知的財産に関する情報第16回 韓国IPGセミナー(特許庁委託事業)開催レポート

開催概要

開催日時 2016年5月17日(火曜)14時30分~18時00分(受付開始14時00分、交流会18時30分~)
場所 ソウルジャパンクラブ(SJC)内会議室
ソウル特別市 鍾路区 清渓川路 41永豊ビル12F
主催 韓国IPG/SJC知財委員会(事務局 ジェトロ・ソウル事務所知財チーム)
内容
14:30~14:40
韓国IPGリーダー・SJC委員長あいさつ
/武内 敬司 株式会社韓国日立社長
14:40~15:50
中国における知的財産を取り巻く環境(35分)
/本間 友孝 ジェトロ・北京事務所 知的財産権部長
東南アジア(タイ・ベトナム等)における知的財産を取り巻く環境(35分)
/高田 元樹 ジェトロ・バンコク事務所 知的財産部長
15:50~16:00
休憩 10分
16:00~17:10
シンガポールにおける知的財産を取り巻く環境(35分)
/五十棲 毅 ジェトロ・シンガポール事務所 知的財産権部長
台湾における知的財産を取り巻く環境(35分)
/五閑 統一郎 交流協会台北事務所経済部主任
17:10~17:20
休憩 10分
17:20~18:00
(特別講義)日本における知財最新状況(35分)
/長野 篤史 特許業務法人深見特許事務所 化学バイオ部副部長・弁理士
韓国政府への2015年SJC建議(知財分野)への韓国政府回答(5分)
/笹野 秀生 ジェトロ・ソウル事務所 副所長
18:10
閉会

レポート

第16回韓国IPGセミナー(特許庁委託事業)を開催しました。

韓国IPGは、2016年5月17日(火曜)SJC会議室にて、第16回韓国IPGセミナーを開催しました。今般のセミナーでは、2014年に続いて、アジアのジェトロ・交流協会の知財担当者から各国の知財情報についてご講演いただきました。また、特別講演では深見特許事務所の長野篤史弁理士より均等論についてご講演いただきました。講演後、質疑応答も活発に行われる他、交流会にも多くの方がご参加いただき、多くの意見交換をしていただけたものと存じます。以下のとおり、概要をご紹介します。

中国知的財産制度の概要

ジェトロ・北京 知的財産部 本間友孝 部長

中国は出願数で世界一の国であり、2015年の出願件数は、特許約110万件、実用新案・意匠は、それぞれ約113万件及び約57万件でした。出願件数の急増に備えて、中国政府は審査官を大量採用し、既に1万人を超えています。これらの審査官は、国家知識産権局(SIPO)の他にも全国7か所の審査協作中心という組織で審査を行っています。審査品質も基準・目標設定、持続的な新規審査官教育を通じて既存の品質を維持しています。

また、中国政府は、知財制度全体を整備するため、2008年に、日本の「知的財産戦略大綱」に相当する「国家知識産権戦略綱要」を発表し、2015年1月にはこれを深化する行動計画を発表しました。そして、同年1月には第2の知財戦略と言われる「新情勢下における知的財産強国の建設加速に関する国務院の若干の意見」を発表しました。

中国は司法制度の改革を通しても、知財保護体制を整備しています。2014年11~12月にかけて、北京、上海、広州において知財法院(第1審)を設立し、技術調査官及び裁判官補佐制度を導入することで、難しい技術分野も裁判所で判断できるようになりました。特に、北京には、知的財産権事例指導研究基地を設立し、全国の裁判所の判断を統一すべく取組み始めています。

模倣品対策では、知識産権局、工商局、税関等の行政機関が職権で取締を行っており、裁判所とも協力しています。特に、インターネット上の商取引増加に伴う模倣品の流通拡大に対応するため、行政・司法機関がECプラットフォームと協力したり、ECプラットフォーム自体も独自に取組んでいます。

このように知財を取り巻く環境が急激に変化しているため、中国知財の状況を平均値で判断しない方が良いでしょう。地域や企業間の格差も大きいので、トップクラス企業、地域の最新状況に注目する必要があります。そのような中、日本企業約200社・団体の知財担当者から構成される中国IPGは、法律・制度・運用について検討・意見提案、権利侵害等の知財問題に積極的に対応しています。

東南アジア(メコン地域)の知財状況

ジェトロ・バンコク 知的財産部 高田元樹 部長

ASEAN主要国の出願状況をみると、特許の場合、外国人からの出願が殆どであり、その規模は件数が最も多いシンガポールでも1万件程度で日本の約30分の1です。ASEAN地域において、日本は主要出願国であり、特に、タイの場合2012年に全体の特許出願の約40%を占めており、第一の出願国です。商標出願は、インドネシアの場合、2013年に6万件強でしたが、多くが内国人による出願で、冒認出願も多数含まれていると言われています。出願人国籍でみると、内国人出願が多数を占めている国が多いですが、韓国国籍の出願も見られます。

