知財判例データベース 特許権者が侵害被疑品に対する通関保留要請をし、取引先等に警告状を発送した行為に対して、侵害被疑者が損害賠償請求をし、これが棄却された事例

基本情報

区分
その他
判断主体
特許法院
当事者
原告(控訴人、侵害被疑者) vs 被告(被控訴人、特許権者)
事件番号
2024ナ10881損害賠償請求
言い渡し日
2025年05月22日
事件の経過
控訴棄却(原告が上告を提起せず控訴審判決が確定)

概要

原告は、被告(特許権者)からの通関保留要請により原告輸入品に関する通関が保留され、また、被告が取引先等に警告状を発送し原告の業務が妨害されたことによって損害を受けたと主張して、被告に対し損害賠償請求の訴えを提起した。法院は、被告が特許審判院から原告輸入品が特許権の権利範囲に属する旨の審決を受けた後に通関保留要請及び警告状発送を行った点等を考慮すると、被告の行為は故意又は過失に基づいた違法な行為であるとは認め難いと判断し、原告の請求をいずれも棄却した。

事実関係

被告(特許権者)と原告(侵害被疑者)との間の紛争の経緯を判決文記載の内容に基づき日付順で整理すると、次のとおりである。

日付 主体 発生事項
2019年05月20日 被告 原告製品が被告の第1特許の権利範囲に属する旨の確認を求める積極的権利範囲確認審判を請求
2019年09月04日 原告 第1特許に対して無効審判請求
2019年09月30日 特許審判院 原告製品が第1特許に属するとする第1審決(被告勝)
2019年11月20日 原告 第1審決に対し審決取消訴訟を提起
2020年05月08日 仁川税関 原告が輸入申告した製品が税関に申告された被告の知財権を侵害するおそれがあることを理由として被告に通知
2020年05月12日 被告 仁川税関に対し、原告の輸入申告品に関する通関保留要請
2020年05月14日 仁川税関 通関保留措置
2020年06月15日 被告 原告製品が被告の第2特許の権利範囲に属する旨の確認を求める積極的権利範囲確認審判を請求
2020年08月26日 特許審判院 無効審判請求の棄却(被告勝)、その後確定
2020年09月04日 特許法院 第1審決の取消し(原告勝)、その後確定
2020年10月21日 仁川税関 通関保留解除
2021月05月07日 特許審判院 第2特許に属するとする第2審決(被告勝)
2021月06月07日 原告 第2審決に対し審決取消訴訟を提起
2022月05月11日 被告 原告の輸入品が第2特許を侵害する可能性が高いと主張し、原告の輸入品の販売中止及び廃棄を要請する警告状を原告の取引先に発送
2022月07月22日 特許法院 第2審決の取消し(原告勝)、その後確定

原告は、①結果的に原告製品は被告の各特許権の権利範囲に属さないと判断されたため、被告は何らの権利もなく通関保留を要請して原告に損害を与えたこと、及び、②被告が原告の取引先等に原告製品が被告の特許権を侵害するとする虚偽の内容を記載した警告状を発送又は虚偽の事実を伝達して原告の業務を妨害したことにより、被告は原告に対して損害賠償責任を負うと主張した。

判決内容

(1)被告の通関保留要請を原因とする損害賠償請求に関する判断(商法第389条第3項、第210条による損害賠償責任の成立性)

株式会社の代表理事が業務を執行し、故意又は過失による違法行為により他人に損害を加えた場合には、当該株式会社は商法第389条第3項、第210条により第三者に対して損害賠償責任を負うようになる(大法院2013年6月27日言渡2011ダ50165判決等参照)。

これについて判断したところ、①被告の代表理事であるDが2020年5月12日頃に仁川税関長に本件第1特許発明に係る特許権侵害を理由として、本件輸入申告物品に対して本件通関保留要請をした事実、②これにより仁川税関長は、2020年5月14日頃に本件輸入申告物品に対する通関保留をした事実、③その後、2020年10月21日頃に2次決定審議会での審議の結果により本件輸入申告物品の通関保留が解除される頃まで本件輸入申告物品の通関が保留されていた事実は、先に認定したとおりである。

しかし、先に認定した事実及び先に挙げた証拠に弁論全体の趣旨を総合して認定できる次のような事実ないし事情に鑑みると、上記認定事実だけでは被告の代表理事であるDの本件通関保留要請が故意又は過失による違法行為であったと認めるには不十分であり、これと異なる認定をするに値する証拠もない。したがって、原告のこれに関する主張は、理由がない。

①Dは、2019年5月20日に原告が実施している確認対象発明が本件第1特許発明の請求項1の権利範囲に属すると主張して積極的権利範囲確認審判を請求した。特許審判院は、2019年9月30日に確認対象発明が本件第1特許発明の請求項1の権利範囲に属する旨の審決をした。したがって、Dとしては、原告が実施している確認対象発明を含む本件輸入申告物品が本件第1特許発明の請求項1を侵害すると考えるに値する合理的な根拠があったといえる。

