知財判例データベース 物の用途又は使用方法を訂正により追加することで先行発明との差異点が明確となり進歩性が認められた事例
基本情報
- 区分
- 特許
- 判断主体
- 大法院
- 当事者
- 原告・上告人(無効審判請求人) VS 被告・被上告人(特許権者)
- 事件番号
- 2022フ10524登録無効(特)
- 言い渡し日
- 2025年07月16日
- 事件の経過
- 上告棄却(審決確定)
概要
訂正前の請求の範囲の記載では先行発明の構成を含むと解釈される余地があったところ、訂正により請求の範囲において物の用途又は使用方法を限定することで先行発明との差異点を明確にした結果、進歩性が認められた。
事実関係
被告の本件特許は、物体を固定するクランプに関する。本件特許の明細書には、従来のクランプは固定部と締付部との間の間隔が限定されていて大きな物には使用できないという問題があったため、これを解決して物の幅に関わりなく使用できるクランプを提供しようとすることが記載されている。
本件特許の訂正前(登録時)の請求項1は、スクリュー(20)が貫通するクランプ本体(10)とクランプ本体(10)に装着されている固定部(40)とを有し、スクリュー(20)の一側には圧着溝と密着片とを備えた加圧部(30)が装着される構成からなっている(登録時にはクランプの使用方法に関する限定はなかった)。


<本件特許の図1:クランプの構成> <本件特許の図7:使用方法>
原告は、先行発明8をはじめとする多数の先行発明を根拠として進歩性欠如の無効事由により無効審判を請求した。先行発明8は、クランプの締め幅を任意に調整して1つのクランプで多様な環境に対処するための発明である。このために、本体(21)に各々締結される固定部(31)と締付部(11)とを備え、固定部(31)と締付部(11)の、本体(21)への締結位置を調節することによって締め幅を異ならせることができる。締付部(11)にはスクリュー(14)が装着され、スクリュー(14)の一側には加圧部(13)が備えられている。

<先行発明8の図1>
原告は、本件特許のスクリュー(20)が貫通するクランプ本体(10)、固定部(40)、及びスクリュー(20)の一側に備えられた加圧部(30)は、各々先行発明8のスクリュー(14)が装着された締付部(11)、固定部(31)、及びスクリュー(14)の一側に備えられた加圧部(13)に対応すると主張した。
これに対して被告は、訂正によって請求項1の冒頭の部分に「所定の長さを有する設置物(200)に2つが互いに向かい合うように締結固定され、その間に位置する固定物(100)を加圧して、前記設置物(200)と固定物(100)とを結合固定することができるクランプであって」という記載を追加した(前述した本件特許の図7の使用方法を参照)。
特許審判院は上記訂正を認めた上で、訂正された請求項1の発明(以下「本件第1項訂正発明」)は進歩性が否定されないと判断し、それに対して原告は審決取消訴訟を提起した。
原審判決の要旨
本件請求項1の訂正発明と先行発明8の対応する構成要素は、いずれも固定物(100)[被締結体]を固定するクランプに関する構成であるという点で同一である。しかし、本件請求項1の訂正発明は、2つのクランプが設置物(200)に向かい合うように締結されて固定物(100)[被締結体]を結合固定するものであるのに対し、先行発明8は、スクリュー(14)によって物体を締め付けることができる締付部(11)と被締結体に対する接触面のみを備える固定部(31)とが本体(21)に連結された1つのクランプによって固定物(100)[被締結体]を固定するという点で、両構成は差がある(以下「差異点1」という)。
差異点1に関連して、本件請求項1の訂正発明の最も大きな特徴は、2つのクランプを互いに向かい合うように締結して固定物(100)を固定することである。これに対し先行発明8の明細書では「本発明はC型クランプの締め幅を任意に調整して1つのクランプで多様な環境に対処できるようにするためのもの」と明示している。このように先行発明8は、本件請求項1の訂正発明のように2つのクランプを用いるという点について何ら認識又は暗示がない。
また、先行発明8の明細書を詳察すると、先行発明8は基本的に従来のC型クランプのように「本体(21)、固定部(31)、締付部(11)」からなり、固定部(31)と締付部(11)とが本体締結手段である鋼管クランプ(16A、16B、16C、16D)を介して本体(21)に締結されて一体をなす構成を開示しているに過ぎず、固定部(31)や締付部(11)が本体(21)から分離された状態で物を固定する点に対する何らの認識も暗示もない。
他の先行発明も先行発明8と同様に、2つのクランプを用いて物体を固定する本件請求項1の訂正発明に至る動機や暗示が全く開示されていない(進歩性認定)。
これに対して、原告は上告を提起した。
判決内容
発明における進歩性欠如の判断を行うときには、少なくとも先行技術の範囲と内容、進歩性判断の対象となった発明と先行技術との差、その発明の属する技術分野で通常の知識を有する者(以下「通常の技術者」という)の技術水準を証拠等の記録に示された資料に基づいて把握した上で、通常の技術者が、特許出願当時の技術水準に照らし、進歩性判断の対象となった発明が、先行技術と差があるにもかかわらず、その差を克服して先行技術から容易に発明できるものであったかを詳察しなければならない。この場合、進歩性判断の対象となった発明の明細書に開示されている技術を知っていることを前提として、事後的に通常の技術者が容易に発明できるかを判断してはならない(大法院2007年8月24日言渡2006フ138判決、大法院2018年12月13日言渡2016フ1840判決等参照)。
本件請求項1の訂正発明は先行発明8と比較して原審判示の差異点があるところ、通常の技術者がそれらの差異点のうち差異点1を先行発明8に他の先行発明を結合して克服することが容易ではない等、本件請求項1の訂正発明は通常の技術者が先行発明によって容易に発明することができないため進歩性が否定されず、本件請求項1の訂正発明を引用する従属項の訂正発明も進歩性が否定されないと判断した。
原審の判決理由を法理や原審が適法に採択して調査した証拠等に照らしてみると、原審の理由説示には一部不適切な部分があるものの、最終的に本件訂正発明の進歩性が否定されないと認めた原審の結論は正当であるため、原審の判断には、上告理由で主張するように特許発明の進歩性判断等に関する法理誤解により判決に影響を及ぼした誤りはない。
専門家からのアドバイス
特許発明は物の構造等を文言として表現して特定するものであるが、本件発明の訂正前(登録時)の請求項1の文言では、無効審判請求人が提示した先行発明8の各構成に一致すると解釈される余地があった。
こうした場合に、特許権者は特許無効に対する防御手段としてクレームの訂正という選択を取ることができるところ、本件での訂正は、いわゆるジェプソン形式のクレームの前提部を付加することにより本件特許に係る物の具体的な使用方法を限定するものであった。一般的に訂正を行う場合には本件の場合とは異なり、クレームの前提部ではない特徴部の構成を具体的に限定する訂正をすることが多いが、本件では、本件特許に係る物の具体的な使用方法を前提部に限定することによって先行発明8との差異点を明確にしようとしたものであり、先行発明8は当該使用方法で用いることについての開示や示唆がなく、当該使用方法で用いる上では不適切な構造からなるものだったことから、結果として本件特許の進歩性が認められたといえる。
本件は進歩性の法理面で特別なものではないが、特許無効の主張に対して特許権者が防御手段として訂正を行う場合に、どのような訂正が有効となりえるかについての着眼点を与えてくれる。
ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム
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