知財判例データベース 機能的表現を含む請求の範囲において、原出願の意見書の主張等を参酌することにより、その権利範囲を限定解釈できるとした大法院判決

基本情報

区分
特許
判断主体
大法院
当事者
原告、被上告人(特許権者)vs 被告、上告人(侵害被疑者)
事件番号
2023フ11340権利範囲確認(特)
言い渡し日
2025年07月17日
事件の経過
破棄差戻し

概要

分割出願により登録された特許の請求項に記載された機能的表現の権利範囲を解釈するのにおいて、原出願の審査過程でなされた出願人の意見書における主張を参酌することにより、分割出願における特許の機能的表現を明細書に記載された具体的構成として限定解釈し、特許の権利範囲に確認対象発明が属さないと判断した。

事実関係

原告の本件特許は浄水器に関するものである。争点となった請求項の記載とそれに関連する明細書の記載は、下記のとおりである。

<請求項1>
…濾過部で濾過された水を利用して貯蔵タンクを洗浄することができるように貯蔵タンクに連結され洗浄手段を備える洗浄部を含み、
…自己洗浄可能な浄水器。

<明細書中の発明の詳細な説明>
洗浄手段は、洗浄物質又は殺菌物質を希釈して貯蔵タンクに供給することができる。洗浄手段に流入した、濾過部で濾過される水に対し、洗浄手段に含まれた洗浄物質又は殺菌物質が希釈される。洗浄物質又は殺菌物質が希釈された濾過された水が、貯蔵タンクに供給されて、貯蔵タンクが洗浄又は殺菌される。

被告の確認対象発明は、洗浄手段に対応する構成要素として電極殺菌器を備えている。電極殺菌器は洗浄物質や殺菌物質を含んでおらず、正極板と負極板で水を電気分解することにより電気分解水を生成する。この電気分解水が殺菌の機能をする。本件の争点は、本件特許請求項1の機能的表現に該当する「洗浄手段」を、(i)その文言のとおり(洗浄物質投与方式や電気分解方式などの具体的な方式を問わず)洗浄できる手段であれば全てを含むと解釈すべきか、それとも(ii)明細書に記載された洗浄物質投与方式に限ると解釈すべきかということであった。

本件特許は第2世代の分割出願により登録された特許であるところ、その原出願において審査官は、先行文献により新規性が否認される旨の拒絶理由を通知した。これに対して原告は、原出願の請求項1の「洗浄手段」を洗浄物質投与方式に明示的に限定する補正をした上で、原出願の洗浄手段は洗浄物質を用いて洗浄をする一方で先行文献は電気分解により洗浄をする点において差があり、電気分解は洗浄物質投与方式に比べて時間と電力を消耗するという、構成及び効果の差を意見書で主張し、特許登録を受けた。

一方、第2世代の分割出願である本件特許に対して審査官は(電気分解方式の洗浄手段が開示された)別の先行文献を引用して拒絶理由を通知したところ、原告は(原出願の審査時とは異なり)洗浄手段を洗浄物質投与方式に限定する補正はせずに、(先行文献の電気分解方式洗浄手段が本件特許の「洗浄手段」に該当する構成であることを前提として)それとは異なる構成において先行文献と本件特許は相違するという点を強調して特許登録を受けた。

特許審判院(2022.8.1.審決2022ダン799特許権利範囲確認(消極))の判断:特許権の権利範囲を限定解釈、権利範囲に属さず

「洗浄手段」は機能的表現であるから明細書等を参酌してその意味を把握すべきであるところ、明細書によると洗浄手段は少なくとも洗浄物質を含むものと解釈すべきである。一方、原出願の審査経過が分割出願に影響を及ぼすか否かについては確立した法理がないので、本件特許の請求の範囲の解釈において原出願の審査経過は考慮しない。

原審(特許法院2023.10.12.言渡2022ホ4918判決)の判断:請求項を文言どおり解釈、権利範囲に属す

原出願の審査経過が本件特許の請求項1の解釈に影響を及ぼすには、原出願と本件特許の請求項の記載が同じであることが前提とされるべきであるところ、原出願の請求項は洗浄手段が洗浄物質投与方式に限定されている一方、本件特許の請求項1にはそうした限定がない。したがって、原出願の審査過程での原告の対応が洗浄物質投与方式以外の洗浄手段を(第2世代の分割出願である)本件特許の権利範囲から意識的に除外したものと認めることはできない。洗浄物質投与方式は、本件特許の明細書に開示された洗浄手段の1つの例示に過ぎず、本件特許の請求項1の「洗浄手段」はそれのみに限定されない。

