コグニジー買収に見る欧州発AIスタートアップの壁

(ドイツ、米国、欧州)

ベルリン発

2025年08月12日

米国のAI活用型顧客体験分野のグローバル大手ナイスは7月28日、プレスリリース外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますでドイツのAIスタートアップのコグニジーを約9億5,500万ドルで買収すると発表した。コグニジーは音声人工知能(AI)エージェントを主力とするドイツ発のスタートアップで、顧客はルフトハンザ、トヨタ、DHL、ボッシュ、バイエルなど。現地経済紙「ハンデルスブラット」(8月1日)によると、これは欧州発のAI企業の買収として過去最大規模とされる。

この買収によりナイスは、コグニジーの会話型AI技術を自社の顧客体験(CX)プラットフォームに統合、AIを最優先としたカスタマーサービスの導入を加速させる方針だ。一方コグニジーは、ナイスのリソースとノウハウを活用し、事業成長の加速を目指している(8月1日付「ハンデルスブラット」紙)。

スタートアップの成長環境において、欧州と米国の差は依然大きい。米国で積極的な投資がスタートアップの急成長を支える一方、欧州では資金調達の難しさが成長を妨げる一因とされている。米国のテック系ニュースメディアのテック・クランチによると、2025年2~5月に約697億ドルが米国のAI関連スタートアップに投資された一方、欧州では同期間に約64億ドルの投資にとどまった。件数も米国の1,528件に対して、742件と半数以下だ。豊富な資金に恵まれた米国企業が、欧州発のスタートアップを買収する例も少なくない。公的機関SPRIND(連邦飛躍的イノベーション機構)理事長のラファエル・ラグーナ・デ・ラ・ウェラ氏は、米国テック企業が欧州発のスタートアップも含め年間400社ほど買収することを「(欧州発の)イノベーションを体系的に買い込んでいる」と評し、ドイツ国内で付加価値の創造の機会と競争力が失われていると危機感を募らせる。一部では、外国企業による優良企業の買収が続けば、欧州のデジタル主権は絵に描いた餅だとの指摘もある。

直近では、2024年に欧州最大級の民間のAI研究機関に成長したフィンランドのサイロAI(Silo AI)が米半導体メーカーのアドバンスト・マイクロ・デバイセズ(AMD)に6億6,500万ドルで買収された例もある。

ドイツIT・通信・ニューメディア産業連合会(BITKOM)は、ドイツ国内でAIの基礎研究が進み、政策的にも注目される中、資金不足や複雑な規制などによってAI産業が成長しない状況を「AIパラドクス」と表した。2025年5月に発足した連邦政権もAI産業やスタートアップの重要性を認識し、支援策を次々と打ち出しているが(2025年7月31日記事8月6日記事参照)、実効性が現れるまではまだ時間を要すると見られる。今回のコグニジーの買収に、ドイツのみならず欧州で見られるスタートアップ成長における構造的課題を垣間見ることができる。

(打越花子)

(ドイツ、米国、欧州)

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