知財判例データベース 医薬品発明に関する消極的権利範囲確認審判において権利範囲に属さないという点で争いがなく審判請求の利益がないとした事例
基本情報
- 区分
- 特許
- 判断主体
- 特許法院
- 当事者
- 原告 A株式会社 vs 被告 B株式会社
- 事件番号
- 2024ホ12548権利範囲確認(特)
- 言い渡し日
- 2024年12月19日
- 事件の経過
- 確定
概要
原告の特許発明はゲミグリプチンとインスリンの併用に関する医薬用途発明であり、被告の確認対象発明はゲミグリプチンとメトホルミンの複合剤である。被告は、確認対象発明の説明書に被告の複合剤はインスリンと併用しないという点を明示して、特許発明に対する消極的権利範囲確認審判を請求した。特許審判院は被告の審判請求を認容する審決をした。これに対し特許法院は、確認対象発明は実施不可能で不適法な審判請求であるという原告の主張は斥けた一方で、審判請求は権利範囲の属否に関する争いがなく審判請求の利益がないので不適法な審判請求であるとして審決を取り消した。
事実関係
原告は「第2型糖尿病治療用薬剤学的組成物」を発明の名称とする発明について2022年3月3日に特許を受けた。当該特許発明に対して、被告は確認対象発明が特許発明の権利範囲に属さないと主張して消極的権利範囲確認審判を請求した。原告は、確認対象発明は実施の可能性がない発明であることから被告の審判請求は確認の利益が認められず不適法である旨を主張した。これについて特許審判院は、審判請求は確認の利益が認められるとした上で、確認対象発明は通常の技術者が先行発明から容易に実施できる自由実施技術に該当するため、特許発明と対比するまでもなく特許発明の権利範囲に属さないとして審判請求を認容する審決をした。原告は審決を不服として審決取消訴訟を提起した。
特許発明の請求項1は、次のとおりである。
【請求項1】インスリン又はこの薬剤学的に許容される塩と併用するための、ゲミグリプチン又はこの薬剤学的に許容可能な塩を含むものであって、上記ゲミグリプチン又はこの薬剤学的に許容可能な塩を30~100 mgとして含む2型糖尿病治療用の薬剤学的組成物。
一方、確認対象発明は「ゲミグリプチン又は薬剤学的に許容されるその塩」及び「メトホルミン又はこの薬剤学的に許容される塩」を各々25/500ミリグラム、25/1000ミリグラム、50/500ミリグラム、50/1000ミリグラムを有効成分として含み、第2型糖尿病治療を医薬用途とする医薬品であって、確認対象発明の説明書には「インスリン又はこの薬剤学的に許容される塩と併用投与しない」と記載されている。
原告は、特許法院で下記のような主張をした。
①被告は「インスリンと併用をしない」ゲミグリプチンを有効成分として含む第2型糖尿病治療用薬剤学的組成物を確認対象発明として特定した。しかし、ゲミグリプチンを成分名とするジェネリック医薬品はその品目許可の内容とは無関係にインスリンとの併用時に療養給付が認められており医師が自由にインスリンとの併用処方が可能であり、品目許可を受ける際にゲミグリプチンのジェネリック医薬品の効能・効果からインスリン併用療法を明示的に除いて許可を受ける可能性もないので、インスリンとの併用を除いた確認対象発明は実施が不可能である。したがって、実施が不可能な確認対象発明を審判の対象にした本件審判請求は不適法である。
②仮に、確認対象発明において、被告が特定したようなインスリンとの併用処方がされる可能性が全くないのであれば(確認対象発明の実施の可能性が認められるならば)、原告は確認対象発明が特許発明の権利範囲に属さないという点について争いもなく、争う理由もない。したがって、このような確認対象発明を審判対象とする消極的権利範囲確認審判は、審判請求の利益がなく不適法である。
判決内容
特許法院は確認対象発明の実施の可能性を根拠とした審判請求の適法性は認めたが、権利範囲に属さないという点で属否に争いがない審判請求として、審判請求は不適法で却下されるべきであるにもかかわらず認容審決をしたため、審決が取り消されるべきであると判断した。
(1)確認対象発明の実施の可能性について
特許法院は、関連法理として下記の内容を示した。
特許権の権利範囲確認審判は、審判請求の利益がある場合に限って審判を提起することができる。現在実施しておらず将来も実施する可能性がない発明を確認対象発明として提起した消極的権利範囲確認審判は、仮に審判請求人が求めるとおりの審決を受けるとしても、審判請求人が実施するか又は実施しようとする発明に対しては何の効力も有せず、審判請求人の法的不安を解消するのに何の役にも立たないので、その審判請求の利益がなく不適法である(大法院2005.10.14.言渡2004フ1663判決等参照)。
続いて特許法院は、下記の内容に基づいて、被告が確認対象発明を実施する可能性がないことを前提とする原告の本案前の抗弁は理由がないと判断した。
