主要政党が総選挙に向けマニフェストを公表

(英国)

ロンドン発

2017年05月29日

 主要政党が下院(庶民院)の総選挙に向け、マニフェストを公表した。英国のEU離脱(ブレグジット)の交渉方針について、保守党が単一市場や関税同盟からの離脱を主張する一方で、労働党はこれらへのアクセス確保を主張。さらに、自民党がEUとの交渉合意案をめぐる国民投票の実施を主張するなど、政党間で考え方の違いも目立つ。今後、6月8日の投票日に向け論戦が本格化する。

EU単一市場へのアクセスが大きな争点

各党のマニフェストを比較すると、まずEU離脱の交渉方針をめぐる考え方の違いが目に付く(表参照)。

主要政党のマニフェスト
項目 保守党 労働党 自民党
EU離脱交渉方針 EU単一市場、関税同盟から離脱 EU単一市場、関税同盟の便益確保 最終合意案についての国民投票実施
経済政策 個人所得控除、法人税減税の方向性維持 高所得層、一部大企業への増税
一部民間企業の国営・公営化
NHS制度など維持に向け所得税増税
社会保障 2021年以降「トリプルロック」を「ダブルロック」に改変 「トリプルロック」を2022年まで維持 「トリプルロック」を2022年まで維持
移民管理 移民数の純増を年間10万人に抑制 数値目標は掲げない 数値目標は掲げない

(出所)各党マニフェスト

与党・保守党は、2017年1月にテレーザ・メイ首相が公表したEU離脱交渉の基本方針(2017年1月18日記事参照)に基づいて交渉を進めるとし、EU離脱に伴いEU単一市場や関税同盟からも離脱することを繰り返し強調した。新たなEUとの関係性については、深く特別なものにしたいとする一方で、ビジネス環境などの激変を招くとしてしばしば批判される「合意内容が悪いものであれば、合意しないほうがまし(no deal is better than bad deal)」という文言も盛り込まれ、あらためて「ハードブレグジット(強硬なかたちでのEU離脱)」も辞さない姿勢が示された。これに対し、野党は、EU離脱を選択した国民の意思を尊重するとしながらも、保守党とは異なるアプローチを取る。最大野党の労働党は、保守党の交渉方針を破棄し、単一市場と関税同盟から得ることのできる便益を最大限確保すべきで、これこそが英国の産業と雇用の維持に不可欠としている。また、自民党は、EUとの新たな関係についての最終合意案について国民投票を行うことを主張する。EU残留の可能性を残すことで、EUからの離脱を望んでいない国民の取り込みを図る狙いだ。

保守党は法人税減税の方向性を維持

次に経済政策については、政府財政赤字解消に向けた時間軸に違いがみられる。保守党は2020年代半ばまでの政府財政収支の均衡化を目指すとするが、労働党は5年以内、自民党は2020年までの赤字解消を訴えている。また、政府歳入を支える税制について、保守党は2020年までに個人所得控除を1万2,500ポンド(約180万円、1ポンド=約144円)に引き上げる一方、法人税率を17%まで引き下げるとするこれまでの政府方針を堅持することを表明した。労働党は、国民保険サービス(NHS)制度維持のため高所得層への増税を行う一方で、低・中所得層への増税を回避する方針を示した。法人税については、先進国で最低水準を維持するとしながら、一部大企業の負担増加を求める制度の導入を主張している。保守・労働両党が中産階級までの増税を見合わせる考えなのに対し、自民党はNHSや社会福祉制度を賄うために、イングランド、ウェールズ、北アイルランドにおいて所得税率を1ポイント増税することを説いた。

各党は、経済活性化や生産性向上に向けた基金の必要性もうたう。保守党は、国家生産性投資基金を通じて住宅整備や研究開発、インフラ整備、人材育成の支援を行い、2022年までの投資総額を1,700億ポンドに高めるとしている。これには労働党も、国家変革基金を創設し、2,500億ポンドの投資を行うと対抗する。また、労働党の主張で特徴的なのが、一部民間企業の国営・公営化だ。鉄道、エネルギー、水道、郵便といった、かつて民営化した公益事業を再度、国営・公営化することを進めるとしている。

年金制度の在り方で与野党が対立

社会保障政策については、英国社会の高齢化が進むにつれて年金負担が問題となる。保守党は、年金支給額の伸び率をインフレ率、賃金上昇率、2.5%の3つの指標のうちの最も高いものとする「トリプルロック」制度を2020年まで維持するものの、2021年以降は賃金上昇率かインフレ率のいずれか高い方に合わせる「ダブルロック」に改めるとしている。これに対して、労働党と自民党の野党両党は、2022年までは「トリプルロック」の制度の継続を主張している。

EU離脱をめぐる国民投票でEU離脱派が勝利を収める一因となったのが、増加する移民に対する懸念で、国民の声を反映しつつ、いかなる移民管理政策を構築するのかは次期政権に課された大きな課題だ。保守党は英国への移民数の純増を年間10万人に抑えるとする数値目標の維持を掲げるが、労働党は数値目標の前に英国の雇用や経済成長を加味した制度設計が不可欠と主張、自民党も具体的な数値目標への言及は避けた。

保守党優位も労働党の支持率が上昇

今後、マニフェストに基づき舌戦が本格化するが、これまでのところは下馬評どおり保守党が優位に選挙戦を進めている。5月24~26日に実施された最新の世論調査では、保守党の支持率が46%、労働党が34%、自民党が8%と、保守党が労働党以下を10ポイント以上引き離す。しかし、4月中旬段階では保守党と労働党の支持率は20ポイント以上離れていた(2017年4月19日記事参照)のに比べ、労働党が急速に盛り返している。BBCはこの情勢について、高所得層のみをターゲットとした労働党の所得税政策が支持されたものと分析しており、選挙戦が本格化する中で先の読めない展開が続きそうだ。

(佐藤央樹)

(英国)

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