大企業に奴隷的人権侵害防止の取り組みを義務付け-「2015年現代奴隷法」について専門家に聞く(1)-

(英国)

ロンドン発

2016年10月31日

 テレーザ・メイ首相は就任以来、「現代の奴隷制」を撲滅する意志を表明、政府内にタスクフォースを設置するなど力を入れている。内相時代、成立に力を入れた「2015年現代奴隷法」は、英国で活動するグローバル企業に対し、毎年、奴隷・人身取引を防止する取り組みや活動を行っていることを発表することを義務付けており、日本企業にも影響を及ぼすものとなっている。同法の概要と狙いについて当地の専門家に聞いた。2回に分けて報告する。

<奴隷的人権侵害の撲滅を政権の重要課題に>

 現代版の奴隷制撲滅を目指す法律である「2015年現代奴隷法(Modern Slavery Act 2015)」は、メイ氏が内相当時の内務省が作成し、2015326日に成立した。

 

 メイ氏首相就任後間もない730日、「サンデー・テレグラフ」紙に「200年前に奴隷制を廃止するという歴史的な決断をした英国は、再び現代の奴隷制を撲滅し、世界をリードする存在になる」とのコメントを含む書簡を送付、英国が世界に先駆けて現代奴隷法を施行したことの意義を強調するとともに、奴隷的人権侵害の撲滅を政権の重要課題とする決意を示した。メイ首相は同時に奴隷制撲滅に向けたタスクフォースを設立し、英国の対外援助予算のうち3,300万ポンド(約422,400万円、1ポンド=約128円)をタスクフォースの活動に投じるとした。

 

 当地コンサルティング企業サステイナビジョンの下田屋毅代表取締役は913日、ジェトロがロンドン事務所で開いたセミナーで、2015年現代奴隷法が制定された背景として、いまだに世界中で約2,100万人(ILO推定)の社会的弱者が強制労働、性的搾取といった奴隷的扱いを受けており、特に大企業のサプライチェーン内で奴隷的行為が多発しているとの見方を示した。そして、英国のみならず米国やフランスでもサプライチェーン全体の奴隷制根絶に向けた法制化の動きが進んでおり、人権重視のこうした取り組みは世界的な風潮となっていると述べた。

 

 2015年現代奴隷法は762条から構成され、第15条では違法行為を犯した個人に対し終身刑を含む厳罰化が図られている。さらに、第654条で「サプライチェーンなどにおける透明性」を規定していることが最大の特徴で、日本企業を含む、英国で活動するグローバル企業に大きな影響をもたらすものとなっている。

 

<世界での連結売上高3,600万ポンド以上の企業が対象>

 2015年現代奴隷法の大半の条項は2015731日に施行されたが、54条は遅れて1029日に施行された。その内容は、英国で活動する企業のうち世界での連結売上高が3,600万ポンド以上の企業を対象に、年1回、「奴隷・人身取引声明(a slavery and human trafficking statement)」を発表することを義務付けるというものだ。声明の発表方法についても規定があり、取締役会での承認と取締役による署名を得た後、企業のウェブサイトの目立つ場所に提示されなくてはいけないと定められている。同条項は20163月末に会計年度が終了した企業から適用され、年度終了後半年以内に声明を発表するよう期限が定められており、9月末が発表の最初の期限となった。

 

 3HR法律事務所の中田浩一郎弁護士は106日、ジェトロ・ロンドン事務所で講演し、54条により対象となっている多くの日系企業がまだ声明を発表していないとして、当該企業は当局のみならず取引先など第三者から公表の要求があった場合、1ヵ月以内に声明を開示できなければ違法となると指摘した。また、同条項がサプライチェーン全体における奴隷行為の有無の確認や是正を要求していることから、取引先企業からの要求が増えることは必至だとして、当該企業に対していち早く声明を作成し、ウェブサイトに掲載するよう促した。

 

 なお、これを順守しなかった企業に対する罰則は同法には規定されていないが、内務省が20151029日に発表したガイダンスには、罰金は無制限と明記されている。

 

(岩井晴美)

(英国)

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