CBAM本格運用に臨むトルコ産業界の反応

2024年4月10日

2023年5月に、EUの炭素国境調整メカニズム(CBAM)が施行された。2026年の本格運用開始に先立ち、2023年10月から、対象製品の輸入事業者に対して報告義務を課す移行期間が始まっている(注1)。トルコは総輸出額の約40%をEU向けが占めることから、CBAMの影響は大きく、政府や産業界は対応を迫られている(2023年10月10日付ビジネス短信参照)。

EUは、2019年12月に「欧州グリーンディール」(注2)、2021年7月にはその推進のための政策パッケージ「Fit for 55」(注3)を発表し、2050年に温室効果ガス(GHG)の排出を実質ゼロとする「気候中立」の達成のための取り組みを進めてきた。この「Fit for 55」の一環として発表されたのがCBAMである。トルコ政府は最大の貿易相手であるEUの動きに合わせ、2021年7月に「グリーンディール・アクションプラン2021」を発表し、同年10月にはパリ協定を批准した。 トルコはCBAMの適用除外や軽減を求めるため、EU排出量取引制度(EU ETS)に整合する国内排出権取引制度(ETS)の導入を目指しており、2022年2月に初めて開催した気候評議会の会合は、2024年に試験的なETSを開始することを政府に勧告した。ETSの導入については、トルコ政府が発表した2023~2025年、および2024~2026年の経済中期計画にも記載されている。

ここまで、CBAM導入に対するトルコ政府の動きを振り返ったが、一方で、トルコの民間企業が現在抱えている課題や、講じている対策はどのようであろうか。ジェトロは2024年2~4月にかけて、トルコの経済団体であるトルコ工業・企業家協会(TUSIAD)、イスタンブール工業会議所(ISO)の2機関に対してインタビューを行い、CBAMがトルコの企業活動に与える影響について、トルコ産業界の声を聞いた。

各団体の概要は次の通り。

  • トルコ工業・企業家協会(TUSIAD)
    1971年設立のNGOで、主に政策立案やロビイング活動に取り組んでいるほか、トルコにおける民主的・経済的・社会的改革の支援や促進を行っている。中規模~大企業を中心とした4,500社を代表する730人の会員が所属している。同会員はトルコの総付加価値額の50%、貿易額(エネルギーを除く)の85%、農業・政府セクターを除く労働人口の50%以上、法人税収入の80%を占めており、生産、付加価値、雇用、対外貿易などの分野でトルコの経済活動を代表する存在という。また、欧州の民間セクターを代表する統括組織であるビジネスヨーロッパ(欧州産業連盟)、OECD経済産業諮問委員会(Business at OECD)、地中海企業家団体連合(BUSINESSMED)、B20のメンバーを務めている。 
  • イスタンブール工業会議所(ISO)
    トルコ最大の工業会議所で、製造業を中心に約2万4,000人の会員が所属している。会員はトルコの工業部門総生産の3分の1を占め、所属企業の97.5%が中小企業である。また、エンタープライズ・ヨーロッパ・ネットワーク・イスタンブールのパートナーの1機関であり、中小企業のイノベーションと国際的な成長を支援するため、パートナーシップやアドバイザリー、イノベーション・サポート・サービスなどの幅広い分野で、国際的なビジネスの専門知識を現地の知見とともに提供している。

両機関は、トルコ企業がCBAMに対応できるよう、会員企業の支援などを通じて対応を進めていたが、その中で現状の課題として挙がったのは、主に以下の3点であった。これら3つの課題について、各機関の現状認識と対応策を紹介する。