判決内容

大法院の判決内容:特許権の権利範囲を限定解釈、権利範囲に属さず
特許発明の保護範囲は、請求の範囲に記載されている事項により定められ、発明に関する説明や図面等で保護範囲を制限したり拡張することは原則的に許容されない。ところで、請求の範囲に記載されている事項が通常の構造、方法、物質等ではなく、機能、効果、性質等のいわゆる機能的表現になっていて、その用語の記載のみで技術的構成の具体的な内容が把握できない場合には、その特許権の侵害判断や権利範囲の確認が問題になる局面で請求の範囲を文言どおり解釈すると明細書の他の記載に照らして明らかに不合理となる場合がある。請求の範囲に文言的に含まれると解釈されるもののうち、一部が発明に関する説明の記載によって裏付けられない場合や、又は出願人がそのうちの一部を特許権の権利範囲から意識的に除外していると認められる場合等がこれに該当する。この場合には、出願された技術思想の内容、明細書の他の記載、出願人の意思、第三者に対する法的安定性をあまねく参酌して特許権の権利範囲を限定解釈することができる(大法院2003.7.11.言渡2001フ2856判決、大法院2008.2.28.言渡2005ダ77350,77367判決、大法院2009.4.23.言渡2009フ92判決等参照)。これは独立項とその従属項の権利範囲が同一になるとしても同様である(大法院2009.7.10.言渡2008フ57判決等参照)。
本件特許の請求項1に記載されている「洗浄手段」という用語は「洗浄機能をする手段」という機能的表現であって、その用語自体では技術的構成の具体的な内容が把握できない。本件特許の明細書には洗浄手段に関する説明として洗浄物質投与方式のみが記載されており、それ以外に電気分解方式は記載されていない。原告は、原出願の発明の審査過程で拒絶理由を克服するために原出願発明の洗浄手段には電気分解方式が含まれない旨の意見を提出している。このような原出願の出願経過は、その後の分割出願された本件特許の請求の範囲を解釈するときにも参酌することができる。これを参酌すると、原告は、本件請求項1の「洗浄手段」において電気分解方式を意識的に除外したものと認められる。
したがって、本件請求項1の「洗浄手段」に文言的に含まれると解釈されるもののうち電気分解方式の洗浄手段は明細書によって裏付けられず、出願人である原告が特許権の権利範囲から意識的に除いた部分にも該当する。したがって、その「洗浄手段」を文言どおり解釈するのは明らかに不合理であり、洗浄物質投与方式の洗浄手段と解釈することが妥当である。洗浄手段を洗浄物質投与方式として明示的に限定した従属項である本件特許の請求項5又は請求項6の権利範囲が請求項1の権利範囲と実質的に同一になるとしても同様である。

専門家からのアドバイス

請求の範囲の解釈に関する韓国大法院の判例によると、「特許発明の保護範囲は請求の範囲に記されている事項により定められ、発明に関する説明や図面等で保護範囲を制限したり拡張することは原則的に許容されない」という立場を取っている。
すなわち、特許権の権利範囲を制限する限定解釈は行わないことが原則となる。ただし、いわゆる機能的表現による請求項の場合には、上記原則を貫くと不合理が生じる可能性があるため、韓国大法院は上記本文中でも示したとおり、請求の範囲を文言どおり解釈すると明細書の他の記載に照らして明らかに不合理となる場合には、特許権の権利範囲を限定解釈できるという立場を取ってきた。
本事案も法理の面では過去の大法院判例と軌を一にするものであるが、その具体的な経緯においては特徴的な点がある。すなわち、原出願の審査過程では出願人は請求の範囲の「洗浄手段」を洗浄物質投与方式に限定した上で主張を行ったが、そうした限定がない(単に「洗浄手段」とのみ記載)本件特許の請求項に対しては出願人は洗浄物質投与方式に限定する旨の主張をしなかったにもかかわらず、大法院は、原出願の審査過程での主張を主な根拠として(第2世代の分割出願である)本件特許の権利範囲を限定解釈したのである。
本大法院判決は、原出願の出願経過はその後分割出願がされた特許請求の範囲の解釈の際にも参酌され得るという点を示しており、実務上留意する必要があろう。

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