欧州委、英国の北アイルランド議定書法案を批判、義務不履行手続きを再開へ

(EU、英国)

ブリュッセル発

2022年06月16日

欧州委員会は6月15日、アイルランド・北アイルランド議定書(以下、議定書)をめぐる問題に関して、英国が「北アイルランド議定書法案」(2022年6月14日記事参照)を英国議会に提出したことを受け、英国に対するEU法上の義務不履行手続きの再開と、EUが2021年10月に提案した議定書の調整案の詳細に関する文書を発表(プレスリリース外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)した。

英国は、2020年1月末にEUを離脱。移行期間を経て、2020年12月末にEU単一市場などに関するEU法の適用が終了した。しかし、英国の一部である北アイルランドは、EU加盟国であるアイルランドとの間に物理的な国境管理の設置を避けるために、物品の移動に関しては、通関、衛生植物検疫(SPS)などのEU法の適用を継続することで、現在もEU単一市場に実質的に残留している。議定書は、北アイルランドのEU単一市場の残留に関わるルールを規定したもので、離脱協定の一部としてEUと英国が合意したもの。議定書に基づき、英国内であってもグレートブリテン島から北アイルランドへの物品の移動においては、EU法に基づく通関、SPS手続きを経る必要がある。

欧州委は、現状として英国は議定書を完全に履行しておらず、英国の北アイルランド議定書法案の発表は、国際法である議定書に一方的に違反する意思を明確にするものだと批判。2021年3月に着手したものの、英国との協議のために同年9月から中断していた英国に対する義務不履行手続き(2021年3月16日記事参照)を再開すると発表した。英国が2カ月以内に返答しない場合、欧州委はEU司法裁判所に提訴する可能性があるとしている。また、議定書に基づく、SPSに関する義務と貿易統計データの提供に関する義務の不履行に関しても、英国に対して、それぞれ新規の義務不履行手続きに着手すると発表した。欧州委が英国をEU司法裁判所に提訴し、勝訴した場合、英国は制裁金を科させる可能性がある。ただし、欧州委は、英国との合意に基づく解決策を望むとして、今後も英国と協議を続けるとしており、英国産品に対する関税の賦課といった英国とEU間の通商・協力協定(TCA)の停止などへの具体的な言及はなかった。

議定書の扱いをめぐり、EUと英国の溝は平行線のまま

欧州委は、2021年10月に発表した議定書の実施の円滑化に向けた調整案(2021年10月18日記事参照)の詳細も発表した。欧州委は、今回の発表の目的を、グレートブリテン島から北アイルランドへの物品の移動にかかる手続きに困難が伴うことを認めた上で、実務的な問題に対する議定書の枠組み内での迅速な解決策を提示することだとしている。英国は、議定書自体の変更に向けた再交渉を求めているが(2021年7月26日記事参照)、EUは、再交渉を認めない姿勢をあらためて表明。北アイルランドにとどまり、EUに流通しない物品については登録事業者が提出する情報に基づき、通関、SPS手続きを不要にするという英国側の提案に関して、北アイルランドから違法な製品がEU単一市場に流通する現実的なリスクがある、と指摘。EU単一市場に関する手続きは法的にも政治的にも、英国が一方的に変更できるものではないと反発した。

(吉沼啓介)

(EU、英国)

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