知財判例データベース 物の製法及び構造等が互いに異なる先行発明の結合は容易でないとの理由により、特許発明の進歩性を認めた事例

基本情報

区分
特許
判断主体
特許法院
当事者
原告 株式会社A vs 被告 株式会社B
事件番号
2023ホ11937登録無効(特)
言い渡し日
2024年05月02日
事件の経過
上告審理不続行棄却

概要

被告(無効審判請求人)は、特許発明が限定する主な物性が開示された2以上の先行発明の結合により特許発明を容易に導き出すことができると主張したが、特許法院は、先行発明を結合する動機がなく結合が容易でないとの理由により無効審判請求人の主張を排斥し特許発明の進歩性を認めた。

事実関係

原告は「CVD方式で形成されたSIC構造体」を発明の名称とする発明について2020年8月26日に特許登録を受けた。被告は2020年4月26日に本件特許の請求項1~3及び5の発明について無効審判を請求し、特許審判院は「請求項1及び2の発明は先行発明1,2の結合によって、請求項3の発明は先行発明1によって、請求項5の発明は先行発明1,3の結合によって進歩性が否定される」との理由により被告の審判請求を認容する審決を出した。

原告が提起した審決取消訴訟において被告は、請求項1の発明と先行発明1はそれぞれCVD方式及び焼結方式で製造されるため製造方法に差があるが、請求項1の発明と先行発明1は熱伝導率の方向性が同じであり、結晶粒の方向性の差はCVD方式で製造された先行発明2に開示されているため、請求項1の発明は先行発明1,2の結合によって進歩性が否定されると主張した。

特許発明の請求項1は、次のとおりである。
[請求項1]
チャンバ内部でプラズマに暴露するように用いられるSiC構造体において(以下「構成要素1-1」という)、
プラズマに最大に暴露する面に垂直な方向を第1方向、プラズマに最大に暴露する面に水平な方向を第2方向と定義するとき、前記第1方向の熱伝導度/前記第2方向の熱伝導度の値は1.0未満であり(以下「構成要素1-2」という)、
前記第1方向の長さが前記第2方向の長さよりも長く形成された結晶粒構造を含むものである(以下「構成要素1-3」という)、
CVD方式で形成されたSiC構造体(以下「構成要素1-4」という)。

判決内容

特許法院は、特許発明は先行発明によって進歩性が否定されないと判断して原告の請求を認容した。先行発明1,2に対する本件請求項1の発明の進歩性に関する特許法院の判決内容は、下記のとおりである。

特許法院は、まず関連法理として下記の内容を提示した。
(1)ある特許発明の請求の範囲に記載された請求項が複数の構成要素からなる場合には、各構成要素が有機的に結合した全体としての技術思想が進歩性判断の対象になるのであって各構成要素が独立して進歩性判断の対象になるのではないため、その特許発明の進歩性の有無を判断するにおいては、請求項に記載された複数の構成を分解したうえで分解された各個別の構成要素が公知となったものであるかのみを判断してはならず、特有の課題解決原理に基づいて有機的に結合した全体としての構成の困難性を判断すべきであり、このとき、結合された構成全体としての発明が持つ特有の効果も共に考慮しなければならない。また、復数の先行技術文献を引用して特許発明の進歩性を判断するに当たって、その引用された技術を組み合わせ又は結合すれば当該特許発明に至ることができるとの暗示、動機等が先行技術文献に提示されているか、そうでないとしても当該特許発明の出願当時の技術水準、技術常識、当該技術分野の基本的課題、発展傾向、当該業界の要求等に照らして通常の技術者が容易にそのような結合に至ることができると認められる場合には、当該特許発明の進歩性は否定される(大法院2007年9月6日言渡2005フ3284判決、大法院2009年10月29日言渡2009フ1644判決等参照)。

(2)提示された先行文献を根拠として発明の進歩性が否定されるかを判断するためには、進歩性否定の根拠となり得る一部の記載だけではなく、その先行文献全体によって通常の技術者が合理的に認識することができる事項に基づいて対比判断をしなければならない。また、上記一部の記載部分と相反するかこれを不確かにする他の先行文献が提示された場合には、その内容までも総合的に考慮したうえで通常の技術者が当該発明を容易に導き出すことができるかを判断しなければならない(大法院2016年1月14日言渡2013フ2873判決)。

続いて特許法院は特許発明と先行発明1を対比し、先行発明1に特許発明のSiC構造体の特定の方向に応じた相対的な熱伝導率が明示的に開示されていない点(相違点1)、先行発明1に特許発明の第2結晶粒の方向性に関する技術的特徴が開示されていない点(相違点2)、特許発明はCVD方式で形成されたβ-SiCからなるのに対し、先行発明1はα-SiC型結晶構造を有する複数の第1結晶粒とβ-SiC型結晶構造を有する複数の第2結晶粒とをいずれも含むSiC焼結体であるという点(相違点3)において差があるとし、下記の理由で上記相違点2,3は先行発明1,2の結合によって容易に克服できないため特許発明の進歩性が否定されないと判断した。

