知財判例データベース 特許権侵害判断時において、明細書及び図面の記載と関連無効訴訟の経過等を参酌し、請求項の機能的表現に該当する技術構成を狭く解釈した事例
基本情報
- 区分
- 特許
- 判断主体
- 特許法院
- 当事者
- 原告(控訴人、特許権者) vs 被告(被控訴人、侵害被疑者)
- 事件番号
- 2022ナ1456特許権侵害差止(特)
- 言い渡し日
- 2025年02月13日
- 事件の経過
- 控訴棄却(原告が上告を提起せず控訴審判決が確定)
概要
原告が提起した特許権侵害差止請求訴訟に対抗し、被告が請求した特許無効事件において原告は訂正請求を通じて特許を有効とする防御に成功したが、訂正請求で請求項に追加された文言が機能的表現からなっていた事案において、当該機能的表現を文言どおりの権利範囲として認定せず、その機能的表現に該当する具体的な技術構成に関する明細書及び図面の記載を参酌して解釈することにより、被告製品は文言的にはその機能的表現に属する余地があったが特許侵害を認めなかった。
事実関係
原告の本件特許は、自動車エアコン用冷媒を圧縮する圧縮機に関するものである。上記圧縮機は回転軸の周りに負荷に応じて傾斜角が変わる傾斜板を備える方式のもので、ベアリング部と密封部へ各々潤滑のためのオイルを供給する構成等を備えている(本件特許の構成は煩雑で、争点と関係がない説明は省略する)。
本件で争点となったのは、本件特許の請求項1における「第3オイル供給路は前方ハウジング部の内側壁に回転軸を基準として円形の溝形態に形成され、第2オイル供給路を介して第3オイル供給路に流動したオイルは第1オイル供給路に供給が可能である」(以下「争点文言」という)という構成を被告製品が含むか否かであった。
<本件特許の代表図>
被告製品は、回転軸を基準として円形の溝形態の「争点の溝」の構成(青色部分、「第3オイル供給路」に対応)と第1オイル供給路(赤色部分)及び第2オイル供給路(緑色部分)を備え、それ以外に第2オイル供給路(緑色部分)と連通する「軸方向流路」(紫色部分)を備える。
<被告製品の写真>
赤色-第1オイル供給路、緑色-第2オイル供給路、青色-円形溝(第3オイル供給路に対応)、紫色-軸方向流路
本件特許に関連し、侵害訴訟事件の進行中に被告が請求した無効審判(以下「関連無効訴訟」という)が進められたところ、その中で原告は訂正請求を通じて上記争点文言を請求項1に追加し、その争点文言の構成を主要な先行文献との差異点として主張した。これにより関連無効訴訟では、最終的に特許の有効が維持された。
続く本件侵害訴訟事件において被告は、請求項1の上記争点文言は機能的表現であって侵害判断のためにはその技術的構成が確定されなければならないところ、被告製品は本件特許発明における発明の説明及び図面等を参酌して確定すべき争点文言の構成を備えているとはいえないため非侵害であると主張した。これに対し原告は、上記争点文言は「第2オイル供給路を介して第3オイル供給路に流動したオイルは、第1オイル供給路に供給が可能である」と記載されているため、第1オイル供給路にオイルが供給されることが可能でさえあればよいのであって、いかなる場合にもオイルが常に供給されなければならない構成と解釈すべきものではなく、ゆえに被告製品は侵害に該当すると主張した。
以上に基づき、本件は、上記争点文言を文言どおり「供給が可能である」場合は侵害であると判断すべきか、あるいは、上記争点文言に該当する発明の説明及び図面等を参酌して被告の主張のように「常に供給がなされる」構成と解釈すべきかが争点となった。
判決内容
(1)関連法理
特許発明の権利範囲を判断するにおいては、請求の範囲に記載された用語の意味が明瞭であるとしても、その用語から技術的構成の具体的な内容を把握できない場合には、その発明の説明と図面の記載を参酌し、その用語が表現している技術的構成を確定して特許発明の権利範囲を定めるべきである(大法院20076月14日言渡2007フ883判決等参照)。これは特許権の請求の範囲に機能、効果、性質等による物の特定を含んでおり、その用語の記載のみでは技術的構成の具体的内容を把握できない場合にも同様であり、さらに請求の範囲を文言どおり解釈することが明細書の他の記載に照らしてみて明らかに不合理な場合には、出願された技術思想の内容と明細書の他の記載と第三者に対する法的安定性を広く参酌し、正義と衡平に従い合理的に解釈すべきである(大法院20082月28月(日)言渡2005ダ77350、77367判決等参照)。