知財におけるASEAN地域の協力は、ASEAN特許・商標庁、ASEAN特許・商標制度の設立の可能性を探求した時期(1990年代)もありましたが、現在は、各国が国際条約に加盟し、各国の審査結果を共有するという方向で進んでいます。ASEAN知的財産行動計画2011-2015で掲げられていた「2015年までにASEAN全加盟国がマドプロに加盟する」という目標も、少し遅れてはいますが順調に進んでいます。現在、5か国が加盟しており、先月(2016年4月)に改正商標法が成立したタイに加え、ブルネイ・マレーシア等も近いうちに加盟する見込みです。これによって日系企業のアセアン地域における商標取得がより容易になるものと思われます。

ASEAN地域では、法律は備えているものの、うまく運用できていない国が多数存在します。また、出願から権利化までの期間も非常に長く、例えば、タイの場合、特許の外国出願は平均約10年11か月、内国出願は6年1か月を要しています。これの解決策として、PPHがあります。現在、我が国とシンガポール、フィリピン、インドネシア、タイ、マレーシア、ベトナムの6か国との間で実施されており、特に、タイについては、権利化遅延への良い対策となっています。また、ASEAN地域の職務発明、営業秘密保護、公報、判決等に関する情報は、ジェトロウェブサイトにて公開または公開予定ですので、ご参照ください。

メコン地域各国の知財状況を見てみると、(1)カンボジアは、「国家知財戦略2013-2023」を策定しており、また、今月(2016年5月)にカンボジア工業手工芸省(MIH)とJPO間で特許付与円滑化に関する協力(CPG)に合意し、7月から日本で特許となった出願は、CPG申請により、カンボジアにおいて実質的に無審査で特許付与される予定です。(2)ミャンマーは、現在知財法としては、著作権法のみ保有しており、WIPOの支援等で、知財法の整備を図っています。また、JPOから審査官を派遣し、知財庁設立に向けた支援を実施しています。(3)ベトナムは、米国スペシャル301条の「監視国」と指定されており、日系企業の模倣品被害が多く、ジェトロはベトナム税関総局ASIDと国境での模倣対策に係るMOUを締結しています。(4)タイは、ASEAN地域で最大の日系企業進出国です。2016年から3年間で審査官数を大幅に増員する予定であり、音商標、マドプロ加盟等に対応する商標法改正が今年7月末に施行する予定です。タイは米国スペシャル301条の「優先監視国」である程、模倣品問題が深刻な状況です。タイで製造されるものもありますが、約90%が中国製だとされています。これに対し、ジェトロでは、真贋判定セミナー等を開催する等、日系企業の支援を行っています。

シンガポールにおける知的財産を取り巻く環境

ジェトロ・シンガポール 知的財産部 五十棲毅 部長

シンガポールは、タイと並ぶ日本の対アジア直接投資先です。外国人誘致のために様々な法制度を備えています。特許出願状況をみると、外国出願が約9千件と、内国出願の約1千件に比して外国出願が圧倒的に多く、シンガポールをマーケティング市場としてみている海外企業が多いということが見て取れます。技術分野別にみると、シンガポール政府が産業育成に力を注いでいるバイオ、医薬品分野の躍進が見られます。出願人国籍でみると、トップ5は、米国(3,645件)、日本(1,424件)、シンガポール(1,303件)、スイス(550件)、ドイツ(543件)です。米国企業は日本企業の2倍以上の出願件数を見せており、その理由として、以前からこの地域への進出企業が多かったこと、また、ASEAN地域への進出に際しての窓口として、シンガポールを好んでいることが考えられます。米国企業の出願の主な分野は医学、有機化学、バイオであり、日本企業の出願の主な分野は、高分子、半導体、有機化学です。出願人でみると、シンガポールの研究機関が1~2位を占めており、それ以外は欧米系企業、中国企業がトップ10に入ります。

シンガポールは、外国人誘致のための様々な法制度を備えています。知財制度についても同様です。代表的な例が2013年4月に発表した「知財ハブ・マスタープラン」です。同プランは、シンガポールをアジアの知財ハブとするための10か年計画であり、(1)知財取引と管理のハブ、(2)高品質知財出願のハブ、(3)知財紛争解決のハブの3つの戦略的な目標を規定しています。2014年2月から実体審査を開始し、2015年9月からASEAN初の国際調査機関となりました。さらに、特許審査官を100名以上採用しており、その9割以上が博士号取得者です。また、中国語文献の調査能力が高いことがシンガポールの長所です。それにより、(2)については上手く機能しています。他方、(1)は取引の予測困難性のため、未だ試行錯誤の段階にあります。(3)については、契約における仲裁機関としてSIAC(シンガポール国際仲裁センター)を選ぶ例が増えているようです。その他のシンガポールの特徴として、ASEAN知財庁同士の取組であるASEAN特許協力(ASPEC)を促進していることが挙げられます。これは、ミャンマーを除くASEAN9か国間で、審査結果の利用を通じて他国で早期審査がなされるものです。審査が比較的早いシンガポールの結果を利用して、ASEAN各国に出願する場合、権利化期間が短縮されることが見込まれます。