(1)特許発明は、CVD方式で形成されたβ-SiC結晶に基づいて優れた耐プラズマ特性を維持する効果を有するSiC構造体に関するもので、その技術思想の中核は、プラズマに最大に暴露する面に垂直な方向(第1方向)の結晶粒長さがプラズマに最大に暴露する面に水平な方向(第2方向)の結晶粒長さよりも長く形成されることによって、プラズマによりエッジリングがエッチングされても粉塵の発生を抑えられる等、製品の設計に有利な効果を奏することにある。

(2)しかし、CVD方式は焼結方式に比べて多くの費用がかかり、またCVD方式で形成されるβ-SiCはα-SiCに比べてプラズマに弱いところ、先行発明1は、上記の問題を解決するためにα-SiC粉末とβ-SiC粉末の混合物を焼結してSiC構造体を製造することにより耐プラズマ特性に優れたフォーカスリングを得ることを技術的意義とする。このような理由から、先行発明1は、SiC構造体の耐プラズマ特性を向上させるためにα-SiC結晶を70%以上含みβ-SiC結晶はできる限り少量とすることを開示している。つまり、先行発明1はCVD方式で形成されるβ-SiC結晶について否定的な内容を開示している。

(3)先行発明2には、CVD方式で製造したSiC構造体において、SiC構造体はSiC結晶を基板上に形成し、その後基板を除去した自立体からなると記載されている。特許発明の構成要素1-3について先行発明2の対応する構成に関連し、プラズマに最大に暴露する面に垂直な方向(SiC部材の厚さ方向)の結晶粒長さがプラズマに最大に暴露する面に水平な方向(SiC部材の径方向)の結晶粒長さよりも長く形成されている結晶粒構造であるという点では差がないといえる。しかし、先行発明1はCVD方式で形成されたβ-SiCについて否定的な内容を開示しているため、かかる先行発明1に、CVD方式で形成されたβ-SiCからなるSiC構造体に関する先行発明2を結合する動機がない。また、先行発明1において、α-SiCよりも耐プラズマ性の弱いCVD方式で形成されたβ-SiCからなるようにSiC構造体の製造方法を変更することは、先行発明1の技術的意義を失わせることである。

(4)さらに、焼結方式を採択した先行発明1は、フォーカスリングを構成するSiC結晶が特定の方向に一定の結晶粒形状を有することについての認識が全くない。これは、先行発明1が焼結方式を採択している以上、当然のことである。なぜなら、α-SiCとβ-SiCを混合した後に焼結させてSiC構造体を製造する焼結方式において、構造体をなす結晶が特定の方向に一定の結晶粒形状を有するSiC構造体を製造することは事実上不可能であるためである。

(5)結局、通常の技術者が先行発明2を参考にしたとしても、先行発明1の焼結方式をCVD方式に変更する動機がなく(相違点3)、焼結方式を採択した先行発明1と先行発明2を結合するとしても、成長方向が当該方向に垂直な方向よりも長い結晶粒構造を製造することは極めて難しい(相違点2)。したがって、相違点2,3は、通常の技術者が先行発明1と2を結合しても容易に克服できるとは認め難い。

専門家からのアドバイス

韓国の特許実務上、特許発明の進歩性欠如の有無は、先行発明と特許発明を比較していかなる相違点があるかを把握し、通常の技術者(すなわち当業者)がその相違点にもかかわらず先行発明から特許発明を容易に導き出すことができるかを判断するのが一般的である。本件判決も一般的な進歩性判断方法に基づいたものであって、特許法院は、特許発明の構成が各先行発明のいずれかに開示されているが各先行発明の結合が容易でないという理由により、先行発明と特許発明の相違点を容易に克服できないと判断した。
具体的に、特許発明の構成はCVD方式で形成されたSiC構造体(β-SiC型結晶が形成される)の物性に関するものであったが、これに対して、焼結方式を採用する先行発明1(主にα-SiC結晶からなる)は否定的な内容を開示しているところ、特許法院は、かかる先行発明1をCVD方式で形成されたSiC構造体に関する先行発明2と結合する動機がなく、また、先行発明1をCVD方式に変更することはその本来の意義を失わせるものであるという点で特許発明の構成を導き出すことは容易でないと判断した。
特許発明が限定する物の構造や物性が各先行発明のいずれかに開示されている場合でも、各先行発明の結合が困難な事情があるときには特許発明の進歩性が否定されないものと判断される。本件は、こうした韓国における進歩性判断の具体的な事例として、実務上参考になる。

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