非常に手厚い労働者保護−法務・労務・税務勉強会(2)−
サンパウロ事務所
2013年08月29日
シリーズの2回目は、7月23日、30日に開催された第2回、第3回勉強会で取り上げた労務について。ブラジルの労働法には労働者保護など4つの原則があり、労働者保護は非常に手厚い。
<「疑わしきは労働者有利に」>
労務問題は「ブラジルコスト」の主因の1つであり、進出日系企業が抱える最大の課題の1つだ。年間200万件を超す労働裁判が起きるブラジルでは、労務問題への対応を誤ると企業の収益を大きく左右する結果につながりかねない。
ブラジル人労働者と接する際のポイントはまず、労働法の原則を理解することで、労働者保護の原則、権利非譲歩の原則、雇用関係継続の原則、現実重視の原則の4つがある。勉強会の講師を務めたジルセウ佐藤弁護士は「労働者に最も有利な規則(法令など)が適用されるとともに、条文化されていなくとも、『疑わしきは労働者有利に』という労働者保護の原則が、労働法の根底にある」と言う。
また同弁護士は、進出日系企業が陥りやすい誤りの1つに、権利非譲歩の原則に対する理解不足を指摘する。これは、「労働者は与えられた権利を勝手に放棄できない」という原則だ。例えば、労働者が自ら「超勤手当は不要」と書面で意思表示しても、労働法で超勤手当の受け取りが認められているので、その意思表示は無効とされる。「労働者の意思・同意を書面で取り付けていれば、労働裁判などが起きても問題はない」という誤った認識を持っている企業もある、と同弁護士は指摘する。
労務管理上留意すべき主な事項は、採用方法、派遣職員などの間接雇用、給与(超勤手当、交通費、食費手当などの諸手当を含む)、休暇・休憩時間、休日出勤、産休などの女性保護、労働組合、解雇およびその予告通知、労働裁判提訴の時効、国家社会保険院(INSS)積立金、勤続期間保障基金(FGTS)だ。ジルセウ佐藤弁護士によると、これらは労働法の基礎を成す項目で、労働裁判で論点となるチェックポイントでもあるという。これらのうちの主要な項目の留意点は次のとおり。
<面接で妊娠の有無を聞くのは禁じ手>
性別、年齢、人種、妊娠の有無などを採用基準とすることは差別的行為と見なされる。最近は、女性やマイノリティーの保護を求める風潮が強くなっており、差別的行為を採用基準としていることが確認されると、雇用関係を認めることや精神的苦痛に対する損害賠償を求められるケースが多い。例えば、面接で家族構成を聞くことは問題ないが、妊娠の有無を聞いてはいけない。
他の留意点として、採用時点の健康状態の確認がある。特に製造業では、採用前の健康診断書が非常に重要だ。採用後、「労働によって耳が悪くなった」などの訴えを労働者が起こすことがあるため、採用時点の健康状態を正確に把握しておくことがトラブルを回避する上で必要となる。勉強会参加企業からも「同様のトラブルに巻き込まれたことがある」との報告があった。ジルセウ佐藤弁護士は「労働医が職種ごとに必要な検査を適当に済ませるケースが散見されるが、企業は労働医に必要な検査を確実に実施させ、記録を残すことが重要だ」と訴える。
<人材派遣会社を通じた雇用は3ヵ月以内の臨時に限定>
労働コストが高く、訴訟リスクの高いブラジルでは、直接雇用を最小化し、サービス提供契約(業務委託契約)や派遣会社を通じた従業員の確保を検討する企業が多いが、これらの活用についても注意が必要だ。
日本の業務委託契約に相当するサービス提供契約が認められる要件は、(1)直接従属性がないこと(上司−部下の関係ではなく、対等な立場であること)、(2)偶発的であること(特定の事象に対する特定のサービスであること)、(3)会社の間接業務であること(本来業務と見なされる業務の委託でないこと)、(4)複数の顧客から、複数の収入源があること(1ヵ所に勤務し、収入源も1ヵ所であると直接雇用契約と見なされ、サービス提供契約とは見なされない)、の4点だ。サービス提供契約が認められるのは、弁護士、会計士、エンジニア、タクシー運転手などの業務に限定される。
勉強会参加企業の関心が高かった「営業業務の外注」の可否について、ジルセウ佐藤弁護士は「委託先が専ら1つの発注元の営業業務のみを請け負うケースでは、サービス提供契約ではなく、直接雇用の関係があると見なされる可能性が高い。訴訟を起こされると、発注元の立場は弱く、雇用関係を認め、社員としての待遇ならびにそれに準じた補償などを求められるケースが多い」という。
また、ブラジルで人材派遣会社を通じた雇用が認められるケースは、3ヵ月以内の臨時雇用か、警備、清掃、その他間接的業務に限定される。これらの場合でも個人契約は認められず、法人間での契約が必要で、上司−部下の関係といった直接従属性があってはならない。