①被告の将来実施製品が「インスリンとの併用」という投与用法に特徴がある医薬用途発明である特許発明を侵害するか否かは、被告の実際の実施製品の品目許可の内容、製品のラベルや添付文書に記載されている投与用法等に関連した情報、製品に関連して製造・販売業者が提供する情報、その他に実際の処方の実態等を総合的に考慮して判断すべきものなので、上記のような具体的事情が確定していない現段階で、被告がインスリンと併用しないゲミグリプチン医薬品である確認対象発明を実施する可能性がないとは断定し難い。
②仮に原告の主張のように療養給付の基準や品目許可の実態等を考慮するとき、被告が「インスリンと併用」する形態でゲミグリプチンのジェネリック医薬品を実施する可能性が高いと認められるとしても、現在の療養給付基準や品目許可の実態等を考慮する必要はなしに、被告が特定した確認対象発明である「インスリンと併用しない」ゲミグリプチン医薬品を基準として本件審判請求を判断すれば足りる。
(2)権利範囲の属否に争いがないことについて
特許法院は、関連法理として下記の内容を示した。
消極的権利範囲確認審判では、現在実施しているものだけでなく、将来実施予定であるものも審判の対象とすることができる。しかしながら、審判請求人が将来実施する予定であると主張して審判の対象として特定した確認対象発明が特許権の権利範囲に属さないという点について何の争いもない場合であれば、そのような確認対象発明を審判の対象とする消極的権利範囲確認審判は審判請求の利益がなく許容されない(大法院1991.3.27.言渡90フ373判決、大法院2016.9.30.言渡2014フ2849判決参照)。
続いて特許法院は、被告の確認対象発明が特許発明の権利範囲に属さないという点について当事者間で何の争いもない以上、かかる確認対象発明を審判対象とする本件審判請求は審判請求の利益がなく不適法であると判断した。これに関連し、権利範囲の属否について争いがない場合であっても、確認対象発明が特許権の権利範囲に属さない旨の審決を受ければ薬事法第50条の8により優先販売品目許可を受けることができることから、こうした側面で審判請求の利益が認められるべきであるという被告の主張に対して、特許法院は、下記の内容に基づいて受け入れることは困難であると判断した。
①特許発明は「インスリン併用投与」を特徴とする医薬用途発明である反面、確認対象発明はインスリンと併用しない医薬品なので、被告が確認対象発明について品目許可申請をしたとしても、確認対象発明の投与用法に関連した効能・効果は特許発明の医薬用途に関連するものではない。したがって、この場合、薬事法第50条の4で規定する通知の対象とならず、優先販売品目許可を申請する資格に該当しない可能性が高い。
②仮に確認対象発明に関して、優先販売品目許可を受けることができる可能性が微弱ながらも存在するのだとしても、そのような不明瞭な可能性を期待できるだけの利益が、当事者間に権利範囲の属否について争いがない本件において本案判断の確認審決を正当化するだけの法的利益に該当するとは認め難い。本件審判請求のように確認対象発明が特許権の権利範囲に属さないことを具体的に確定するための消極的権利範囲確認審判を請求するためには、自身が現在実施しているか又は将来実施しようとする技術に関して特許権者から権利の対抗を受けるなどして法的不安を抱えている場合に限り、または、こうした法的不安を取り除くために消極的権利範囲確認審判を受けることが効果的な手段になる場合に限り、審判請求の利益が認められることが原則であるからである。
専門家からのアドバイス
韓国の医薬品許可特許連携制度では、食品医薬品安全処に登載された先発医薬品に係る特許に対して後発医薬品メーカーが挑戦して勝訴審決又は判決を受ける場合において、後発医薬品メーカーのうち当該後発医薬品メーカーにのみ一定期間の販売を可能とする優先販売品目許可が与えられる。このため後発医薬品メーカーには登載特許に対して挑戦する動機が生まれるところ、本件は、後発医薬品メーカーが自ら実施しようとする医薬品について、登載特許とは併用医薬品が異なっているにもかかわらず消極的権利範囲確認審判を請求した事案であった。
特許審判院では審判請求人の主張を認め認容審決となったが、特許法院ではそもそも審判請求には権利範囲の属否について争いがなく審判請求の利益がないことから、審判請求は不適法で却下されるべきであると判断した。
韓国の医薬品許可特許連携制度及び確認審判制度は日本とは異なる制度であるところ、かかる制度の下、本件事案は、韓国での後発医薬品メーカーの消極的権利範囲確認審判請求及びその対応にあたって参考になる。
ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム
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