欧州委、北アイルランド議定書の調整を提案
(EU、英国)
ブリュッセル発
2021年10月18日
欧州委員会は10月13日、「アイルランド・北アイルランド議定書」の実施を調整する提案を発表した。同議定書は、英国がEU離脱に際して、EUと合意した離脱協定の一部で、EUの加盟国であるアイルランドと英国の一部である北アイルランドの間に物理的な国境管理の設置を回避するために、物品貿易に関する通関、衛生植物検疫(SPS)などのEU法の適用を北アイルランドに限定して継続適用させることで、北アイルランドを実質的にEUの単一市場に残留させることを規定している。同議定書は2021年1月から適用が開始されているが、北アイルランドの住民や企業などからはその実施をめぐり大きな不満が上がっている。欧州委は、今回の調整案を、北アイルランドの住民や企業が直面する困難に対する具体的な対応策だとし、議定書の実施における恒久的な解決を目指すものだとした。
今回、欧州委がノンペーパー(交渉テキスト)として発表した調整案は以下のとおり。
- 衛生植物検疫(SPS):証明書の大幅な簡略化、公的検査を現在の約8割削減
- 通関:EU域内に輸送される「リスクのない」物品に関する現行制度の適用範囲の拡大、通関手続きに必要な書類を現在の半分に削減
- 医薬品:英国のグレートブリテン島に拠点を置く製薬会社が各種規制に対応する部門をグレートブリテン島に設置したまま、北アイルランドに英国規制当局が承認した医薬品を供給することを容認
- 北アイルランドの関係者および当局との関係強化
欧州委はこうした譲歩の実現には、単一市場の一体性を守るためのセーフガードなどの英国による実施が条件となると強調。SPSに関しては、恒久的な国境管理施設の建設、英国限定の販売を明確にするパッケージやラベルの使用、サプライチェーンの監督強化など英国による合意事項の実施を求めた。また、特定の商品や業者に問題が確認された場合の早期対応メカニズムと、EUによる単独での対応を可能にするセーフガードが必要とした。通関に関しては、英国の通関ITシステムへのリアルタイムでの完全なアクセス、再検討および停止条項の追加、英国の関税当局による適切な監督実施対策の実行などを条件として挙げた。
両者の溝は埋まっておらず、平行線のまま
欧州委は、実用的な解決策に向けて努力するべきだと主張する一方で、英国と根本的に相違する部分については譲歩する意思はみせていない。欧州委は、英国が求めている議定書の変更(2021年7月26日記事参照)に関しては、今回の提案は議定書の枠組みをあくまで調整するもので、議定書の再交渉や改正は必要がないとして、現行の議定書の完全実施を求める従来の姿勢を崩していない。また、英国が変更を求めている北アイルランドにおけるEU法適用に関するEU司法裁判所の管轄権(2021年10月14日記事参照)に関しても、EU法を統一的に裁定するEU司法裁判所の管轄権なしには、北アイルランドの単一市場へのアクセスはあり得ないとして、拒否する立場を変えていない。欧州委は今後も、英国との積極的な協議を続けるとしているが、両者の溝は埋まっておらず、議定書問題の解決は見通せていない。
(吉沼啓介)
(EU、英国)
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