欧州委、AI開発支援パッケージ発表、スタートアップのスパコン活用を促進

(EU)

ブリュッセル発

2024年02月01日

欧州委員会は1月24日、EU域内での人工知能(AI)のイノベーション支援に向けた政策パッケージを発表した(プレスリリース外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。EUは域内で提供されるAIシステムを基本的人権といったEUの価値や安全性などの観点から「信頼できる」ものにすべく、2023年12月に世界初となるAI規則案に政治合意(2023年12月13日記事参照)するなど、AI関連の規制を進めている。一方で、同規則案で生成型AIへの規制を巡っては、域内企業の技術開発の妨げになるとして、一部の加盟国が反対。産業界から根強い懸念も出ている(2023年12月19日記事参照)。欧州委も、EUの競争力や技術的な主権を確保する上で、生成型AIの重要性を認識しており、信頼できるAIであることを条件に、積極的な支援も必要としている。今回の政策文書は、域内での革新的なAIエコシステム構築に向け、スタートアップや中小企業などを対象とした支援の枠組みを提示するものだ。

支援の枠組みの中心となるのが、欧州委が立ち上げを予定している「AIファクトリー」と「GenAI4EU」だ。AIファクトリーは、域内で整備が進むEuroHPCスーパーコンピュータ(2020年10月22日記事参照)を中心にデータセンターを設置し、生成型AIモデルなどの開発に必要な資源や人材を集める構想だ。欧州委は今後、AI専用のスーパーコンピュータを新設、あるいは既存のスーパーコンピュータを改良する。その上で、域内のスタートアップや科学技術界にこうしたスーパーコンピュータへのアクセスを開放する。欧州委は、米国マイクロソフトが米国オープンAIの対話型AI「チャットGPT」に対して、自社のスーパーコンピュータへのアクセスを提供していることを例に挙げ、EUも域内のスタートアップにスーパーコンピュータへのアクセスを提供する必要があるとしている。

また、産業データを用いたAIモデルのトレーニングを容易にすべく、スーパーコンピュータの近隣に大規模なデータセンターを設置する。EUの産業データの単一市場「欧州共通データ空間」(注1)の整備を進め、データセンターと接続させることで、域内のスタートアップなどに高品質なデータを提供する。さらに、スーパーコンピュータに対応したプログラミング施設の提供や、アルゴリズムを用いたAIモデルの開発・テスト・評価・検証の支援などを行うサービスセンターも設置する。

GenAI4EUは、生成型AIの産業界での活用促進に向けたイニシアチブだ。欧州委はこのイニシアチブを通じて、AIスタートアップと産業界・公的セクターとの協業を促進する大規模なオープンイノベーション・エコシステムの開発を支援する意向だ。対象となる分野は、ロボット工学、ヘルスケア、バイオ技術・化学、素材・バッテリー、製造・エンジニアリング、モビリティー、気候変動・環境面での持続可能性、仮想世界・デジタルツイン(注2)、サイバーセキュリティー、航空宇宙、農産品、科学、公的セクター。

このほか、欧州委内に「AI局(AI Office)」を設置する。AI局はEUレベルのAI政策の策定・調整をするほか、成立が見込まれるAI規則案の実施を監督する。

(注1)欧州共通データ空間の詳細は、ジェトロの調査レポート「EU の産業データ政策の概要PDFファイル(654KB)」(2022年12月)を参照。

(注2)「デジタル上の双子」の意で、物理的なモノと空間をデジタル上に再現し、シミュレーションや管理などを行う技術。

(吉沼啓介)

(EU)

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