知財判例データベース 特許発明の課題等に基づいて大腸下剤組成物の進歩性が認められた事例
基本情報
- 区分
- 特許
- 判断主体
- 特許法院
- 当事者
- 原告 A株式会社 vs 被告 B株式会社等
- 事件番号
- 2024ホ12005登録無効(特)
- 言い渡し日
- 2025年05月29日
- 事件の経過
- 確定
概要
特許発明は、大腸内視鏡の検査前に服用する腸洗浄剤であって、従来の経口硫酸塩製剤に一定量のシメチコンを含有しており、従来の製剤と同等水準の大腸洗浄効果を奏しつつ服用量を減らしたことに特徴がある。原告は経口硫酸塩製剤を開示する先行発明により特許発明の進歩性が否定されると主張したのに対し、特許法院は、特許発明と先行発明は課題の解決手段が相違し、特許発明の総投与量及びシメチコンの投与量の構成は先行発明から容易に導き出されないとして、特許発明は先行発明により進歩性が否定されないと判断した。
事実関係
被告らは「硫酸塩を含む大腸下剤組成物」を発明の名称とする発明について2020年6月19日付で登録を受けた。原告は被告らを相手取り、当該特許発明は先行発明の組合せにより進歩性が否定されることを理由として登録無効審判を請求したが、特許審判院は原告の審判請求を棄却する審決をした。原告は上記審決を不服とし、審決取消訴訟を提起した。
特許発明は審判段階において訂正され、訂正後の請求項1は次のとおりである。
[請求項1]
無水硫酸マグネシウム、硫酸カリウム、無水硫酸ナトリウム及びシメチコンからなる主成分を含む固形製剤形態の大腸下剤であって、上記製剤はコポビドン、ポリエチレングリコール及びポビドンからなる群から選択される1種以上の水溶性結合剤を含み、総投与量が下記のとおりであることを特徴とする大腸下剤。
無水硫酸ナトリウム:31.5g
硫酸カリウム:5.63g
無水硫酸マグネシウム:2.88g
シメチコン:0.32g
構成要素 | 特許発明 | 先行発明4 |
1 | 無水硫酸ナトリウム、 硫酸カリウム、 無水硫酸マグネシウム、及び シメチコン からなる主成分を含む |
-単位投与量当たり約17.5gの硫酸ナトリウム -単位投与量当たり約3.13gの硫酸カリウム、及び -単位投与量当たり約1.6gの硫酸マグネシウムを含む -界面活性剤をさらに含む。シメチコン(又はポリジメチルシロキサン及びシリカゲルのいずれかの混合物)、ジメチコン又は類似若しくは等価物界面活性剤が選択的に約5mg~450mg添加され得る。 |
2 | 総投与量が下記のとおりであることを特徴とする大腸下剤。 無水硫酸ナトリウム:31.5g 硫酸カリウム:5.63g 無水硫酸マグネシウム:2.88g シメチコン:0.32g |
同上 |
3 | 上記製剤は、コポビドン、ポリエチレングリコール及びポビドンからなる群から選択される水溶性結合剤を含み、 | (対応構成要素なし) |
4 | 固形製剤形態の大腸下剤である | -下剤として使用するための組成物 -組成物は、液体、懸濁液、錠剤、カプセル、噛むことができる(chewable)又は吸うことができる(suckable)単位投与量の形態又はある薬学的に許容可能な製剤として製造されるか製剤化される。 |
特許法院において原告は、下記の理由を挙げて特許発明が先行発明4、先行発明4と周知慣用技術との結合、又は先行発明4と先行発明1との結合により容易に発明でき進歩性が否定されると主張した。
(1)通常の技術者は先行発明4の単位投与剤形が2回服用されて総投与量が単位投与剤形の2倍になることを十分に把握でき、「約」という表現は通常の技術者にとって概ね±10%を意味するため、先行発明4は従来製剤の硫酸塩の含量に比べて-10%の用量も実質的に開示している。
(2)先行発明4には、シメチコンを製剤内に含めることができる旨が記載されており、これが気泡除去に効果的であることも実施例を通じて開示されており、シメチコンは一般に下剤と併用することが勧められない成分ではない。
(3)先行発明4は錠剤形態で利用され得ることを明確に開示しており、先行発明1の具体的実施例等において結合剤であるポリエチレングリコールを使用しているため、通常の技術者は、先行発明4及び1を組み合わせて固形製剤を製造するために水溶性結合剤を使用することを容易に把握することができる。
(4)特許発明の明細書には何ら先行発明4との効果を比較するに値する資料がなく、従来のOSS(Oral Sulfate Solution、経口用硫酸塩液剤)製剤と比較すると腸洗浄成功率が含量の減少とともに若干低下することを把握でき、吐気及び嘔吐はOSS製剤に比べ改善されているとはいえず、硫酸塩の含量と腸洗浄効果の相関性は、特許発明の出願日前に既に公知となっていた。したがって、通常の技術者は、その含量を減らしてもある程度効果を奏し得ることを十分に予想することができる。判決内容
特許法院は、特許発明と先行発明4とを対比し、下記2つの差異点があることを認定した。
①差異点1:特許発明の構成要素2は各成分の「総投与量」を限定しつつ、3種類の硫酸塩類の総投与量を従来の製剤服用量に比べ90%の量に限定している一方、先行発明4は「単位投与量当たりの各成分の量」を限定しており、具体的な3種類の硫酸塩類の単位投与量として従来の製剤服用量の50%の量を開示している点
②差異点2:特許発明の構成要素3はコポビドン、ポリエチレングリコール及びポビドンからなる群から選択される水溶性結合剤を含むことであるが、先行発明4にはこれに関する明示的記載がない点
