従業員との対話やビザ情報の把握が重要-EU離脱に向け英国経営者協会が雇用主にアドバイス-
(英国)
ロンドン発
2016年11月02日
英国のEU離脱により、雇用法や労務制度にどのような影響が出るのか、さらに経営者はどのような点に留意すべきか。英国経営者協会(IoD)が雇用法専門の大手法律事務所や英国人材マネジメント協会(CIPD)などの調査結果からまとめたアドバイスを紹介する。
<離脱当日までは大きな変化なし>
IoDは9月20日、ウェブサイト「ブレグジット(英国のEU離脱)-雇用者のための考察」を公開した。同サイトは、離脱後の雇用制度の変化にどのように対処すべきかを雇用者向けに案内する目的で書かれており、保守党大会後の10月13日に改定されている。
IoDは、英国のEU離脱後、「人の移動の自由」の撤廃により、雇用法制度に大きな影響が出ることは避けられないとしつつも、離脱までには2年以上の時間を要することから、すぐに変更が起こるわけではない、としている。
そして、正式なEU離脱日までの期間、雇用主は、(1)現在の「人の移動の自由」は存続する、(2)EU国籍者は雇用主、職種にかかわらず就業できる、(3)英国民はEUで自由に労働を継続できる、という3点に留意すべきだとしている。また、雇用者に対し、EU国籍の従業員に対する差別やハラスメントが生じないよう注意深く見守り、拙速な雇用契約の変更などは行わないようにすべきだ、とするオズボーン・クラーク法律事務所のアドバイスを紹介している。
さらに、手厚い労働者保護が離脱後に後退することを懸念する従業員の不安を払拭(ふっしょく)するため、従業員とのコミュニケーションを増やすことを勧めている。また、雇用法の改正動向を注視し、離脱が自社の雇用や待遇にどのような影響を及ぼすかを把握すべきだ、とのアレン・オーバリー法律事務所のアドバイスを紹介している。
<週48時間労働時間制限は撤廃の可能性>
離脱後の雇用制度の変更については、労働時間、差別禁止、子育て支援の3点についてホーガン・ロヴェルズ法律事務所のエリザベス・スラッテリー弁護士が、CIPD向けに2015年6月にまとめた報告を紹介している。EU由来のこれらの制度は、コスト面などで経営上の負担になっている、と産業界から苦情が多い(注1)。48時間の労働時間制限はEU離脱後、撤廃される可能性が高い、としている。EU人材派遣指令により、同じ職務内容であれば就業12週を超えた派遣社員に対して無期雇用の正社員と同額の賃金を払うべきだとする制度も、見直しが認められる可能性がある。
その一方で、2010年平等法で定められた差別禁止規則には、大きな変更はないだろう、としている。また、出産・育児のための両親休暇、祖父母休暇など子育てのための家族支援制度は、廃止には反対が予想され、離脱による変更の可能性は少ない。ただし、零細企業などへの適用除外が導入される可能性はある、としている。
<移民や入国管理には注視が必要>
移民と入国管理については、EU国籍者を含めて厳しくコントロールする方針が保守党大会で打ち出されたこともあり、現時点での予測は容易ではない。CIPDのグレース・ルイス氏による2016年6月の報告を基に、雇用主はEU国籍の従業員について、ビザの状況を正確に把握するとともに、一定の要件を満たしている場合には、登録証明書、永住許可証、英国市民権などを離脱前に取得させるべきだ、とIoDは勧めている。
安全衛生関連法については、労務・雇用法専門の大手法律事務所クローナーによる6月の報告を紹介している。それによると、英国の安全衛生に関する立法の約3分の2がEU法制度に由来するが、保健や安全を目的とした法律であるため、EU離脱による変更はほとんどない。
年金については、大手法律事務所CMSが8月に発表した報告を紹介。年金自動加入制度は英国独自の制度であるため離脱後も大幅な変更はないが、年金基金の運用や年金加入年齢に関する制度は見直される可能性がある。
データ保護法については現在、英国国内法である1998年データ保護法のほかに、2018年5月25日にEUデータ保護規則が施行されることが決まっている。施行はEU離脱前であり、自動的に英国にも影響するため、企業はそれに向けた準備をする必要がある。
また、不公正解雇に関する法制度、2016年男女賃金格差情報規則(注2)、職業実習制度賦課金(注3)、全国最低賃金、全国生活賃金、2015年現代奴隷法(2016年10月31日記事、11月1日記事参照)などは英国由来の法であり、離脱による影響を受けないとしている。
(注1)シンクタンクのオープン・ヨーロッパが2013年に発表した報告によると、EU指令に基づいて定められた週48時間の労働時間制限により、英国経済全体で年間41億ポンド(約5,248億円、1ポンド=約128円)の負担増になっているという。
(注2)男女間の報酬格差を是正する目的で2016年8月22日に施行された。2010年平等法第78条に基づき、社員が250人以上の企業に対し、男女別の賃金情報を公開するよう義務付けるもの(実施規則の法制化が完了していないため、実際の報告義務の開始は2018年以降とみられている)。
(注3)2017年5月から、全ての事業者から人件費の0.5%相当を賦課金として徴収し、職業実習を行う企業への支援や調整に使われる予定。
(岩井晴美)
(英国)
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