知財判例データベース 高血圧複合剤に関する特許発明において成分含量の表記の訂正が不適法であるとした大法院判決

基本情報

区分
特許
判断主体
大法院
当事者
原告 A株式会社 vs 被告 B株式会社(特許権者)
事件番号
2023フ11487登録無効(特)
言い渡し日
2025年06月26日
事件の経過
原審判決破棄差戻し

概要

被告が高血圧複合剤に関して承認を受けた許可医薬品は、主成分が「フィマサルタンカリウム三水和物」及び「アムロジピンベシル酸塩」であり、成分の含量は「フィマサルタンカリウムとして30㎎」及び「アムロジピンとして5㎎」であったところ、特許発明は「フィマサルタンカリウム塩又はこの水和物30㎎及びアムロジピンベシレート塩5㎎」と請求項に記載して特許を受けた。これに対し原告が提起した無効審判の手続きにおいて、被告は許可医薬品において記載された成分の含量表記を請求項に追加する訂正をし、特許審判院及び特許法院は当該訂正が適法であると認めた。しかし大法院は、訂正前の請求項は不明確な記載とはいえないため当該訂正は訂正要件を満たさず不適法と判断した。

事実関係

被告は「血圧降下用薬剤学的組成物」を発明の名称とする発明について2012年7月17日に特許を受けた。当該特許発明について原告は、特許発明が明細書の記載要件を満たさず、進歩性が否定されるとの理由で特許無効審判を請求し、これに対し被告は特許発明の請求の範囲を訂正した。特許審判院は当該訂正を認めた上で原告の審判請求を棄却する審決をし、原告は同審決に不服を申し立てて審決取消訴訟を提起した。

特許発明の訂正前後の請求項1は、下記のとおりである。

訂正前の請求項1 訂正後の請求項1
アンジオテンシン-2-受容体遮断剤としてフィマサルタンカリウム塩又はこの水和物30㎎、及びカルシウムチャネル遮断剤としてアムロジピンベシレート塩5㎎を含む血圧降下用薬剤学的組成物。 アンジオテンシン-2-受容体遮断剤としてフィマサルタンカリウム塩又はこの水和物30㎎(フィマサルタンカリウム塩30㎎)、及びカルシウムチャネル遮断剤としてアムロジピンベシレート塩5㎎(アムロジピン5㎎)を含む血圧降下用薬剤学的組成物。

原告は特許法院において、上記訂正について特許発明の訂正前の請求の範囲の記載は文言が明確であり、また明細書に「フィマサルタンカリウム塩30㎎」及び「アムロジピン5㎎」に関する内容も記載されていないため、訂正請求は新規事項の追加に該当し不適法であると主張した。

これに対し特許法院は、訂正前の特許発明における「フィマサルタンカリウム塩又はこの水和物30㎎」及び「アムロジピンベシレート塩5㎎」の部分がそれぞれ「フィマサルタンカリウム塩30㎎(又はこれを含む水和物)」及び「アムロジピン5㎎(を含むアムロジピンベシレート塩)」と解釈され、それらの各部分の後ろに「(フィマサルタンカリウム塩30㎎)」及び「(アムロジピン5㎎)」とそれぞれ付加する内容の訂正は不明確に記載された事項の意味を明確にするものに過ぎないため、請求の範囲を実質的に拡張し又は変更することに該当しないとして訂正が適法であると判断した。特許法院は、判断の根拠として下記の内容を挙げた。

①特許発明の明細書の動物実験において「フィマサルタンカリウム塩又はこの水和物」としては「フィマサルタン三水和物カリウム塩」が用いられたのみであるところ、実施例1は「フィマサルタン三水和物カリウム塩3㎎/㎏」と「アムロジピンベシレート塩0.5㎎/㎏」の複合剤を投与した場合であって、その成分比が訂正発明(フィマサルタンカリウム塩又はこの水和物「30㎎」及びアムロジピンベシレート塩「5㎎」)と同じ30:5である。特許発明の明細書の組成物の製造例3におけるフィマサルタン三水和物カリウム塩(66.01mg)とアムロジピンベシレート塩(13.98mg)の含量は訂正発明に記載された成分比と一致しないものの、これを分子量により割ると、フィマサルタンカリウム塩(60mg)とアムロジピン(10mg)で成分比が訂正発明の整数比と一致する。

②特許発明の出願前に「アムロジピン5㎎/10㎎とその塩又は水和物」を含む医薬品の単剤や複合剤が多数許可されていたところ、「アムロジピンベシレート塩5㎎」を主成分として許可を受けた医薬品は見つからない。「アムロジピンとその塩又は水和物」は有効成分である「アムロジピン」を基準に用量を把握するという点が理解できる。

③特許発明の明細書には、フィマサルタンが「カナブ錠」という製品名で医薬品許可が承認されたこと、「フィマサルタン三水和物カリウム塩の臨床常用量は60㎎」であることが記載されている。また、カナブ錠の製品説明書には「カナブ錠60㎎錠にフィマサルタンカリウム三水和物66.01㎎(フィマサルタンカリウムとして60㎎)が含まれている」という記載がある。通常の技術者は、同説明書を参考にして特許発明に開示された明細書の製造例3の「フィマサルタン三水和物カリウム塩66.01㎎」がフィマサルタンカリウム塩60.0㎎と同じ効用を有するという点を容易に把握できるはずである。

④特許発明は「フィマサルタンカリウム塩又はこの水和物」と「アムロジピンベシレート塩」を主成分とする複合剤に関する発明であるため、通常の技術者であれば、特許発明にも許可された単剤の用量がそのまま用いられていると考えるはずである。

