投資円滑化のルール化に動き
2018年12月28日
主要国・地域では、資本規制など外国直接投資(FDI)に対する市場アクセスの緩和が進む。関連する手続き面などの投資円滑化に向けた整備も同時に進められているものの、改善の余地が残る。こうした中、2017年12月には世界貿易機関(WTO)に加盟する有志国・地域で投資円滑化のルール化に向けた話し合いの場が立ち上がり、議論が重ねられている。しかし、WTOにおいてこの分野に取り組むことに消極的な動きもあり、予断を許さない状況にある。
不十分な投資手続きの簡素化
外国直接投資の自由化は、経済協力開発機構(OECD)などで国際的な議論が進められてきた。OECDでは、資本移動自由化に関する行動規約〔CLCM(Code of Liberalisation of Capital Movements)〕(1961年)を定めており、加盟国は新たな自由化例外措置を導入しないという原則を順守しつつ、直接投資などの資本移動自由化への貢献が求められている。各国がFDIに対して、どの程度規制しているかを測る定量的な指標である「外国直接投資制限指数(FDI Regulatory Restrictiveness Index)」をみると、OECD加盟国の自由化が進んでいることが見て取れる(図参照)。OECD加盟国のみならず、主要非OECD加盟諸国(アルゼンチンを除く)の2017年の指数をみても、1997年と比較して低下してきていることが確認できる。
前述のデータを見る限りでは、外国資本規制や投資審査・承認要件といった市場アクセスの敷居がおおむね下がってきていると見てとれる。それでは、投資手続き面はどうか。例えば、国連貿易開発会議(UNCTAD)などによって立ち上がった「グローバル事業登録ポータル(The Global Enterprise Registration portal) 」では、世界各国の事業登録に関する情報ポータルと、オンラインで手続きを完了することができるオンライン・シングル・ウィンドウを掲載し、それぞれ各国の取り組みが評価されている。2018年12月14日時点では、134カ国・地域の情報ポータル、また32カ国・地域のオンライン・シングル・ウィンドウが掲載されているが、必ずしも全てが高い評価を受けているわけではない。UNCTADは「オンラインでの情報提供や投資手続きに関するシングルウィンドウについて、多くの国ではまだ改善の余地がある」と指摘する(注1)。
有志による投資円滑化ルールの議論が進展
WTOにおいて投資ルールはこれまで、交渉議題の候補に挙がったものの、賛同が得られず、交渉立ち上げが見送られた経緯がある。また、OECDにおいても1990年代に、多数国間投資協定〔MAI(Multilateral Agreement on Investment)〕の交渉が決裂した。
かかる中、WTOに加盟する有志70カ国・地域は2017年12月、「発展のための投資円滑化に関する閣僚声明」を発表した。参加国は、投資円滑化に関する多国間・地域の枠組み形成を目的とした議論の開始を求める。なお、市場アクセス、投資保護、および投資家国家紛争解決〔ISDS(Investor-State Dispute Settlement)〕には取り組まないことが明示されている。
2018年1月には、ブラジルが投資円滑化にかかる多国間枠組みの草案(JOB/GC/169)をWTOに提出した。同案には、「オンライン・シングル・ウィンドウ」と表現は異なるものの、オンライン上で投資関連手続きができる「シングル・エレクトロニック・ウィンドウ〔SEW(Single Electronic Window)〕」が1つの節(Section)として盛り込まれている。
2018年3月から、非公式会合が開始されており、「投資措置の透明性・予見性の改善」や「行政手続きと要件の合理化とスピードアップ」などについて議論が重ねられている。このほかにも、カザフスタン政府が同年9月、対外直接投資円滑化のためのWTOの貢献可能性を議論する「開発のための投資円滑化の友グループ〔FIFD(Friends of Investment Facilitation for Development)〕」と協力して、アスタナ(カザフスタン)で投資円滑化に関するハイレベルフォーラムを開催した。参加者からは、より透明、予測可能、効率的かつダイナミックなFDI環境の構築に貢献する多国間・地域の枠組みを通じた、WTO加盟国・地域の投資促進への努力が歓迎されている。
インドが反対、楽観できない議論の行方
投資円滑化をめぐっては、2017年に入り、ルール化に向けた提案が相次いだ。同年2月には貿易円滑化協定が発効しており、円滑化という枠組みが新興・途上国を含めて広く受け入れられたという経験が、投資分野にも波及したと言えよう。しかし、同年5月のWTO一般理事会では、投資円滑化について非公式な対話を進めるとの提案に対し、インドが「WTOの目的の範囲に含まれない」として、対話に強硬に反対した経緯がある(注2)。
有志国・地域による会合として、投資円滑化に関する議論の場が立ち上がったものの、インドは2018年5月の非公式貿易交渉委員会・首席代表者会合で、「ドーハ作業計画(筆者注:2001年開始のWTOドーハラウンド)に基づく問題が解決されるまで、WTOで投資円滑化や零細中小企業(MSMEs)の国際貿易への取り込みといった新たな問題を導入することについては留保する、との説明を何度もしてきた」とし、引き続き反対の姿勢を示した。また、同年7月にも、「WTOにおける投資円滑化やMSMEsといった新たな課題の導入について、重大な懸念や留保を一貫して表明している」とし、スタンスを変えていない。
投資円滑化をめぐる議論は、ドーハラウンドの取り扱い、さらには全加盟国・地域のコンセンサスがなければ交渉を進められないWTOの意思決定の脆弱(ぜいじゃく)性をもはらむ。昨今では、WTO自体の改革に向けた動きが見られるが、多くの企業に裨益(ひえき)する投資円滑化のルール形成にも影響を与えることから、併せて注目していく必要があるだろう。
- 執筆者紹介
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ジェトロ海外調査部国際経済課 リサーチ・マネージャー
朝倉 啓介(あさくら けいすけ) - 2005年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課(2005~2009年)、国際経済研究課(2009 ~2010年)、公益社団法人日本経済研究センター出向(2010~2011年)、ジェトロ農林水産・食品調査課(2011~2013年)、ジェトロ・ムンバイ事務所(2013~2018年)を経て現職。