高付加価値市場形成の動きに商機-「欧州最新ビジネス動向セミナー」を開催(1)-

(EU、欧州、中国)

欧州ロシアCIS課

2016年04月04日

 ジェトロは3月17日、「欧州最新ビジネス動向セミナー」を都内で開催し、(1)EUからみる経済・産業の課題と新しいビジネス展望、(2)欧州個人情報保護法の改正動向と日本企業の実務対応について解説した。連載の前編は、(1)について。

<参入企業に工夫が求められる欧州>

 ジェトロ・ブリュッセル事務所の前田篤穂次長が、欧州の最新経済・産業動向を説明し、日系企業にとっての欧州ビジネスのヒントを紹介した。

 

 世界における欧州市場の位置付けについて、前田次長は「北米、アジアのようなマスマーケットとして捉えることはせず、自社のビジネス戦略の中で、各社が欧州との関係を再構築すべき時期を迎えている」との見方を示した。現在の欧州経済は、労働移民の受け入れを通じて東欧や中東・北アフリカとの一体化が進んだ半面、市場としては「地盤沈下」し、マクロ経済的な視点での魅力は見えにくい状態が続いているという。

 

 しかし、その停滞を打破するため、企業は高付加価値な市場形成を目指しており、EUとしてもそのための仕組み作りに動いているとみることもでき、「個別のビジネス事例を追っていくと、戦略的な高付加価値市場、パートナー企業の集積地、ルール形成の舞台として他地域にはない魅力が欧州にはある」と指摘し、その背景として欧州を取り巻く現状を以下のように説明した。

 

 EUの通商政策については、自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)におけるEUの関心は関税撤廃ではなく、原産地規則や規制協力にあるとの有識者の指摘もある。2007年以降、本格化したEU2国間FTAについて、現在交渉中のEU・米国間の包括的貿易投資協定(TTIP)、日EUEPAに加え、環太平洋パートナーシップ(TPP)締約国との交渉開始を発表するなど、さらに加速しつつある。

 

<中国とはウィン・ウィンの投資関係>

 中国については、経済の失速が指摘されているものの、EUの対中国輸出額や欧州主要企業の中国市場での販売状況は、20157月の人民元切り下げ以降も急激な落ち込みは意外と少ない。中国が掲げる「一帯一路」構想を背景に、インフラ分野の投資先として欧州に対する関心が高まっている。他方、欧州委員会が掲げる欧州投資計画(2014年12月3日記事参照)では第三国からの投資受け入れが期待されており、20159月のEU・中国ハイレベル経済対話でもEUとの連携が確認されたように、EU・中国間の投資関係の強化は両者の政策に適うウィン・ウィンの関係となっている印象を受ける。一方、欧州産業界では、WTOの文脈で議論されている中国の市場経済国認定をめぐって、特に靴、紙、化学、鉄鋼などの産業界は強い反発姿勢を示している(2016年1月20日記事参照)

 

 フォルクスワーゲン(VW)の排ガス不正問題に関しては、問題発覚後の主要市場における販売台数をみると、VWグループ全体の売上高は伸びており、VWの欧州における競争力の底堅さが再確認された。他方、排ガス規制の見直しをめぐっては、実走行排ガス試験(RDE)が導入されようとしているが、排ガス規制の要件緩和をめぐってEU域内で主要なステークホルダー(利害関係者)の間で対立が広がっている(2016年1月27日記事参照)

 

 英国のEU離脱問題について前田次長は、英国にとって財政負担の大きさに、EUに加盟していることによる恩恵が見合わない点が大きな背景となっている、と指摘。英国で20166月に予定される国民投票の結果については、現時点では読めないが、仮に離脱を選択した場合、EUと独自の経済関係を構築しているノルウェー、スイス、カナダなどの対EU関係が参考になるとの見方を示した。

 

 欧州企業の事業展開事例として、生産性を重視するシーメンスや、価値創造とブランド化に成功している化学大手BASFの事例を紹介し、イラン市場では官民ミッションをきっかけに鉄道や自動車で既に「刈り取り」段階に入っているとした。

 

<プロジェクトメンバーとして日本企業の参画求められるケースも>

 日系企業の欧州ビジネスにおけるヒントとして、前田次長は「高付加価値市場形成を進める欧州企業の動きにこそ、チャンスがある」とアドバイスした。自動車産業における生産性について分析すると、ドイツのBMWのポジションは突出している。同社の関心は年間9,000万台ともいわれる世界の乗用車市場にはなく、「プレミアムセグメント」といわれる1,000万台程度の高級車市場に向けられているという。この中では、依然として西欧が世界最大市場で、これに中国、米国が続く。こうした特殊市場は必ずしもマクロ経済の動向を反映するものではない。また、同社は新興市場である「BRIKT(ブラジル、ロシア、インド、韓国、トルコ)」という独自のセグメントを設けて、それらの国々の富裕層への攻勢にマーケティング・リソースを振り向けている。同社のビジネスモデルに注目すると、コストを度外視して、環境負荷の低い素材の採用、生産体制の構築を急いでおり、そうした高付加価値化に貢献する場合、日本の中堅・中小企業の参入余地も十分ある。

 

 日系企業の欧州市場参入実績に着目すると、自動車産業以外の鉄道や環境(廃棄物焼却など)といった分野でも、日系企業は欧州市場をよく知る現地企業の買収などにより市場参入に成功した事例も多数ある。

 

 さらに「インダストリー4.0」の産業活用の進展により生産の効率化を目指すドイツでは、プロジェクトの主要メンバーとして日系企業の参画が求められる事例もあるとして、前田次長は、日本の工作機械メーカーの豊富な生産ラインのデータについても、その戦略的な価値の急浮上が期待され、ここにも日系企業にとってのビジネスチャンスが見いだされる、と述べた。

 

(古川祐、根津奈緒美)

(EU、欧州、中国)

ビジネス短信 152d8cdb8403bbc4