判決内容

大法院は、まず関連法理として下記の内容を挙げた。

特許発明の保護範囲は請求の範囲に記されている事項によって定められ(特許法第97条)、発明の説明や図面等によってその保護範囲を制限し又は拡張することは原則的に許容されない。ただし、請求の範囲に記されている事項は発明の説明や図面等を参酌せずには技術的な意味を正確に理解できないことがあるため、請求の範囲に記されている事項の解釈は、文言の一般的な意味内容に基づきながらも、発明の説明や図面等を参酌してその文言により表現しようとする技術的意義を考察した上で客観的・合理的に行わなければならない。しかし、発明の説明や図面等を参酌するとしても、発明の説明や図面等の他の記載により請求の範囲を制限し又は拡張して解釈することは許容されない(大法院2015年5月14日言渡2014フ2788判決、大法院2020年4月9日言渡2018フ12202判決等参照)。

続いて大法院は、本訂正請求は特許法第136条第1項で訂正請求の要件として規定している「不明確に記載された事項を明確にする場合」等に該当するとは解し難く、また訂正請求前と訂正請求後の特許発明は薬理効果である血圧降下効果を奏するフィマサルタンカリウム塩の用量やアムロジピンの用量において互いに異なり、それにより発明の効果が変わる可能性があるため、訂正請求は「請求の範囲を実質的に変更する場合」に該当する余地があるとして訂正要件を満たしていないと判断した。その根拠として大法院は、下記の事情を挙げた。

①「フィマサルタンカリウム塩の水和物」は「フィマサルタンカリウム塩」と、「アムロジピンベシレート塩」は「アムロジピン」とそれぞれ互いに区別される化合物である。特許発明の属する技術分野では、医薬品成分と関連して「フィマサルタンカリウム塩の水和物」の用量と「フィマサルタンカリウム塩」の用量、「アムロジピンベシレート塩」の用量と「アムロジピン」の用量を区別して表示している。

②特許発明の明細書の発明の説明においても、アンジオテンシン-2-受容体遮断剤中「フィマサルタンカリウム塩」と、「フィマサルタンカリウム塩の水和物」「フィマサルタン三水和物カリウム塩」とを互いに区別される化合物として、カルシウムチャネル遮断剤中「アムロジピンベシレート塩」と「アムロジピン」とを互いに区別される化合物としてそれぞれ記載するとともに、実施例及び製造例において「フィマサルタン三水和物カリウム塩」と「アムロジピンベシレート塩」を基準として投与量及び錠剤に含まれる用量を記載している。

③これに従って、特許発明の請求の範囲の文言の一般的な意味内容に基づき発明の説明等を参酌すれば、「アンジオテンシン-2-受容体遮断剤としてフィマサルタンカリウム塩又はこの水和物30㎎」でいう医薬物質とその用量は「フィマサルタンカリウム塩30㎎又はフィマサルタンカリウム塩の水和物30㎎」を指すのが明らかであり、「カルシウムチャネル遮断剤としてアムロジピンベシレート塩5㎎」でいう医薬物質とその用量も「アムロジピンベシレート塩5㎎」としか理解するほかない。

④特許発明の請求の範囲は、発明の説明等を参酌しても、その技術的な意味を「アンジオテンシン-2-受容体遮断剤としてフィマサルタンカリウム塩30㎎又はフィマサルタンカリウム塩の水和物30㎎」と「カルシウムチャネル遮断剤としてアムロジピンベシレート塩5㎎」を含み血圧降下の薬理効果を奏する薬剤学的組成物と正確に理解することができ、これと異なって解釈する余地がない。

専門家からのアドバイス

上述のとおり、本件において特許法院と大法院は訂正の適法性をめぐって全く異なる判断をした。具体的には特許法院は、訂正前の特許発明における「フィマサルタンカリウム塩又はこの水和物30㎎」という記載は「フィマサルタンカリウム塩30㎎(又はこれを含む水和物)」と解釈され、「アムロジピンベシレート塩5㎎」という記載は「アムロジピン5㎎(を含むアムロジピンベシレート塩)」と解釈されるとして、かかる内容を反映した訂正が適法であると判断した。しかし大法院は、それぞれの記載が「フィマサルタンカリウム塩30㎎又はフィマサルタンカリウム塩の水和物30㎎」及び「アムロジピンベシレート塩5㎎」と解釈されて他の解釈の余地がないとして、この解釈とは異なる上記訂正は不適法であると判断したのである。
こうした大法院の判決によれば、被告の高血圧複合剤に関する許可医薬品は「アムロジピン5㎎」を含むという点だけを見ても特許発明の文言的範囲から逸脱しているという点で、被告にとって厳しい判断となった。
本件での請求項の解釈は、特許法院は許可用量や被告許可医薬品の実際の用量等、明細書の記載以外の事情も考慮したことがわかるが、大法院は「特許発明の保護範囲は請求の範囲に記載されている事項によって定められる」という原則に忠実な立場を固持したものだといえる。すなわち大法院は、特許発明の技術分野や明細書の記載の上で各医薬品成分に該当する化合物を互いに区別して表示している点を重視し、請求の範囲の文言の一般的な意味に基づいて発明の説明を参酌すれば、訂正前の請求項の技術的意味が明確に理解されるため、当該請求項の記載が不明確であるとは認められないと判断した。
以上のような本件の請求の範囲の解釈に関する法理自体は新しいものではなかったが、本件は、大法院が当該法理を実際の具体的事例にどのように適用するかを明確に示したという点で意味がある。その際に本件で訂正の適法性を厳しく判断したことを考慮すると、請求項の作成の際には、及びその後の補正や訂正の際にも、請求項の記載内容に基づく技術的範囲が製品を十分にカバーしたものになっているかを綿密に精査することが求められる。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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