Dが本件輸入申告物品に対して本件通関保留要請をした時点は2020年5月12日頃であり、これは先の本件第1審決が下されて有効に存続していた時にあたる。たとえ特許法院における訴訟手続を経て2020年9月4日に本件第1審決を取り消す判決が言い渡されたのだとしても、上記判決が確定した時点は2020年11月12日頃であって、これは本件輸入申告物品に対する通関保留がすでに解除された後のことである。

③また原告は、Dが本件第2特許発明の特許権を侵害すると主張して、本件輸入申告物品に対する通関保留要請をした旨も主張するが、仁川税関長が2020年9月15日頃に原告にすでに通関保留中の本件輸入申告物品につき、追加で登録された本件第2特許発明等に対する侵害の疑いがあるため必要な措置をするよう通知した事実を認めることができるに過ぎず、Dが本件第2特許発明に基づき追加の通関保留要請をしたと認めるに値する証拠は見られない。さらに、特許審判院は、2021年5月7日に、原告が実施する確認対象発明が本件第2特許発明の請求項1の権利範囲に属するとする本件第2審決をしたところ、仮にDが本件第2特許発明に基づき本件輸入申告物品に対する通関保留が解除された2020年10月22日頃以前に追加の通関保留要請をしたとしても、それが故意又は過失に基づいた違法な行為であったというのも難しい。

(2)被告の業務妨害を原因とする損害賠償請求に関する判断
先に認定した事実及び先に挙げた証拠の各記載及び弁論全体の趣旨を総合して把握される下記のような事実ないし事情に鑑みると、原告が提出した証拠やその主張する事情をすべて勘案したとしても、被告の代表理事であるDが正当な権利行使の範囲を逸脱して原告の業務を違法に妨害したと認めるには不十分であり、これと異なる認定をするに値する証拠もない。したがって、原告のこれに関する主張も理由がない。

①被告は原告の取引先であるE等に本件各警告状を送ってはいる。しかし、本件各警告状のうちEに送った警告状には、本件製品が特許権を侵害する可能性が高いという主張と共にこれを裏付けるために「本件製品が本件第2特許発明の請求項1の権利範囲に属する」という内容の本件第2審決及びその取消訴訟の進行事実が記載されているに過ぎない。また、Fに送った警告状まで含めて判断したとしても、本件各警告状には、審決の経緯等と共に法律の規定及び通常の権利行使の可能性が記載されているのみで、これと異なって虚偽の内容や通常の手順を超える不当な圧力の行使といえるに値する内容は記載されていない。

②D等が特許権を保護するための方法として、特許権を侵害する製品を実施しているか、又は実施するおそれがある者に対して積極的権利範囲確認審判を請求するのは、原則的に正当な行為といえる。当初は本件第1、2審決においてDの請求が受け入れられていた事実に鑑みても、D等が原告を相手取って提起した積極的権利範囲確認審判に何らの事実的、法律的根拠もなかっただとか、D等がこのことを知りながら又は容易に把握できたにもかかわらず漫然と審判請求に及んだと認めることは難しい。

③被告の警告状発送が権利の濫用であると認められる程度の故意又は重大な過失によるものであるとはいい難い。

専門家からのアドバイス

特許権者は自身の特許権に対する侵害行為を発見した場合、直ちに侵害訴訟等を提起する代わりに、まず警告状を送る対応を検討する場面がある。こうした場合に侵害被疑者に加え、本件の事案のように、その取引先にも警告状を送ることは、業務妨害や信用毀損等に該当する可能性が高まるため、より慎重な検討が必要である。
本件において特許権者は、特許審判院に積極的権利範囲確認審判を請求し、侵害被疑品が特許権の権利範囲に属するとする審決を受けた後に、税関への通関保留要請や警告状発送を行っている。しかし、その後に当該審決は上級審で取り消されて特許侵害ではないという司法判断が最終的に下されたことから、侵害被疑者は特許権者に対して損害賠償を請求することとなった。これについて法院は、特許権者が上記権利範囲確認審判を通じて侵害被疑品が自身の特許権の権利範囲に属する旨の確認を受けていた等の合理的な根拠をもって通関保留要請をし、警告状を発送した点、及びその警告状中に虚偽の内容や通常の手順を超える不当な圧力の行使というに値する内容はなかった点等を理由として、特許権者の損害賠償責任を否定した。
こうした本件の事案は、特許権者が特許権侵害と見られる行為に対してまず警告状を発送し、その後特許権侵害行為に該当しない旨の法的判断が下された場合であったとしても、警告状の発送当時に合理的な根拠を備えており、警告状の内容に不当な圧力の行使と取り得る事情がない場合には、警告状の発送行為が不法行為に該当しない可能性がある点を示す事例としての意味がある。
ただし、韓国での特許権侵害行為に対して侵害訴訟を提起する等の法的措置を取らずに(特に取引先に)警告状を発送した行為について、不法行為を認定した判決も少なくない点に留意する必要がある。こうした場面では可能な限り法律専門家のアドバイスを受けることが望ましい。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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