EU離脱プロセスに4つのシナリオ-法的解釈のセミナーで大学教授が指摘-

(英国、EU)

ロンドン発

2016年08月02日

 英国の王立国際問題研究所(チャタムハウス)は7月18日に、EU離脱の法的解釈に関するセミナーを開催し、EU法の権威であるオックスフォード大学のショーナ・ダグラススコット教授が講演した。同教授はEU離脱プロセスに関して、英国内法やEU基本条約(リスボン条約)第50条に法的な曖昧さがあることから、今後、EU離脱はスコットランドや北アイルランド、ウェールズを巻き込んだ複雑なものに発展する可能性があると指摘した。



<英国とEUは「まやかし戦争」の状況>


 ダグラススコット教授は、現在の英国とEUの状況を第二次世界大戦初期における西部戦線に似ていると評した。国民投票で離脱が選択され、何か重要なことが起こったようだが、実際には政権が交代したことのほかに何も起こっていないとした。19399月のドイツ軍によるポーランドから19405月のフランス侵攻まで、ドイツと英国、フランスは戦争状態にあったにもかかわらず、地上戦が皆無に近かったことから、「まやかし戦争」と呼ばれた状況になぞらえた。


 


 英国の国民投票は、議会が制定した2015EU国民投票法により法令化されたが、国民投票の結果に法的拘束力はない。また、他国のように最低投票率を設定したり、最低得票率を60%以上に定めたりするなど、国民投票の有効性を定義する条件がなく、小差の結果から再投票を実施すべきだとする議論に対する答えはない。


 


 一方、EU法についても、2009年に発効したリスボン条約で規定されるまで、加盟国の離脱に関する条文は存在しなかった。EUからの離脱プロセスを定めた第50条についても、行使する際に必要とされる正式な通告が具体的に何を指すか明示されていない。また第50条には、加盟国は自国の法律に基づきEU離脱を決定してよいとの記載があるものの、どの法律に基づくかはEUではなく各国の判断次第となっており、その点は英国法においても曖昧だという。


 


<離脱の通知・交渉には課題山積>


 同教授は、第50条を行使するための正式な通告には次のような4つの方法があるとした。


 


1)首相の決定事項とする方法。首相に特権を与えることはあまり民主的でないと法律の専門家は考えており、キャメロン前首相もメイ首相もこの選択肢は採っていない。


2)首相が通告を行う前に議会で合意を諮る方法。例えば201512月のシリア空爆決議の際に、議会審議は法的には必要なくとも、重要事項として採決が行われた。


3)議会が法案を作成して審議し、法制化する方法。英国は1972年欧州共同体(EC)法によりEUに加盟している。仮に、第50条を行使した時点で即座に同法が無効になると解釈するなら、EU離脱に係る法令のようなものが必要になる。


4)スコットランド、北アイルランド、ウェールズのそれぞれの行政府の同意を事前に得る方法。前述のとおり、2015EU国民投票法には国民投票の有効性を定義する条件がなく、全ての行政府が同意しなければならないといった条件も定められていない。しかし、722日にウェールズで開催されたスコットランドや北アイルランドなど各行政府とアイルランドの首脳会議でも、英国のEU離脱プロセスにおいて決定に関与していくことが合意されており、正式な離脱通告の意思決定プロセスが長期化する可能性が増してきている。


 


<膨大な国内法の見直し作業>


 英国がこうした課題を解決し、第50条に基づく離脱通告を行った後はどうなるか。同教授によると、第50条には「欧州理事会の用意したガイドラインに照らして、EUは当該国と協議し、協定を締結しなければならない。その協定では離脱に関する調整を行い、EUとの将来の関係に関するフレームワークを考慮する」と書かれており、これを素直に読めば、離脱に係る合意(例えば拠出金や研究補助金、EU市民権、欧州議員、EU司法裁判所の判決など)と、将来の関係に関するフレームワーク(つまり貿易交渉)に係る合意が必要となる。


 


 欧州理事会がガイドラインを定め、交渉は欧州委員会が担当するが、最終的には欧州理事会と欧州議会などによって離脱が承認されなければならず、時間のかかるプロセスが待っている。加盟国が全会一致で期限の延長を承認しない限りは、英国のEU離脱プロセスの延長はなく、最長2年間でEU加盟国としての権利は失効となる。


 


 同教授によると、英国は第50条に基づく離脱承認後、速やかに1972EC法を破棄する作業に移るが、それだけでは十分でないという。43年余という時間をかけて英国内法に移植されてきたEU法を残すか、それとも破棄するか、全てを見直す必要がある。さらに、英国内法で規定されておらず、EU法でのみ明文化されている部分、例えば環境分野や医薬品の規制、競争法、ダンピング法、労働者の権利保護など、法的な穴が開かないように対応する必要性が出てくる、と話した。


 

(佐藤丈治)


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