(2)争点文言の技術的構成の確定
争点文言に関連し、本件特許発明は、その明細書において「供給」の意味を別途に定義していないため、その意味は供給という単語が有する一般的な意味を基準として解釈せざるを得ないが、「供給」とは辞典的に「要求や必要に応じて物品等を提供すること」を意味するため、争点文言の「第2オイル供給路を介して第3オイル供給路に流動したオイルは、第1オイル供給路に供給が可能であること」は「第2オイル供給路を介して第3オイル供給路に流動したオイルが第1オイル供給路の必要に応じて第1オイル供給路に提供され得ること」を意味するといえる。
しかし、本件特許発明が属する技術分野を考慮するとき、上記請求の範囲の記載に含まれた「供給が可能であること」の意味が上記のように理解され得るという事情のみで、上記請求の範囲の記載の技術的特徴の具体的内容まで把握されるとはいい難い。特に「供給が可能であること」という請求の範囲の記載が機能や効果等により物を特定しようとする、いわゆる「機能的表現」に該当する点において、その文言のみでは技術的構成を確定するのが難しいため、上記争点文言は、本件特許発明の明細書のうち発明の説明と図面等を参酌し、その技術的構成を確定する必要がある。
したがって、次のような理由により、本件特許発明の明細書のうち発明の説明と図面等を参酌して確定される争点文言の技術的構成は、「第2オイル供給路を介して第3オイル供給路に流動したオイルが第1オイル供給路に提供されるオイルの流動経路においてオイルの圧力が第1オイル供給路の方向に継続して維持されること」とするのが妥当である。
①本件特許発明において、圧縮機が作動すれば、第2オイル供給路を介してハウジング部の内側壁に流入したオイルは第3オイル供給路に流動してから第1オイル供給路に供給され(明細書[0065]段落)、第2オイル供給路を介して第3オイル供給路に流動したオイルの量が第1オイル供給路が必要とする量より多い場合、第3オイル供給路はオイルを一時的に貯蔵する役割も果たすようになる([0073]段落)。上記のような手段を通じ、本件特許発明は回転軸を支持するベアリング部にオイルの供給が「円滑に」なされて潤滑作用が向上し、密封部にオイルを「持続的に」供給でき、密封部の摩耗を減らすことができる効果を得る([0075、0077]段落)。(※判決はこれ以外にも多数の判断根拠を提示しているが、上記と大同小異でもあるため、紙面の関係上省略する)
②以上のとおり、請求の範囲の文言の一般的な意味に基づき本件特許発明の明細書の発明の説明を参酌すると、争点文言は「第2オイル供給路を介して第3オイル供給路に流動したオイルが第1オイル供給路に円滑に持続的に提供され得ること」と解釈することができる。
(3)侵害判断
次のような理由により、被告製品において第2オイル供給路を介して争点の溝に流動したオイルが第1オイル供給路に至る経路において、オイルの圧力が第1オイル供給路の方向に継続して維持され得るとはいえない。したがって、被告製品が争点文言の構成を備えるとは認め難い。(下記の判決内容には、技術的分析や専門家の陳述についての判断等が含まれているが、それらは複雑かつ仔細に過ぎるため、その要旨のみ紹介する)
被告製品において、第1オイル供給路(下記写真の赤色部分)は最上段の12時方向に位置するため、10時方向と2時方向の第2オイル供給路(緑色部分)を介して争点の溝(青色部分)に流動したオイルの圧力が12時方向の第1オイル供給路(赤色部分)の方向に継続して維持されるためには、争点の溝内におけるオイルの上方への圧力が下方への圧力より大きくなければならない。
<被告製品の写真>
赤色-第1オイル供給路、緑色-第2オイル供給路、青色-円形溝(第3オイル供給路に対応)、紫色-軸方向流路
