モレノ新政権、前政権と一線を画す政策を推進-アジア諸国との経済関係も重視-

(エクアドル)

米州課

2017年12月01日

5月に発足したレニン・モレノ新政権は、前政権の左派色の強い政策とは一線を画す政策方針を示している。ラファエル・コレア前大統領との意見の相違から、与党内の政治的な対立は深刻化しているが、支持率の高さを追い風に、新政権の政策を問う国民投票で政治的混乱を乗り切る構えだ。経済政策では、貧困層や零細企業など弱者に配慮する方針は堅持しつつも、緊縮政策による財政赤字の縮小を目指している。対外的にはアジア諸国との経済関係も重視しており、パブロ・カンパナ貿易相が11~12月に中東や韓国、日本を歴訪し、経済関係の強化を図る。

副大統領の汚職問題で与党内の対立が深刻化

5月24日に就任したモレノ大統領は、左派政権を引き継ぐかたちで発足した(2017年6月2日記事参照)。しかし、就任直後からコレア前大統領との意見の相違が目立つようになり、透明性を重視する方針により、前政権の多くの閣僚が関与すると疑われていたブラジルの建設大手オデブレヒトの汚職問題の捜査を強化した。8月4日には同捜査で汚職疑惑が深まったコレア前大統領に近いホルヘ・グラス副大統領の権限を大幅に縮小し、与党内のコレア派との対立が深刻化した。グラス副大統領は、その後10月2日に検察庁により収賄容疑で逮捕された。

コレア前大統領は、野党などとの対話を重視するモレノ大統領への批判を強めており、大統領を与党から追放するとまで発言している(「エル・ウニベルソ」紙11月23日)。しかし、モレノ大統領に対する国民の支持率は高い(オピニオン・プブリカ・エクアドルの8月19日付調査で76.4%の支持率)ため、モレノ大統領は国民投票の実施により、政治的な混乱を収めたい考えだ。

モレノ大統領は、自らの政策に対する国民の支持を確認するため、国民への7つの問い掛けを国民投票のかたちで実施することについて、10月2日に憲法裁判所に承認を求めた。7つの問い掛けの中には、2015年12月の憲法改正で盛り込まれた大統領の無制限再選を取り消す内容の憲法改正案が含まれている。直接選挙で選ばれる全ての公職の再選は一生に1回限りとすることで、コレア前大統領が2021年に大統領に返り咲く道を閉ざす狙いがある。国民に対する7つの問い掛けは以下のとおり。

  1. 汚職で有罪となった者の政治参加の永久禁止と財産没収(憲法改正)
  2. 市民参加・社会的管理評議会の再編(憲法改正)
  3. 直接選挙により選ばれた公職の再選を1回に制限(憲法改正)
  4. 土地投機防止法の廃止(建設産業の振興が狙い)
  5. ヤスニ国立公園における立ち入り禁止地域の設定と石油開発承認区域の削減
  6. 自然保護地域や都市部における金属資源鉱山開発の禁止(憲法改正)
  7. 青少年や幼児への性的犯罪者に対する恩赦の禁止(憲法改正)

徴税強化で財政赤字の削減目指す

モレノ現政権が経済政策面で前政権と大きく異なるのは、財政均衡を重視していることだ。大統領は9月1日に政令135号を公布し、上級官僚の10%の給与削減、超過勤務の制限、空席となっている職の廃止、出張旅費の削減などから成る行政コスト削減策を導入した。そして11月1日には「エクアドル経済再生法」と名付けた経済政策の新法案を国会に提出し、その中で徴税強化策を導入した。同法の施行により政府は、財政赤字の水準を2017年のGDP比4.7%(推定値)から2020年には1%まで削減することを目指している。エクアドル経済再生法案の主な内容は以下のとおり。

  1. 法人税の税率引き上げ(22%→25%)
  2. 利益再投資により出資者に割り当てられた株式についての配当に関する所得税免除の廃止
  3. 持続可能な科学技術や技術革新プロジェクトに利益を再投資する企業への法人税10%軽減制度の廃止
  4. 投資家と国の間の契約に基づく法人税の固定税率(注1)を3ポイント引き上げ(鉱業および素材産業:22%→25%、その他の重要な産業:25%→28%)
  5. 解雇補償金および退職年金の「積み立て」に関する損金算入の廃止(補償金、年金などを実際に支払った場合に損金に計上)
  6. 賞与(通称「13カ月目の給与」)に対する個人所得税免除の上限設定〔基準給与の10倍まで(2017年は3,750ドルまで)〕
  7. 個人所得税を計算する上での諸費用控除に上限を設定〔基準給与の8倍まで(2017年は3,000ドルまで)〕
  8. 新規に設立された零細企業に対する法人税の免除(設立から2年間)
  9. 雇用を前年比で減らさなかった小規模・零細企業および恒常的輸出企業に対する法人税率を3ポイント引き下げ(25%→22%)
  10. 民衆支援組織などから財・サービスを調達する零細企業の法人税10%削減
  11. 前年の売上高が30万ドル以下の企業および個人に対する所得税予納の免除
  12. 前年の売上高が30万ドル超の企業および個人に対する過払い所得税(予納分)の還付
  13. 4,000ドル以上の現金引き出しに対する増税(0.5%→2%)、海外資産税の納税対象企業の拡大(従来の銀行と保険会社に加え、ノンバンクや証券会社も対象)

