【コラム】時代の変化に応じて和食文化継承 老舗和食レストラン「ナカチ」の40年(ペルー)

2022年1月20日

中南米で最も古く日本と国交を結んだペルー。約10万人の日系人がいると言われている。その首都リマで1967年、日本語や漫画、生け花、茶道、武道などが学べるカルチャーセンターとして日秘文化会館がオープンした。近年は、日本文化に関するコンサートや演劇、映画などさまざまなイベントを開催。日本に関心を抱く多くの市民が当会館を訪れる。そうしたことから、ペルーで日本文化の発信地的な存在にもなっている。建物の1階には、気軽に立ち寄れる和食レストランもある。


日秘文化会館の外観(ジェトロ撮影)

和食文化を受け継ぐレストラン

日系2世のフェデリコ・ナカチさんが日秘文化会館で「ナカチ」をオープンしたのが、1982年のことだった。会館にはかつて日本人女性が切り盛りするレストランがあり、日本人の料理人がペルー人スタッフに調理を指導しながら和食を提供していたという。そのレストランのスタッフを引き継ぐかたちで開店した。

当初は和食だけを扱っていた。特に1980年代は、ペルーに在留邦人が多かった。派遣されていたJICA(当時・国際協力事業団、現・国際協力機構)のボランティアも足しげく通っていたそうだ。「メニューにない料理もリクエストされましたが、作り方を教えてもらいながら出していました」と、ナカチさんは懐かしそうに振り返る。しかし、月日の流れとともに、日本人から料理を直接習った料理人はいなくなった。和食のレシピは、料理人の中で受け継がれてきたそうだ。同時に、現地の食材を利用して地元の味覚に合わせた料理へと変化していったのも事実だ。例えば、「ほかの店よりもおいしいと評判です」とうれしそうに話す自慢のすし飯には、酢と砂糖のほかにみりんも加えられている。結果、日本のすしと比較すると少し甘めになっている。


フェデリコ・ナカチさん(ジェトロ撮影)

時代とともに変化

20年ほど前からは、ペルー料理もレパートリーに加えるようになった。客の好みに合わせながら、何度かメニューを更新している。

和食では、天ぷらや刺し身、うどん、そば(沖縄風)、豚のしょうが焼き、とんかつ、かつ丼、オムライスが人気の定番料理だ。特別に注文があった際には、おでんや煮しめも提供する(通常のメニューからは外している)。ペルーではシイタケやサトイモ、ヤマイモ、納豆、ゴーヤなど、独特な香りや癖のあるものは定着しにくいという。飲料では、日本茶や日本酒、ビールの注文を多く受ける。リーズナブルな価格で気軽に日本食を楽しむ市民が客の中心なことからか、輸入品の日本産よりも安い国産ビールの方が好まれる傾向にある。

かつては、ナカチさん自ら食材調達を行っていた。しかし、そのスタイルも時代とともに変わっていった。リマ市民の台所だった中央市場があるセントロ地区は、1980年代にテロの影響を大きく受けた場所でもある。ナカチさんが当時通っていたという日本食材店も移転や閉店を余儀なくされた。現在は、後に開業した別の日系輸入食品業者から購入している。ただし、すし用のコメに関しては、安価な国産のネバード種を普段使い、日本米を購入するのは特別な依頼があった時だけに限っている。また、ペルー料理では一般的に使われない魚介類、刺し身やすしのネタは、知り合いになった専門の仲買人から直接仕入れている。

フュージョン系「ニッケイ料理」導入

近年、和食とペルー料理を融合して生まれたのが、「ニッケイ料理」だ。この料理はいまや、美食の国ペルーを代表する料理ジャンルの1つだ。グルメ界のアカデミー賞と言われる「世界ベストレストラン50(World’s 50 Best Restaurants)2021年版外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」でも、日系人シェフのミツハル・ツムラ氏が率いる当地レストラン「マイド」が7位にランクイン。このように、「ニッケイ料理」は世界的にも認められている。国内では、日系人の人口が多い首都のリマだけでなく、地方都市にも「ニッケイ料理」を扱うレストランが拡大。幅広い世代に浸透するなど、もはや一時的なブームにとどまらず定着したとさえ言えるだろう。「ナカチ」では、フェデリコさんのおいやめいが数年前から経営を担うようになった。これに伴い、店内のすしバーをリニューアルして、「ニッケイ料理」の代表格である「マキ」を豊富に取り入れた。

日本の巻きずしをアレンジした「マキ」は、ペルーの若い世代からの絶大な人気を誇る。「ナカチ」の「マキ」は、豊富なバリエーションで定評がある。SNSを利用したプロモーションを積極的に取り入れることで、これまでの日系人や在留邦人を中心とした常連客に加え、若い世代の日本滞在経験者や日本食に関心のある非日系ペルー人客が増加した。若い世代は「マキ」を好むことから、伝統的な和食はあまり注文されなくなった。反対に、15年ほど前までは客の3割程度だった非日系ペルー人が5割を占めるようになった。

新型コロナ規制後は、デリバリーやSNSの発信などに注力

新型コロナウイルス感染拡大に伴う規制により、2020年3月から約2カ月間、全国的にレストランの営業が完全に停止された(2020年03月18日付ビジネス短信参照)。その後、段階的に規制が緩和され、営業の再開は認められた。しかし、経営難から閉店に追い込まれた飲食店も少なくない。「ナカチ」も、約4カ月にわたって店を閉じていた。営業再開後は、テークアウトやデリバリーに適した弁当メニューを拡充。コロナ禍以前から活用していたSNSを使って顧客とコミュニケーションを取り続け、サービスを提供している。

2022年、「ナカチ」は開業40周年を迎える。

執筆者紹介
ジェトロ・リマ事務所
川又 千加子(かわまた ちかこ)
2021年からジェトロ・リマ事務所勤務。