【中国・潮流】大湾区計画への期待と課題

2019年7月1日

4月9日に東京で、日本人ビジネスパーソン向けに広東省、香港、マカオ3地域の発展計画「広東・香港・マカオベイエリア(粤港澳大湾区)(以下、大湾区)」に関するシンポジウムが開催された。3地域のトップクラスが一堂に会して海外でPRを行うのは今回が初めてであり、その地に日本を選んだのは日本企業へ参画を期待していることの表れと言える。

大湾区計画の綱要は、2019年2月18日に中国政府によって発表された。広東省の9市、香港、マカオを対象に、各地が有する要素を融合させながら、大湾区の発展を目指す構想である。現時点でも総面積5万6,000平方キロメートル、人口6,900万人、GDP1兆5,000億ドルと、同地域に魅力的な市場が形成されている。

大湾区に積極的な香港

3地域のプレゼンテーションの中で、最も積極的に感じられたのは香港であった。国際都市、金融都市、物流拠点とさまざまな顔を持つ香港であるが、近年は中国地方都市の追い上げを受け、その地位を低下させている。例えば、港湾貨物の取扱量は2017年の世界5位から2018年には7位へと順位を下げた(深セン4位、広州5位)。GDP規模も、2018年に香港は深セン市に追い抜かれた。

香港の地位を下げることなく、さらなる発展を目指すための起爆剤として、大湾区計画を香港政府が見据えていることは間違いない。現在、香港が有している強みを生かしてマーケットを拡大しようとする一例が金融機能である。綱要に記載されている香港発展の方向性にも国際金融、オフショア人民元業務ハブがしっかりと記載されている。

加えて、居住空間、ビジネス空間が手狭な香港では高コスト構造が常態化しており、大湾区計画の進展で空間エリアが広東省にまで拡がれば、土地問題の解決、コスト上昇の抑制が期待できる。また香港政府は、香港人の中国での就学・就業機会の拡大を狙っている。

制度設計に注目

現在のところ、大湾区計画の成果として披露されているのは、2018年9月23日に開通した広深港高速鉄道、同年10月24日に開通した港珠澳大橋に象徴されるインフラ面でのエリアの一体化である。広東・香港・マカオの大湾区が、サンフランシスコ近郊、ニューヨーク近郊、東京湾周辺の発展を意識するのであれば、ハード面だけではなく、ソフト面での一体化を図る必要がある。

そのためには、いくつか克服すべき課題がある。第1に地域間の利害調整である。3地域が目指す方向性が示されているが、広東省は「科学技術、産業イノベーションセンター、先進製造業、現代サービス業基地を構築」、香港は「イノベーション・科学技術の発展を推進」と記載されている。広東省と香港が同一分野を巡って主導権争いをするのか、相互補完的な関係を構築できるのか、明確になっていない。

第2にサンフランシスコ近郊などの大湾区が同じ制度・ルールの下でクラスターが形成されたのに対し、広東・香港・マカオの大湾区は一国二制度を堅持したまま、市場の一体化を図ろうとしている。現状、異なる制度下で「ヒト、モノ、カネ」の自由な移動が阻害されているので、それをどのように円滑化させられるのか、これまでにない工夫が求められる。

執筆者紹介
ジェトロ仙台所長
伊藤 亮一(いとう りょういち)
1986年、ジェトロ入構。海外調査部、2度のジェトロ・マニラ事務所勤務などを経て、2015年8月から19年6月まで、ジェトロ・香港事務所長、19年7月から現職。