感じた。一方で、参加から2年経った今になって「あのときの商品が欲しい」という現地バイヤーの問い合わせが入ることもあり、展示会への出展が無駄になったとは思わないと菊地氏は語る。

配置し、来場者の反応を調査した(同社提供)

フルーツ「龍眼」を使用している(同社提供)
時期を同じくして、ジェトロのサンプルショールーム事業(注1)を活用し、国・地域を問わずに「菓子」が対象になっていれば応募し、海外バイヤーとオンライン商談を重ねた。すると、アジア圏では価格やロットを重視するバイヤーが多い傾向に気が付いた。中小メーカーゆえ、大ロットの取引ではなく、高付加価値の商品であることをアピールしたいと考えていた菊地氏は、次に中東、欧州、米国に狙いを定めた。ジェトロの海外コーディネーターによる輸出相談サービス(注2)などを活用し、日本に居ながらオンラインで市場調査を進めた。
中東は意外にも商圏が大きくないことや、ハラール認証がハードルになり得るということが分かった。そのため、ヨーカンコレクションでも評判の良かったフランスと米国にターゲットを絞った。計画的に市場調査や販路開拓を進めるべく、ジェトロの専門家による支援の新輸出大国コンソーシアム(注3)も2023年から活用し始めた。
海外も「足」で稼ぐ
2023年6~9月には、ジェトロの中小企業海外ビジネス人材育成塾(注4)に参加し、ターゲットの精緻化と商談力に磨きをかけた。「海外で成功したい」という同じ志を持つ日本全国のメンバーとのネットワークを構築し、今でも励まし合うような仲となった。
2023年11月、菊地氏は1人でパリに赴き、現地の小売店やカフェに飛び込みで営業をかけた。サンプルと資料を持って20キロ以上歩いた日もあった。ようかんを「新しい商材」として捉えてもらうため、日系商社やインポーター、ディストリビューターへの営業よりも、まずは最終顧客の需要を生み出すところから始める必要があるというジェトロの専門家によるアドバイスに基づくものだった(図参照)。購買権限を持つバイヤーと直接会えなかったり、新しいがゆえに「売れるか分からない」と断られてしまったりする困難を経験しながらも、幾つかの小売店で取り扱ってもらえることになった。
図:EUへの食品輸出における一般的な商流(イメージ)
出所:ジェトロ「EUへの農林水産物・食品の輸出に関するカントリーレポート【EU市場編】」を基にジェトロ作成
また、市場調査を進めていく中で、北米や欧州向けのブランディングに有効と知った英国のビーガン協会(The Vegan Society)
のビーガン認証を2024年9月に取得した。さらに、海外向けの商品改良も進め、パッケージや商品名、味にも工夫を凝らした。
2024年10月、欧州で最大の規模を誇る総合食品見本市SIAL Paris(シアル・パリ)の視察も兼ねてフランスに行き、2023年の飛び込み営業時につながった小売店で、菊地氏が店頭に立って試食・販売を行った。現地の若者が多く訪れる店で、日本人だけでなく、現地在住者からの「おいしい!」という反応を見て、フランスでの成功を確信した。その後、2025年1月にリヨンで開催された国際外食産業見本市Sirha(シラ)のジャパンパビリオンに出展した。EU圏に輸送網を持つ現地の有力ディストリビューターとのコネクションを持つことができ、フランスのみならず、EU域内での営業活動をより活発に行えるようになった。

この間、Japanese Food Expo(米ロサンゼルス、ニューヨーク)や、Summer Fancy Food Show 2025(ニューヨーク)にも出展し、米国での販路開拓も着実に進めていった。
2022年からの3年間、「ようかんが売れる可能性がある場所なら、どこでも行ってみたい」という心持ちで、インド(ニューデリー)や香港、ハンガリーなどで実施されたジェトロのイベントにも積極的に参加した。結果的にフランスと米国を優先市場として位置づけることとなったが、海外バイヤーとコミュニケーションを直接取って、それぞれのマーケットの特徴を体感したからこそ、十分な比較検討を行うことができたという。
柔軟な発想で、ようかんを世界に!
海外の人たちと対話を重ねる中で、ようかんをトーストの付け合わせや菓子のトッピングとして利用する可能性を提案されることがあった。「海外ではようかんへの固定観念がない」と菊地氏は語る。同氏が海外販路開拓を進める中で大切にしているのは、「日本ではこう食べる」というイメージを押し付けないことだ。新たな解釈をしてもらえるたびに、ようかんの商材としての奥深さや面白さを感じているそうだ。
輸出に取り組み始めて約3年。「現地フォワーダーとの調整が難航し、海外展示会へのサンプル輸送がうまくいくか、展示会当日までハラハラしたこともある。また、新規事業ゆえに、社内の理解を得るのに苦労することもあった。一筋縄に行かないことばかりだが、いま最高に楽しい」と菊地氏は笑顔を見せる。
今後の展望については、「最終的な目標は『世界中にようかんを広げること』だが、それまでの道のりを達成可能な目標に一つずつブレークダウンし、一歩ずつ前に進んでいく。やればやるほど目標が変わるのは当たり前だ。柔軟な発想で、これからもチャレンジし続けたい」と語った。
- 注1:
- 海外の主要都市や周辺都市に、日本産食品の商品サンプルを展示・保管管理するショールームなどを設置し、海外バイヤーに商品を随時紹介することで、現地バイヤーとのオンライン商談を実施するジェトロのサービス。2025年度から「グローバル・ゲートウェイ事業」に名称を変更。
- 注2:
- ジェトロが海外に配置する農林水産・食品分野の専門家(海外コーディネーター)が現地の最新事情に基づくアドバイスを行うサービス。
- 注3:
- 「新輸出大国コンソーシアム」専門家による海外展開ハンズオン支援。海外ビジネスに精通した専門家(パートナー)が継続的な支援面談や海外出張同行を通じて、海外展開の計画策定支援から海外販路開拓、立ち上げ、操業支援まで一貫してサポートする。
- 注4:
- 海外展開戦略の策定方法、プレゼン資料の作成方法、商談のノウハウを学ぶジェトロのサービス。
- 執筆者紹介
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ジェトロ岩手
倉谷 咲輝(くらたに さき) - 2019年、ジェトロ入構。農林水産・食品課、ジェトロ・ベンガルール事務所を経て、2022年から現職。ジェトロ岩手で主に農林水産物・食品の海外展開支援に従事。




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