同法案に対しては、「徴税強化策としても不十分」「徴税面に重点を置き過ぎており、経済活性化策になっていない」といった批判も多いが、中長期的な政策の方針を示したという点で一定の評価を下す識者もいる(主要各紙報道)。

貿易相が1カ月近くかけてアジアを歴訪

エクアドルでは2015~2016年に、主要輸出産品である原油の国際価格の下落、米国の金利引き上げ観測などによるドル相場の上昇の影響(注2)を受け、貿易収支や国際収支が悪化し、景気が大きく後退した。2016年の実質GDP成長率はマイナス1.6%となり、家計消費も大きく落ち込んだ(表参照)。

表 エクアドルの需要項目別実質GDP成長率(単位:%、△はマイナス値)
項目 2014年 2015年 2016年 2016年四半期 2017年
1Q 2Q 3Q 4Q 1Q 2Q
実質GDP成長率 3.8 0.1 △1.6 △4.0 △1.7 △1.5 1.0 2.2 3.3
レベル2の項目民間最終消費支出 2.7 △0.1 △3.6 △6.2 △5.1 △3.1 △0.0 2.3 5.4
レベル2の項目政府最終消費支出 6.7 2.1 △1.7 △3.7 △1.9 △2.7 1.6 1.0 2.1
レベル2の項目国内総固定資本形成 2.3 △6.2 △8.1 △12.4 △9.1 △6.1 △4.4 △4.0 △1.5
レベル2の項目財貨・サービスの輸出 6.2 △0.6 2.0 △2.6 2.8 3.5 4.7 2.7 1.1
レベル2の項目財貨・サービスの輸入 4.8 △8.2 △10.3 △19.6 △15.5 △6.6 2.9 5.7 13.2

(注)四半期の伸び率は前年同期比。
(出所)エクアドル中央銀行

エクアドル政府は国際収支上の危機を打開するため、2015年3月に国際収支防衛のためのセーフガード(追加関税)措置を導入(2015年3月20日記事参照)するなどの対策を取り、主に輸入を制限する方向で貿易収支を安定化させた。2017年に入ると、原油価格が上昇に転じたこともあり、1~7月の原油輸出額は前年同期比29.5%増、輸出総額も17.4%伸びている(図1、2参照)。2016年第4四半期以降、前年同期比ベースのGDP成長率はプラス成長を維持しており、2017年のプラス成長は間違いなさそうだ。国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(ECLAC)は、エクアドルの2017年のGDP成長率見通しを0.7%(10月12日付の発表)としている。

 図1 エクアドルの原油輸出額と輸出平均価格
図2 エクアドルの貿易収支と輸出入額

貿易収支の改善と景気の回復を受け、エクアドル政府は6月1日に追加関税措置を撤廃した(2017年6月23日記事参照)。日本企業にも影響を与えていた、2012年に導入された自動車の輸入総量規制(2015年3月20日記事参照)についても、2017年1月1日に廃止されており、エクアドルにおける輸入障壁は以前より低くなっている〔海外送金税(ISD)など外国投資家が問題視する一部の障壁は残っている〕。

モレノ新政権は国際収支の安定を図るため、非石油分野の輸出拡大と外国投資誘致の強化を目指しており、輸出先や投資国としてアジア太平洋地域にも期待を寄せている。その一環として、カンパナ貿易相は11月16日、アラブ首長国連邦(UAE)、ロシア、韓国、日本を巡る約1カ月の歴訪の旅を開始した。11月19~22日はUAE、11月23~29日はロシア、11月30日~12月4日は韓国、12月5~9日は日本を訪問し、経済関係の深化、新規市場の開拓、外国直接投資の誘致を図る(エクアドル貿易省プレスリリース11月16日付)。

(注1)鉱山開発などの長期プロジェクトを実施する投資家が、国との間で投資契約を締結し、同契約の中で当該プロジェクト期間に適用される法人税率を固定する制度がある。同制度により、その後、税法が変更になっても適用される税率は変わらず、投資家にとっては事業計画の安定性が増すことになる。

(注2)エクアドルは2000年に自国通貨を放棄してドルを法定通貨としているため、周辺新興国の通貨が対ドルで下落する局面では、自国の輸出産品の価格競争力が周辺国に比べて低下してしまう。

(中畑貴雄)

(エクアドル)

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