<固定給は実質的に毎年上昇>
年金などの法定福利の算出基礎となる給与は、固定給と変動給に分けることができる。固定給は労働契約で定める固定額を指し、労働者の出勤に対して支払われるもので、変動給は超勤手当のほか、諸手当(不衛生手当、危険手当、夜勤手当、食費手当、転勤手当)などを指す。
ブラジルでは、労働者の待遇を引き下げることができないため、実質的に固定給は毎年インフレ率プラスアルファ程度引き上げられている。変動給についても、例えば食費補助を一度与えたら、その権利を以後保証しなければならないなど、労働者の権利が強く守られている。
超勤手当は通常の時間給を基礎に計算され、平日(土曜日は平日扱い)の場合はその150%、休日の場合は200%となる。ジルセウ佐藤弁護士は「労働裁判では、従業員が超勤手当未払いを訴える例が多い。従業員が自己都合により就業時間前に出勤したにもかかわらず、その分の超勤手当を請求するケースがある。企業はタイムレコーダーの電源を就業時間直前に入れたり、就業時間前の職場への出入りを制限(門を開けないなど)したりすることが望ましい。一部の銀行などの企業では徹底したタイムレコーダー管理を行っている」と言う。
出張時はホテルにいる時間以外は労働時間と見なされ、移動時間や取引相手などとの食事も労働時間に含まれるため、これをベースに超勤手当を支給しなければならない。業務用の携帯電話を支給するだけではスタンバイ状態と見なされず、超勤手当を支払う必要はないが、携帯電話を支給した上で、「いつでも活動できるように」と指示された場合はスタンバイ状態として超勤手当を支給する必要がある。
<労働法は有給休暇の分割取得を認めていない>
有給休暇(年間最大30日間)は、工場などの操業停止(集団休暇)を除いて、原則として一括で与えなければならない。労働者の要望を踏まえ、分割して休暇を取得させている企業もあるが、労働法は分割取得を認めていないため、労働者から同意を取り付けていたとしても「権利非譲歩の原則」に基づき、その意思表示は無効とされる。休暇の分割取得をさせていた場合、労働裁判の際に企業側が不利な立場になる。
<従業員の職務怠慢の立証は困難>
定年制度がないことから、企業側から解雇を一方的に行うか、本人からの退職願提出を待つかで悩む進出日系企業が多い。ジルセウ佐藤弁護士は「労働法上は従業員の職務上の怠慢などを理由に解雇をすることが認められているが、裁判となった場合、従業員の怠慢などを合理的に証明することは難しく、裁判の長期化や泥沼化につながっている。また、怠慢などを合理的に証明できなかった場合、精神的苦痛を理由に損害賠償まで求められるケースもある。こうしたことを踏まえ、ブラジルでは先に対象者にペナルティーを支払った上で、あえて会社都合による理由なき解雇とすることを選択する企業が多い」という。なお、労働者は直近過去5年間の雇用関係に関して訴訟を起こす権利を持ち、退社しても2年間はその権利を有する。
<日本で年金保険料を納めていればINSS積立金は免除>
日本の年金制度に相当するINSS積立金について、最近1年ほどで大きな制度変更がなされている。
1つは、日本で年金を納める駐在員の積立金支払いについてだ。2012年3月に発効した日・ブラジル社会保障協定は、年金の二重加入問題と保険料掛け捨て問題を解消することを目的としている。この協定により、派遣期間が5年以内の駐在員は、基本的に派遣元国の年金制度にのみ加入することになり、日本で年金保険料を納める駐在員は、INSS積立金の支払いが不要となった。
もう1つは、2013年から時限的に実施されている、INSS積立金の雇用主負担額の変更だ。雇用主(企業)は本来、人件費の20%に相当する額を積み立てる必要があるが、一部の業種を対象に、積立額が売上高の1%または2%へ変更されている。対象となる業種は順次段階的に拡大されており、その範囲は製造業、建設業からサービス業に至るまで、多岐にわたる。本件は、政府による企業の人件費負担軽減策の1つで、2014年12月末までの時限措置だ。指定された業種は、強制的に新しい制度への移行が求められるが、時限措置期限の90日前(2014年10月2日まで)に期限の延長に係る法令がない場合、従来どおり人件費の20%相当額の積み立てに戻ることになる。本件については、企業の負担額に大きな影響を与えることから、今後も注視しておく必要がある。
(井上徹哉)
(ブラジル)
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