貿易協定の空白期間が最大のリスク-EU離脱交渉の課題と展望(2)-

(英国)

ロンドン発

2017年03月17日

 EU離脱通知法案の議会承認を受け、テレーザ・メイ首相は3月末までにEU条約第50条に基づく離脱の正式通知を行う予定だが、EUとの交渉は今後、いかにして進められるのか。英国経営者協会(IoD)は英国政府に対し、離脱による貿易協定の空白期間を避けるため、必要に応じて2年間の交渉期間を延長できるよう交渉すべきだ、と提言している。



<急激かつ著しく貿易条件が変化する状況に懸念>

 英国がEU基本条約第50条に基づく離脱の正式通知を行った後に、EUと英国の間でどのように交渉が進められるのか。第50条を素直に読めば、離脱に係る合意(例えば拠出金や研究補助金、EU市民権、欧州議員、EU司法裁判所の判決など)と、将来の関係に関するフレームワーク〔つまり自由貿易協定(FTA)交渉〕に係る合意が必要となる(2016年8月2日記事参照)。

 

 この2つの交渉について、順を追って行うべきか、同時並行で行うべきか。欧州委員会のミシェル・バルニエ首席交渉官は、2016年12月6日に「離脱交渉の合意が先だ」との見解を示している。離脱に係る合意について、加盟国が全会一致で期限の延長を承認しない限りは、英国のEU離脱プロセスの延長はなく、最長2年間でEU加盟国としての権利は失効となる。もし、同時並行での交渉が認められない場合は、失効したその日からEUとのFTAが発効するまでの間、WTO協定に基づく関税や通関手続きなどが発生する空白期間が生じることが確実になる。また、2つの交渉を同時並行で行えたとしても、FTA交渉は長期化することが多く、2年以内に新協定が合意できず、空白期間が生じる可能性が高い。この急激かつ著しく貿易条件が変化する「崖っぷち(クリフ・エッジ)」と呼ばれる状況が、現在、英国の産業界にとってビジネス上の最大のリスクと考えられている。

 

 例えば、IoD会員のうち、EUとビジネス関係を持たない企業はわずか18%にすぎない。87%の企業がEU離脱により何らかの影響を受けるとみられ、IoDはクリフ・エッジとなった場合に最も影響が大きいのはモノの輸出入を行う企業だと指摘している。具体的には、EU市場で製品の基準規格認証を受けるための追加的なペーパーワークが発生したり、新しい関税や関税割当、税関検査の導入により国境での通関が遅延したりするなど、モノの輸出入を行う企業にとって即時的かつ膨大なコストが発生する。英国政府自体も現存するインフラシステムの変更などの対応を迫られるなど、行政側の負担も大きい。

 

<経営者協会は交渉期間の延長を提言>

 メイ首相は、1月17日に発表したEU離脱に係る方針(2017年1月18日記事参照)で、「2年間の交渉期間にEUとの新たな関係性についての合意を目指す」として2つの交渉を同時並行で進め、早期合意することに意欲を示し、また、ビジネス環境や規制などの安定性維持のため、EU離脱に伴う移行措置の設定を目指す、と表明した。デービッド・デービスEU離脱相も3月12日のBBCのインタビューで、「クリフ・エッジのような事態には陥らない」と自信を示しているが、全ては交渉の成り行き次第だ。

 

 IoDは、FTA合意はおろか、離脱のプロセスですら2年間以上かかる可能性が高いと指摘し、英国政府に対して、EUとまず2つの交渉の現実的なタイムフレームについて合意した上で、必要に応じて第50条に定められた2年間の交渉期間を延長できるよう交渉すべきだ、と提言している。

 

 交渉期間の延長は、EU加盟国の全会一致が必要なことから困難を伴うが、同時並行での交渉を主張する英国政府が、離脱協議を先に行うことで妥協すれば、EU側も複雑な2つの交渉に緊急対応しなければならないプレッシャーがある程度緩和されるため、EU側にとっても交渉期間の延長を認めるインセンティブとなり得る。

 

 延長期間は理想的には1~2年間とされ、現在の条件を継続することで、それによって英国政府も産業界も不確実性を大きく減少させることができるとみられる。しかし一方では、EU残留を継続することで、メイ首相にとっては次の総選挙に向けた政治リスクが高まることにもなる。離脱協定の発効と新しいフレームワーク(FTA)の署名のタイミングを一致させる方法は、最も円滑かつ簡潔だが、英国のEUにおける権利(単一市場へのアクセス、欧州議会の英国議員の議席など)と義務(拠出金、EU法の支配、労働者の自由移動など)が継続される。従って、交渉期間の延長が認められたとしても、長期間の延長は難しく、FTA交渉を急がなければならないことに変わりはない。

 

(佐藤丈治)


(英国)

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