サクセスストーリー

国境を越えたコラボレーションが、がん治療・研究に革新をもたらす

国立がん研究センター(NCC)は、国内随一のがん研究機関・病院である。NCCは国内外の様々な機関や企業からもたらされる医療イノベーションのシーズを発掘し、画期的な医薬品や治療法を世界に広めるべく産学連携を推進している。海外の企業・機関も、NCCの先進的ながん研究や創薬プラットフォーム、成熟した日本の医療市場に魅力を感じ、積極的に協業に乗り出している。

今回、NCCおよび同センターとそれぞれ共同研究を締結した企業・機関の代表者に、国境を越えたコラボレーションに至った経緯や、海外の機関・企業が日本の医療市場に進出する意義について聞いた。

インタビュー対象者

  • 国立がん研究センター(NCC):中釜斉理事長、大西達也医師、大橋紹宏博士
  • FathomX(シンガポール):CEO Stephen Lim氏
  • Arjuna Therapeutics(スペイン):CEO Ross Breckenridge博士
  • Enlipsium(シンガポール):CEO Yzhar Perry氏
  • フレデリック国立がん研究所(FNLCR、米国):Cancer Data Science Initiativeディレクター Eric Stahlberg博士
国立がん研究センター(NCC)ロゴ
Fathom Xロゴ
Arjuna Therapeuticsロゴ
Enlipsiumロゴ
フレデリック国立がん研究所(FNLCR)ロゴ
協業
2021/10

  • バイオテクノロジー/ライフサイエンス
  • シンガポール
  • 米国
  • スペイン

掲載年月 : 2023/01

医療イノベーションを国際連携で進める

医学の進歩により、私たちの平均寿命は延び、生活の質は日々向上している。その一方で、長生きすればするほど、何らかの形でがんにかかるリスクは高まり、健康を左右する要因となる。特に、高齢化が急速に進んでいる日本では、がんが死因の第1位となっている。国立がん研究センター(NCC)は、この問題に中心となって取り組む日本を代表するがん研究機関・病院である。

日本貿易振興機構(ジェトロ)は、NCCをはじめとする日本の医療機関・製薬企業のパートナリング支援を通じて、新たなイノベーションを加速させる国際連携体制の構築をサポートしている。NCCとジェトロは2021年、包括連携協定を締結した。この協定のもと、ジェトロはNCCの医師と、がん研究の最前線で活躍する革新的な海外の企業や研究組織とを繋ぎ、健康課題解決の一助となる国境を越えた研究・業務提携が実現した。

NCCの中釜斉理事長は「かつて、医薬品や治療法の開発は、大企業一社との協力で成り立っていた。しかし最近では、医療イノベーションのシーズ(種)は、複数の機関や企業からもたらされるようになっており、それが、今回ジェトロと協力させていただくことになった背景にある」と語る。

中釜斉理事長

がんの早期発見が予後を左右する

がんの早期発見は、健康寿命を最大限に伸ばすうえで大切な要素の一つだ。なかでも乳がんなど一部のがんは、定期検診で発見されることが多い。現在、マンモグラフィー検査は読影医によって行われるが、その検査には時間を要する。腫瘍の見落としや不必要な手術を避けるため、慎重に行われるためだ。

シンガポールに拠点を置くFathomXは、腫瘍の早期発見に貢献し、読影医が行っていた検査の一部を代行する人工知能システムの開発を進めている。FathomXのCEOであるStephen Lim氏によると、同社のAIツールが、悪性腫瘍が疑われる部分を特定するヒートマップと、悪性腫瘍である可能性を推定する確率のスコアを医師に提供することで、読影医にとって非常に負担の大きい仕事である腫瘍の検出における負担軽減に貢献すると言う。FathomXは、NCCなど日本の病院をはじめ、アジア太平洋の他の国々の医療施設と協力関係を結び、アジア全体でAIツールをテストし、その精度と有効性を高めている。一方、NCCは同社のツールを用い、多くの患者を診断することで、AIツールの診断の精度と有効性を高め、一般に普及させることに協力している。Lim氏は、「NCCは、最高のがん治療とケアの提供を使命としており、自社の技術を世界に広めていくという当社の目的とも合致している、素晴らしいパートナーになると確信している」と意気込みを語る。

CEO Stephen Lim氏

NCCからすると、FathomXとの連携により、センターの診断結果が向上するだけでなく、乳がん診療全体の改善にも良い結果が生まれる可能性があるという。NCCの大西達也医師は、「FathomXの技術力に感銘を受け、その研究が我々の哲学と合致していたため、共同研究締結が実現した」と語る。その一方で、医療機器の開発は、日本など一国だけのデータを基にすると、ガラパゴス化する危険性があると指摘する。「グローバルな視点から見れば、日本はそれほど大きな市場ではないかもしれない。だが、このような研究プロジェクトを通じて、日本のデータを世界の技術力の向上に役立てることができる。それは我々としても大きなメリットだと考えている」。

大西達也医師

難治性がん治療薬の開発

スペインに拠点を置くArjuna Therapeuticsは、食道がん、胃がん、卵巣がんなど、最も致命的で攻撃性の高いがんに有効な「Ag5」という新しいタイプの薬剤の可能性を探っている企業だ。がんは、種類によって増殖や転移、治療への反応が異なるため、治療方法はどうしても複雑になる。その一方で、Ag5は、攻撃性の高いがんはエネルギー消費量が非常に大きいという点に着目した薬剤であり、細胞のミトコンドリア内のエネルギー生産経路を攻撃し、がん細胞を飢餓状態にして破壊していくことで、非がん細胞はほとんど傷つけないように設計されている。この研究が成功すれば、理論的には、従来の化学療法でしばしば見られる重い副作用を避けながら、これらのがんを効果的に治療することができる。そうすれば、患者は治療中も、闘病以前と変わらぬライフスタイルを享受することができるようになるだろう。