台湾における知的財産を取り巻く環境

(公財)交流協会 台北事務所 経済部 五閑統一郎 主任

台湾は、IP5 及びドイツに次ぎ、特許出願受理件数世界7位の地域です。日本からの出願件数は外国からの出願のうち特許1位、商標3位を占めています。しかし、台湾は国際制度外にあるので、PCT、マドプロ等の手続ができない等、日系企業が困難を受けていました。そこで、日本特許庁では、日台バイの覚書で補っています。出願動向をみると、外国出願は横ばいであるものの、内国出願が減少しています。それは、鴻海を含む台湾企業の知財戦略が量より質を重視するように変化したのが理由です。

日本ブランドの価値は、高く評価され、日本語字幕も利用したCMや日本語そのままのCMがプロモーションに効果がありますが、その代りに、模倣も存在しています。「讃岐事件」、「神座」、「PORTER」で代表される地名商標や冒認商標の出願も多いです。もう一つの台湾での問題として、営業秘密漏えい問題があります。中国・韓国よりは問題が小さいものの、台湾人・台湾企業は、機密漏えいに対する認識が薄く、定着率も高くないので秘密漏えいのリスクは常に存在します。この問題に対して、台湾政府は、2013年2月に、従前の民事的制裁のみだったのを改善して刑事罰を追加する等を要旨として営業秘密法を改正しました。これ以外にも並行輸入問題、模倣品・海賊版の問題も抱えています。特に、模倣品は中国から流入していると見られており、台湾当局は模倣品取締を強化しています。しかし、刑事法では特許・意匠が対処できない点、捜査における権利者による協力の重要さへの認識の希薄さ等が問題点となっています。

台湾経済における中国との関係は重要です。そのため、両岸はECFA(両岸経済協力枠組取決め)等、両岸の経済協力に力を注いでいます。知財に関しても、両岸における優先権主張の承認、審査官交流、ハイレベル会合の開催等、活発な交流が行われています。特に、台湾人に中国専利師資格(弁理士)を開放しているため、台湾において中台両方の出願書類を一元的に作成することにより、コストを削減できる可能性があります。

均等侵害の第5要件(意識的除外)について考える

特許業務法人 深見特許事務所 長野篤史 弁理士

均等論とは、特許権の権利範囲を表す特許請求の範囲(クレーム)を文言どおりに解釈した場合、クレームの主要部以外の部分を他の構成に置換して容易に特許権を迂回することができてしまうことを回避するための理論です。均等侵害成立のための要件には、5つの要件がありますが、今回は第5要件「意識的除外」を取り上げます。これは、一旦、権利範囲に属しないことを認めておきながら、後になって、これに反する主張をすることは許さない「禁反言」の法理に基づきます。侵害が疑われる物品(イ号物品)の構成中、特許発明を一部置換した構成について、特許発明の出願段階でクレームから「意識的に」除外したか否かによって、侵害当否の判断が変わります。ただ、判例によって、(1)イ号を知った上で減縮補正する場合だけ意識的除外と判断する場合と、(2)補正により除外された範囲は全て意識的除外と判断する場合の2つの考え方の間で「意識的に」の解釈が揺れています。

イ号の構成が意識的に除外されたか否かを判断する材料は、補正書・意見書に限らず、明細書の記載からも判断されます。例えば、ⅰ)明細書に記載されているのに、クレームに記載されていない構成(実施形態)は、意識的に除外されたものと判断されやすいです。ⅱ)元の権利範囲A+Bをa1+Bに減縮補正し、イ号a2+Bを除外した場合、明細書にイ号の記載があった場合には、記載がない場合より意識除外と判断されやすいです。ⅲ)出願時のクレームがa1+Bで補正がなくても、明細書にイ号a2+Bがあった場合には、記載がない方より意識的除外と判断されやすいです。これは、a2がa1の代替物になりうることを知っていて、あえて意識的にa2+Bを除外しているからです。ただ、韓国ではⅲ)の判断に相当する判決は、まだありません。a2+Bを明細書に記載するか否かの判断基準は、以下のフローをご参照ください。

a2+Bを明細書に記載するか否かの判断基準に関するフローです。まず、a1+Bの代替技術としてa2+Bを考え付いたかが基準となります。 Noの場合、明細書には書けませんが、a2+Bは均等の余地があります。Yesの場合、a2+Bは、公知かが、さらなる基準となりますが、a2+Bが、公知の場合には、明細書に書く必要はありません。一方、a2+Bが、公知ではない場合には、a1+Bに加えてa2+Bも権利化したいかが、新たな基準となります。Yesの場合、a1+B及びa2+Bを包含するクレーム(例えば、A+B)とし、a2+Bを明細書に書きます。ここで、a2+Bは均等の余地はありません。Noの場合、a1+Bのみクレームとなり、a2+Bは明細書に書きません。ここで、a2+Bは均等の余地はあります。最後に拒絶理由通知はa2+Bの特許性を否定しているかについてですが、Noの場合、a2+Bを除外しないクレームを補正を行います。YESの場合は、a2+Bの権利化を断念します。

出所:第16回IPGセミナー講演資料から抜粋

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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担当者:大塚、柳(ユ)、李(イ)、半田
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