米シリコンバレー、テック業界に広がる移民政策への不安
(米国)
サンフランシスコ発
2025年04月10日
これまで米国シリコンバレーのテック業界は、多くの移民出身の創業者や経営幹部、ソフトウエア技術者によって支えられてきた。毎年約6万5,000件が抽選制で承認される高度技能人材向けのH-1Bビザ制度は、同業界にとって不可欠な存在となっている。国別の取得者数ではインドが最も多く、次いで中国、フィリピン、カナダが続く。主なH-1Bビザの雇用主には、アマゾン、グーグル、メタ、マイクロソフト、アップル、IBMなど大手テック企業が上位10社に名を連ねている。
ドナルド・トランプ米大統領は現在のところ、H-1Bビザ制度やその他の高度技能ビザ制度を廃止する方針は示さず、むしろH-1B制度について前向きな発言もみられる。一方で、同ビザ制度の厳格化や再入国制限、出生地主義の見直しといった動きをとっていることから、さらなる制度強化への懸念が高まっている(2025年1月23日記事、2025年3月6日記事参照)。
ワシントン・ポスト(3月31日)によると、移民出身の従業員を多く抱えるテック企業では、2024年末あたりから、トランプ大統領就任に伴うビザの変更に対する懸念が高まっていた。アマゾンやグーグルと提携する法律事務所は、ビザを保持する従業員に対し、出国後の再入国が認められないリスクを踏まえ、海外渡航を慎重に検討するよう助言していたという。第1次トランプ政権下では、高度技能ビザの却下率が最大15%まで上昇し、弁護士らは同様の事態が再発する可能性を警告している。移民弁護士らは、企業向けに従業員との個別相談を実施しており、永住・条件付き永住者カード(グリーンカード)などの書類携行、当局への情報届け出、弁護士・人事との連絡、SNS上での発言に注意することなどを助言している。
ジェトロが実施した現地スタートアップ企業へのヒアリングでは、スタートアップは中国系・インド系の移民技術者を多く雇用しており、特に中国系移民は7年以上前からビザ取得が困難になっていた、との指摘があった。現政権下での移民政策の厳格化により、従業員には海外渡航を控えるよう助言しているほか、移民弁護士との連携を通じ、従業員の不安解消にも努めているという。
日系企業へのヒアリングでも、シリコンバレーに拠点を構える理由として、優秀な中国系技術者を雇用できることを挙げる声があり、たとえ通商政策で中国回避の動きがあっても、優秀な人材確保が企業競争力の源泉であり、それら人材は欠かせない、との意見が聞かれた。
一方、米国誌「ワイヤード」によると、サンフランシスコを拠点とするカナダ人起業家は、米国とカナダの間で関税・移民政策をめぐる関係悪化を受け、SNS上で「メープルシロップギャング」と称する交流会を形成。カナダへの本社移転や戦略見直しを検討する声も出ている。もっとも、カナダにはシリコンバレーのような、成功者が次世代に投資して成長が循環するエコシステムが乏しい、との指摘もあり、シリコンバレーにみられる「世界を変える」マインドセットや「リスクを取る姿勢」の醸成が課題とされ、両国のスタートアップ文化の根本的な違いが指摘されている。
(松井美樹)
(米国)
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