しかし、被告製品の各オイル供給路の断面積と軸方向流路(紫色部分)の断面積の大きさに基づくと、10時方向と2時方向の第2オイル供給路(緑色部分)を介して争点の溝(青色部分)に流動したオイルのうち相当部分は軸方向流路(紫色部分)に排出されるといえるため、上方へのオイル圧力は下方へのオイル圧力よりも大きくないと認められる。
仮に、原告が通常の技術者による一般的認識とは異なり、第2オイル供給路を介して第3オイル供給路に流動したオイルが第1オイル供給路に供給される「可能性」のみある場合には本件請求項1の争点文言の構成を備えるということを意図していたと想定しても、下記の理由により、上記解釈を前提とした機能的構成は、本件請求項1の発明の権利範囲に含まれると解することはできない。したがって、仮に、被告製品において「第2オイル供給路を介して第3オイル供給路に流動したオイルが第1オイル供給路に供給される可能性がある」としても、そのような事情のみでは被告製品が争点文言の構成を備えているということはできない。
①関連無効訴訟において、法院は、本件請求項1の発明の構成のうち、争点文言の構成を除いた残りの構成はいずれも先行発明により公知となっているが、争点文言の構成は公知となっておらず、通常の技術者が先行発明から争点文言の構成を導き出すことが容易であるとはいい難いことを理由とし、進歩性を否定しなかった。
②特に関連無効訴訟において、法院は、争点文言の構成のうち、円形の溝という形状よりも、先行発明の対応構成(円形の粗面)が「第2オイル供給路を介して第3オイル供給路に流動したオイルが第1オイル供給路に供給されるようにし、圧縮機の駆動中にオイルを一時的に貯蔵し、潤滑作用が円滑になされる機能と作用効果を有するか」に注目して進歩性を判断した。
③したがって、第三者が本件請求項1の発明を実施できるかは、争点文言により確定される技術的構成を実施できるかの問題に帰結する。しかし、本件請求項1の争点文言、特に「供給が可能であること」は、本件明細書にその意味が別途に定義又は限定されていないのみならず、それを可能にする技術的構成も開示されていないため、第三者が本件特許の明細書の記載のみをもってしては果たしていかなる構成が本件請求項1の発明について侵害するかを予測することも難しい。
④それにもかかわらず、原告の主張のように、争点文言を文言どおり第2オイル供給路を介して第3オイル供給路に流動したオイルが第1オイル供給路に供給される可能性があるあらゆる構成であると解釈し、そのような構成を有する物を本件請求項1の発明の権利範囲に含まれると認めるのは、本件特許発明の明細書の他の記載に照らしてみて明らかに不合理であるのみならず、第三者に対する法的安定性を不安定にするものであり、正義と衡平の原則に反するというのが妥当である。
専門家からのアドバイス
本件は、請求項に機能的表現として記載された争点文言「供給が可能であること」の解釈が争点になった。
これを文言どおりに解釈すれば、「供給することが可能」であれば足り、「常に供給がなされる」という解釈までは不要と解される余地を残している。この点につき特許法院は、当該機能的表現の意味が明細書に明確に説明されておらず、機能的表現に該当する構成が何かについても明確に記載されていないため、第三者はいかなる構成が争点文言に関連して侵害するか否かを予測することが困難であるとして、争点文言を文言どおり「供給することが可能」であればよい構成とは解釈せず、狭く解釈して非侵害と判断した(当該事件は上告提起なしに確定した)。
権利化等の実務においては、発明の性格や他の理由により請求項に機能的表現を記載して出願や補正・訂正をする場合があるが、そうした機能的表現は、進歩性の判断時には広く解釈されて不利な扱いを受ける一方で、権利行使時に狭く解釈される場合があり、本件はその具体的事例として参考にできる。
ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム
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