  1. CBAMに関する情報・知識の不足 
  2. CBAM対応のためのファイナンスの不足 
  3. トルコにおける気候法の未成立

中小企業は対応に苦慮、実務支援も実施

「1.CBAMに関する情報・知識の不足」については、特に中小企業における認識不足が指摘された。ISOによれば、トルコには大企業向けのGHGの測定・報告・検証(MRV)制度があり、対象企業はCBAMでの報告項目に類似する事項について、トルコ気候変動対策庁へ報告することとなっている。そのため、すでにMRV制度に対応するための知識を持っている大企業は、CBAM対応に関して有利な状況にある可能性があるものの、中小企業はまだ十分な関連知識が得られておらず、対応が難しいと予想している。またISOは、CBAM対象製品のうち、セクターごとに対応状況の差が予想されることも指摘した。CBAMの対象セクターはセメント、肥料、鉄鋼、アルミニウム、水素、電力の6つであるが、ISOが最も重視しているのが、ISO会員数の割合が多い鉄鋼とアルミニウムだ。特に中小企業は、GHG排出量の報告に関して課題を抱えているという。また、現状はCBAMの対象ではないものの、繊維セクターは「欧州グリーンディール」において新たな「循環型経済行動計画」の対象になっている。トルコメーカーはそのほとんどが欧州企業と取引を行っていることから、取引先からエネルギー効率やカーボンフットプリント、製造工程での廃棄物などについて報告を求められるケースがあるという。このような現状を受け、各機関ではウェブセミナーなどを通して企業向けの情報提供の支援を行っている。

実務面での支援については、ISOによると、トルコ貿易省がグリーンディールに関するウェブサイトや、CBAM、循環型経済などを含むさまざまなテーマのウェブセミナーを通じて企業支援に取り組んでいる。そのうえで、ISOはトルコ貿易省と協力し、CBAM移行措置のためのGHG排出量報告書類をトルコ語へ翻訳して「アルミニウム・鉄鋼セクターのCBAM実施ガイド」を作成している。さらに、会員企業に対し、書類の作成方法についての情報提供も行っているという。

なお、TUSIADによれば、トルコ貿易省は、欧州グリーンディールで概説されているアクションプランの展開に沿うよう、さまざまな省庁にまたがる取り組みを調整するための影響力のある役割を担っている。具体的には、トルコにおけるグリーンディール・アクションプランの準備と実施にかかる調整、欧州グリーンディールのもとでのEUの規制に対するトルコの立場に関する交渉などを行っているという。

そのほか、気候変動に関する包括的な取り組みとして、ISOでは、産業界の変革やステークホルダーとの相乗効果の創出を目指し、産業界や公共部門、金融機関、アカデミアなどから構成される「サステナビリティプラットフォーム」を設置している。ISOは持続可能性に関する取り組みについて、セクター別のロードマップを作成しているほか、会員企業向けには、エネルギー効率やカーボンフットプリントの算定に関するコンサルテーションサービスを提供している。「持続可能性」への取り組みについて、ISOでは気候変動対策だけでなく、循環型経済や産業レジリエンス、安全な労働環境、労働の未来、サステナブルファイナンスなどを含むものとして捉えているという。TUSIADでは、設立以降、気候変動対策と環境問題を最優先事項の1つとしており、国内外の機関と連携して、気候変動の緩和に向けて積極的に取り組んでいる。TUSIADは、国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)の前にトルコのパリ協定批准を提唱した最初の経済団体であり、2024年にトルコで交付が予定されている気候法の草案作成の過程においても、その知見をもって貢献したという。また、「環境・気候変動ワーキンググループ」を通じて、循環型経済や水、エネルギー効率、サステナブルファイナンスといったイニシアチブを統括している。

TUSIADは、このワーキンググループやタスクフォースを通じて、EUや世界におけるグリーン・トランジションの動向を注視している。CBAMの詳細についてはまだ議論中の部分があるため、TUSIADは、専門家によるウェブセミナーや会議を通して、会員企業が今後のCBAM対応義務を理解するための支援を行っているという。英国やカナダなどでも同様の炭素国境調整メカニズムの導入の動きがあり、トルコ経済に影響を及ぼす可能性があることから、TUSIADはEU域外でのこのような動きを常に注視している。また、TUSIADでは、グリーン・トランジションを多面的な問題として捉え、CBAMだけに焦点を当てるのではなく、「循環型経済行動計画」やネットゼロ産業戦略といったグリーンディールを構成する他の要素も重視し、総合的なアプローチを行っているとしている。

