サプライチェーン全体を巻き込んだ取り組みが重要-「2015年現代奴隷法」について専門家に聞く(2)-

(英国)

ロンドン発

2016年11月01日

 2015年に施行された現代奴隷法は、英国で活動するグローバル企業に奴隷的人権侵害防止の取り組みを声明にして毎年発表することを義務付けており、その最初の発表期限は2016年9月30日だった。しかし、期限に間に合わなかった企業も多く、声明こそ発表されたものの、同法の狙いや要件を満たしていないものが多くみられた。同法の狙いと望ましい声明の在り方について専門家に聞いた。連載の後編。

<内容不足が目立つ英国企業の声明>

 「2015年現代奴隷法」の第54条は、「奴隷・人身取引声明」に関する声明について、英国で活動し、全世界の連結決算高3,600万ポンド(約46億円、1ポンド=約128円)以上の約12,000社(内務省推定)を対象に、会計年度に1度、20163月末に会計年度が終了した企業は年度終了から半年以内に発表することを義務付けている。

 

 「フィナンシャル・タイムズ」紙(1015日)は「(英国株式市場の主要株価指数)FTSE100の企業は声明が遅い」とのタイトルで、人権監視NGOのビジネスと人権リソースセンターの調査を紹介している。それによると、英国企業760社が声明を発表したことが確認されたが、FTSE100社の中で、期限内に声明を出したのは27社にとどまり(注1)、その中で同法第54条が定めた6項目の要件(注2)全てに言及した企業は15社のみだったという。また、同団体は声明の内容を10段階で評価し、自社のサプライチェーン上での奴隷制撲滅に向け、取引先企業も含めた厳格かつ積極的な取り組みを示した企業は小売り大手マークス&スペンサーとビール大手SABミラーの2社にとどまり、同団体が定めた評価レベル1ないし2に到達した企業はゼロだったと報告した(表参照)。

表 企業の声明に対する「ビジネスと人権リソースセンター」の評価レベル

 同団体のフィル・ブルーマー理事は「初年度でもあり完璧な声明は求められていない。しかし、この結果は大企業のリーダーシップがいかに小さいかを示しており、失望した」と述べている。

 

<声明は年々進展することが求められる>

 当地コンサルティング企業サステイナビジョンの下田屋毅代表取締役は、913日にジェトロが開いたセミナーで、2015年現代奴隷法は「罰則により企業に取り組みを強制するのではなく、声明をウェブサイトに公表させ、NGO(注3)や市民社会に監視させる仕組みとなっていることが特徴だ」と語った。また、声明で「奴隷や人身取引がサプライチェーン内にないことを証明することは求められていない」とし、初年度の声明に当たっては、遅滞なく声明を出すこと、リスクに対する評価や企業としてどのように取り組んでいくかという方針を明確にすること、が重要だと語った。

 

 しかし、2年目以降の声明については、「年々進展することが求められている」とし、初年度で自社のサプライチェーンの中に何らかのリスクを認めた場合、2年目以降は、そのリスクの解消にどうやって取り組んできたのか、サプライチェーンに属する関連企業などとどのように連携してきたかを示し、その内容が年々進展していくことが重要だと述べた。加えて、自社のサプライチェーンにつながる中小企業などを巻き込むことで、より広範囲の奴隷的待遇の撲滅に結び付くのが同法制定の狙いとみている。

 

 また、参加した日系企業に対しては、英国法人の形態は企業によってさまざまであり、声明義務の有無は法律家の判断が必要な場合もあるとしながらも、サプライチェーン内の奴隷的待遇や人身取引撲滅に向けて世界的に取り組みが進む中では、「本社レベルで奴隷制に対する取り組みを考えていくことが重要だ」と述べた。

 

 同時に日系企業が声明を作成するに当たり、内務省が20151029日に発表した声明作成の手引き「サプライチェーンの透明性実践ガイド(Transparency in Supply Chains etc. A practical guide」や人権NGOのコア(Core)が中心となって作成した「コンプライアンスを超えて:現代奴隷法の効果的な報告(Beyond Compliance:Effective Reporting Under the Modern Slavery Act」などを参照するよう勧めた。

 

(注1FTSE100100社の中には、3月期決算でない企業もある。

(注254条は、以下の6点を声明内に盛り込むよう求めている。(1)組織体制、事業内容、サプライチェーン、(2)奴隷と人身取引に対する企業方針、(3)自社サプライチェーンの中で奴隷と人身取引に関するデューデリジェンス(精査)プロセス、(4)リスクの有無に対する評価と対策、(5)奴隷と人身取引を存在させないための手法の有効性(業績評価指標)、(6)奴隷と人身取引に関する社内教育や研修。

(注3)声明を発表した企業のウェブサイトへのリンクがビジネスと人権リソースセンターのウェブサにまとめられている。

 

(岩井晴美)

(英国)

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