2022年時点で、Arjuna以外にこの薬剤を開発している企業はいない。そのArjunaとNCCは共同で、Ag5の有効性を日本の患者から摘出した腫瘍を用いて検証している。ArjunaのCEOであるRoss Breckenridge博士は、Ag5で治療できる可能性のあるがんの多くは、日本での罹患率が高いものであり、「NCCは、これらのがんに関して世界有数の深い専門知識を有している研究組織だ」と話す。そして興味深いことに、これらのがんの多くは日本、韓国、中国以外の国では稀であり、欧州の患者から摘出した腫瘍で検証することは非常に困難なのだという。

CEO Ross Breckenridge博士

この共同研究は、NCCにとっても素晴らしい機会となった。Arjunaと共同研究を進める大橋紹宏博士は「Arjunaは非常にユニークな技術を開発している。今回の共同研究締結により、Arjunaの技術と我々の世界レベルの創薬プログラムとを組み合わせる機会を得られた」と語る。NCCにとって、Arjunaとの共同研究は、Ag5の開発だけを目的にしているわけではない。「我々の最終的な目標は、世界にまだない画期的な薬をつくり、がんに苦しむ患者さんに一刻も早く提供することだ。そのために、より多くの企業に我々の専門性を見ていただき、日本、特にNCCと一緒に研究を行ってもらうことで、創薬のハブになることを目指している」と大橋博士は先を見据える。

大橋紹宏博士

既存の治療技術を革新する

外科手術や薬剤治療に加えて、がんとの闘いにおいて最も一般的な治療法のひとつが、放射線治療だ。放射線治療は、高エネルギーの電離放射線を用いて、がん以外の細胞はそのままに悪性細胞を死滅させるという伝統的ながん治療法である。放射線治療による患者の身体そのものや健康な体組織へのダメージは、精密な治療機器の開発によって軽減してきてはいるが、改善の余地はまだあるという。シンガポールに拠点を置く先端材料メーカーEnlipsiumは、既存の放射線治療法の安全性と効果を大幅に向上させる可能性のある、新しいナノ結晶線量測定技術を開発した。

Enlipsiumによると、現在NCCと共同で試験中のこの新技術は、既存の装置に比べて100倍の画像解像度を可能にし、さらに測定時間の短縮と運用コストの低減を可能にするという。EnlipsiumのCEOであるYzhar Perry氏は、NCCは放射線治療において世界最先端の水準を持つことで知られているとして、「特に陽子線治療の分野において、我々の高性能線量測定法をさらに発展させるうえで、NCCは最適なパートナーになると確信している」と期待を寄せる。

Enlipsium ロゴ

研究機関を繋ぐパートナーシップ

ジェトロが推進する国際的なパートナーシップは、NCCと連携する民間企業だけにとどまらない。米国のフレデリック国立がん研究所(FNLCR)は、日本におけるNCCの研究部門と同様の役割を担う存在であり、世界中の官民の研究チームと連携して新技術を開発している。FNLCRは、NCCの先端医療開発センター(EPOC)と2021年にAIベースの創薬プロジェクトを開始し、人工知能を使った新しいがん治療法の可能性を探っている。FNLCRのCancer Data Science Initiative DirectorであるEric Stahlberg博士は「NCC-EPOCは、がん研究を一緒に進めるのに最適な組織だった。 ジェトロ、NCC-EPOC、FNLCRの三者の存在がなければ、このパートナーシップは実現しなかっただろう」と語る。

ジェトロのサポート

こうしたNCCと海外組織とのコラボレーションは、ジェトロの支援により実現した。海外の企業や組織が日本でビジネスを開始するにあたり、様々な課題を克服するために支援してきた経験を、医学分野にも活かした例だといえる。EnlipsiumのPerry氏は、「NCCとのコラボレーションは、コロナ禍にジェトロが主催したバーチャルイベントから始まった」と振り返る。「厳しい渡航制限がある中、ジェトロのサポートとアドバイスにより、わずか数か月の間に協力関係を築き、共同プロジェクトの範囲を決め、必要な契約や法的文書をすべて合意することができた。ジェトロは本プロジェクト成功に決定的な役割を果たした。」Enlipsiumは、このプロジェクトの成功の先に、研究、製造、販売など、日本での事業拡大を視野に入れている。

ジェトロは、日本とのネットワークをまだ持たない、あるいはネットワークが少ない海外企業にも積極的に支援を提供している。ArjunaのBreckenridge博士は、「ジェトロと交流するまで、我々は日本に大きなコネクションを持っていなかった。我々のような企業が日本で事業を始めるには、言葉や文化の壁は高いハードルだった」と語る。そのため、ジェトロの支援によりNCCをはじめ日本国内の研究者、製薬会社などの紹介を受けたことは非常に重要だったという。「今回の共同研究が、近い将来、日本のがん患者や製薬会社に貢献できる、より大きなプロジェクトへと発展することを期待している」とBreckenridge博士は展望する。

NCCからも、ジェトロの海外事務所が提供する紹介やマッチング支援に大きな恩恵があったとの声が寄せられた。NCCの大西医師は、「海外から日本に来る企業は、言葉や法律、文化の壁があり、日本国内の企業と連携するよりもどうしてもプロセスが複雑になる。ジェトロの支援により、これらの壁を一緒に乗り越えることができた」と語る。「なにより海外にこのような企業が存在し、貴重な知見や貢献があることを紹介いただいたことが非常に大きな恩恵だと感じている」。

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