まず差異点2について特許法院は、錠剤の製造時に必要に応じて結合剤を使用することは、特許発明の属する技術分野の周知慣用技術に該当し、通常の技術者が先行発明1に提示された水溶性結合剤を採択し、公知となった水溶性結合剤の成分の中から適切な成分を選択して使用することは特に困難性がないといえ、その効果も予測可能であることを理由とし、先行発明の結合により容易に導き出されると判断した。
しかし、特許法院は、次の根拠を挙げて、差異点1は通常の技術者が先行発明4から容易に克服できないと判断した。
(1)特許発明の明細書の記載によると、特許発明は、大腸下剤としての機能は維持しつつ、服薬順応度を改善するために固形製剤形態で具現された腸管下剤経口投与製剤であって、従来の3種類の硫酸塩類製剤に比べ90%水準の服用量でも従来の製剤と同等水準の大腸洗浄効果を奏し、吐気や嘔吐等の消化器の副作用が減少した腸管下剤固形製剤を提供することを技術的課題としている。本技術的課題を解決するために特許発明が採択している技術思想の核心は、シメチコンを一定量(0.32g)複合させることにより硫酸ナトリウム、硫酸カリウム及び硫酸マグネシウムを従来の製剤に比べ90%水準(硫酸ナトリウム31.5g、硫酸カリウム5.63g、硫酸マグネシウム2.88g)で投与しつつも従来の製剤と同等の大腸洗浄効果を奏し、薬物服用による吐気及び嘔吐の発生が少なく、服薬順応度が改善された固形製剤形態の大腸下剤を提供することができるようにする作用効果を奏することである。
一方、先行発明4は、死亡及び/又は患者の疾病率を減少させ、洗浄過程を楽にして患者の服薬遵守(patient compliance)を可能にすることを解決課題としている発明である。すなわち、従来の下剤組成物は体積が過度に大きかったり味が不快であり、疾病や死亡の危険等の副作用があったが、先行発明4は、これを克服するために水溶性ナトリウム、カリウム及びマグネシウム塩と糖分を組み合わせ、特にナトリウムと糖分を組み合わせることにより、それぞれの構成要素を同等の量で使用したとき、既知の効果から期待される効果よりも優れた下剤効果を奏する下剤組成物を提供しようとするものであることが分かる。
特許発明は3種類の硫酸塩類以外にシメチコンをさらに含む一方、先行発明4はキシロースのような糖分をさらに含むものであって、3種類の硫酸塩類の服用量を減少させる両発明の課題の解決手段が異なり、糖分との組み合わせの効果として塩の量を減少させることができることを開示する先行発明4から、減少した量の3種類の硫酸塩類と一定量のシメチコンを組み合わせた特許発明の構成は、容易に導き出されるとはいい難い。
(2)先行発明4は、水溶性ナトリウム、カリウム及びマグネシウムと糖分等を組み合わせる場合、各構成成分を単独で使用した場合よりも優れた下剤効果を誘発するため、各構成成分の量を減少させることができることを開示しているが、要求される下剤効果を維持しつつ、減少させることができる各構成成分の量がどの程度かについては開示されていない。さらに、先行発明4は、単位投与量当たりの構成成分の量を開示しているのみで、総投与量が分かる記載はない。したがって、特許発明の各構成成分の総投与量は、先行発明4から容易に導き出されない。
(3)先行発明4には、シメチコンは界面活性剤として選択的に約0.005~0.45g(約5~450mg)添加され得ると記載されているのみで、シメチコンと硫酸塩類の比率等は提示されていない点を考慮すると、通常の技術者が先行発明4に示されたシメチコンの量から特許発明のシメチコンの投与量を認識できるとはいえず、特許発明の総投与量は通常の技術者が適宜選択できる程度に過ぎないともいい難い。
さらに、硫酸塩の含量と腸洗浄効果の相関性は特許発明の出願日前に既に公知となっているため、特許発明の効果は予想可能であるとした原告の主張について、特許法院は、特許発明が3種類の硫酸塩類とシメチコンを複合させたとき、洗浄効果を維持しつつ服用量が軽減された錠剤を製造するための総投与量を具体的に限定したものであることから、単に硫酸塩の含量と下剤効果が相関性を有するという点によって訂正発明の効果を容易に予測できるとはいい難いとし、原告の主張を排斥した。
専門家からのアドバイス
本件の特許発明は、大腸内視鏡の検査前に服用する腸洗浄剤においてシメチコンを添加して服用量(投与量)を減少させたものであったところ、従来の腸洗浄剤を開示する先行発明とは課題の解決手段が相違し、先行発明から具体的な投与量等の構成は導き出されないとして、特許発明の進歩性が認められた。
シメチコンの成分自体は先行発明に界面活性剤として選択的に添加できる旨が開示されていたが、特許発明はシメチコン等の構成成分とそれらの含量とを特定した組成物発明であって、従来技術とは相違する新たな課題を解決するための手段として特定構成成分を特定含量で追加したという点において進歩性が認められた。組成物発明の進歩性が認められるために実務上の参考になる事例といえる。
ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム
ジェトロ・ソウル事務所 知的財産チームは、韓国の知的財産に関する各種研究、情報の収集・分析・提供、関係者に対する助言や相談、広報啓発活動、取り締まりの支援などを行っています。各種問い合わせ、相談、訪問をご希望の方はご連絡ください。
担当者:大塚、李(イ)、半田(いずれも日本語可)
E-mail:kos-jetroipr@jetro.go.jp
Tel :+82-2-3210-0195