グリーンファイナンスの拡充が急務

「2.CBAM対応のためのファイナンスの不足」に関しても、中小企業向けの支援の必要性が強調された。TUSIADは、トルコ企業の90%以上が中小企業であることを指摘し、トルコ産業界にとって、グリーントランスフォーメーションのための資金調達と、CBAMを含む規制が企業に与える経済的な負担の軽減は重要であるとした。ISOも、サステナブルファイナンスを重要課題として認識しており、現状ではトルコ企業にとって、こうしたファイナンスへのアクセスは難易度が高いとしている。

このような資金調達とグリーントランスフォーメーションの問題に対し、TUSIADでは、サステナブルファイナンスや資金調達手段、ベストプラクティスに関する情報を会員に提供するサブワーキンググループを結成している。またTUSIADは、国際金融機関との連携も行っており、近い将来、それらの金融機関が提供するグリーントランスフォーメーションのための資金や融資をトルコ産業界全体に広げる必要がある、とも語った。ISOも、会員企業に対してグリーン関連基金の情報提供を行っているという。また、ISOはトルコ政府に期待することとして、ETSの制定と合わせて、中小企業がグリーン・トランジションに参加するインセンティブとしての基金を設立することを挙げた。

他機関の取り組みとしては、世界銀行によるグリーンファイナンスがある。世界銀行は2023年6月、トルコ産業界の効率的なグリーントランスフォーメーションを支援するため、「トルコグリーン産業プロジェクト」に対して4億5,000万ドルの融資を承認した。そのうち、2億5,000万ドルはトルコ中小企業開発機構(KOSGEB)によって中小企業支援に充てられ、1億7,500万ドルはトルコ科学技術研究機構(TUBITAK)によって企業や研究機関のグリーン・イノベーション支援に充てられることとなった。

気候法の制定とETSの導入に期待

トルコでは、気候変動対策の一環として、冒頭で紹介したETSの導入のほか、気候法成立に向けた取り組みも進められている。これらの法制度について、トルコ産業界からは早い成立を望む声が上がっている。TUSIADは、トルコでEU-ETSに整合するETSが実施されることで、CBAMに対応するトルコ企業の経済的負担は軽減されるとしている。またISOによれば、会員企業からは、カーボンフットプリントの削減などに関して、現状ベンチマークが存在せず、何を目標として脱炭素の取り組みを行うべきか分からない、という意見があり、数値目標を示すという観点でも、気候関連の法制度の整備は必要と言える。

このように、2023年10月から移行期間が開始したCBAMについて、輸出の半分近くがEU向けのトルコとしては、確実な対応が求められているものの、特に中小企業において関連情報の入手や資金面で課題を抱えていることが分かった。今回インタビューを行ったトルコ経済団体では、CBAMを含むグリーンディールやグリーン・トランジションの分野において、EUの動向を注視しながら情報収集を行っている。その上でトルコの政府機関とも連携し、会員向けの情報提供やコンサルテーションを通じて企業支援に取り組んでいる。また、ファイナンスに関しても同様に、利用可能な基金や融資について企業へ情報を提供し、マッチングを行っている。さらにはトルコ政府に対して、企業がCBAMやグリーンディールに対応するインセンティブの提供を求める声もあった。今後のCBAM本格運用に向けて、企業の負担軽減のためにも、法制度面ではEU-ETSに沿ったETSの導入や、気候法の制定にも期待が高まっている。


注1:

CBAMの詳細は、ジェトロの調査レポート「EU炭素国境調整メカニズム(CBAM)の解説(基礎編)」を参照。

注2:
EUとして、2050年に「気候中立」を達成するという目標のもと、2030年に向けたEU気候目標の引き上げや関連規制の見直しといったアクションプランを取りまとめたもの。
注3:
2030年のGHG削減目標である、1990年比で少なくとも55%の削減を達成するための政策パッケージ。
執筆者紹介
ジェトロ調査部中東アフリカ課
久保田 夏帆(くぼた かほ)
2018年、ジェトロ入構。サービス産業部サービス産業課、サービス産業部商務・情報産業課、デジタル貿易・新産業部ECビジネス課、ジェトロ北海道を経て2022年7月から現職。