知財判例データベース 特許発明の出願・審査過程における追加実験の結果及び自発補正を根拠として、特許発明は確認対象発明との均等関係に該当しないとされた事例
基本情報
- 区分
- 特許
- 判断主体
- 特許法院
- 当事者
- 原告 A株式会社 vs 被告 B株式会社
- 事件番号
- 2023ホ12169権利範囲確認(特)
- 言い渡し日
- 2024年07月25日
- 事件の経過
- 請求棄却
概要
特許発明は高血圧治療用医薬品に関し、これに対し本件権利範囲確認審判における確認対象発明は界面活性剤としてポリソルベートを使用する等、賦形剤の成分において特許発明との差異点があった。特許法院は、本件特許の出願過程において、審査官の進歩性欠如の拒絶理由に対応するために特許権者が提出した追加実験資料に基づき、特許発明の技術思想の核心は特定の賦形剤の組合せと、そのうちの界面活性剤であるポリソルベートの特定含量にあるとし、特許発明及び確認対象発明における課題の解決原理が同一ではないと判断した。さらに、仮に両発明における課題の解決原理及び作用効果の同一性、構成変更の容易性が認められるとしても、本件特許の出願過程において自発補正を通じて賦形剤の成分を具体的に限定する補正をした点、及び、自発補正後に追加実験の結果を提出して「特定の賦形剤の組合せがマシテンタン含有製剤の安定性を図る」旨の主張をした点に基づき、均等侵害の要件としての意識的除外に該当すると判断した。
事実関係
原告の本件特許発明はマシテンタンを主成分として含む安定した製薬学的組成物に関し、請求項1は次のとおりである。
[請求項1]肺動脈高血圧(pulmonary arterial hypertension)の治療に用いられ、下記成分を含有する安定した製薬学的組成物。
a)化学式Iの化合物、又はこの製薬学的に許容される塩、溶媒化合物若しくは水和物、
[化学式I]

b)微細結晶性セルロース(microcrystalline cellulose)とラクトース一水和物により構成された充填剤(filer)、
c)ナトリウムデンプングリコレート、又はナトリウムデンプングリコレートとポリビニルピロリドンとの組合せにより構成された分解剤、
d)製薬学的組成物の全重量に基づき、重量で最大0.1~3%の量のポリソルベートにより構成された界面活性剤、
f)マグネシウムステアレートにより構成された潤滑剤。
被告が実施する確認対象発明は、上記c)の崩解剤(分解剤)としてナトリウムデンプングリコレート、又はナトリウムデンプングリコレートとポリビニルピロリドンとの組合せの代わりにクロスカルメロースナトリウムを使用し、上記d)の界面活性剤として最大0.1~3重量%の量のポリソルベートの代わりに0.1~3重量%のポロクサマーを使用する点において差異がある。
一方、原告は、本件特許の出願当時、請求項1にマシテンタンと4種類の機能を有する賦形剤を記載していたが、自発補正を通じて各賦形剤を具体的成分及び含量に限定した(請求項1におけるb)~f)成分の構成に該当し、このうちd)成分の界面活性剤をポリソルベートに限定する補正を含む)。その後、先行発明により進歩性がない旨の拒絶理由を受けた後、各賦形剤の成分及び含量を上記請求項1のように限定し、特許決定を受けた。
本件権利範囲確認審判の審決取消訴訟において原告は、特許発明の課題の解決原理はポリソルベートに代表される界面活性剤を全体のうち特定重量%含むことによりマシテンタン含有製剤を安定化させることであり、確認対象発明はポリソルベートの最も一般的な代替剤であり、かつ同じノニオン性界面活性剤に分類される「ポロクサマー」を同じ重量%使用してマシテンタン含有製剤の安定性を達成したことであるため、課題の解決原理が同一であると主張した。
また、被告は、原告が特許発明の出願過程において拒絶理由通知前に自発補正を通じて賦形剤を具体的成分に限定した点について、国際調査報告書に「X」カテゴリーとして提示された文献を参考にして進歩性否定の拒絶理由を回避しようとして補正したと主張したが、これに対して原告は、国際調査報告書において審査官が提示した見解にはいかなる拘束力もなく、自発補正をしながらも特許発明の特性についていかなる意見も開陳していないため、意識的除外には該当しないと主張した。
判決内容
特許法院は、特許発明は確認対象発明の構成と文言上一致しないため文言侵害には該当しないと判断し、また、特許発明と確認対象発明は課題の解決原理が互いに相違するため均等関係にあるとも言えないと判断した。さらに、仮に特許発明と確認対象発明が課題の解決原理と作用効果が同じであり、構成の変更が容易であるとしても、確認対象発明は出願過程において意識的に除外されたものと判断し、原告の請求を棄却した。このうち具体的な均等侵害に係る特許法院の判決内容は、下記のとおりである。
(1)課題の解決原理の同一性
イ.関連法理
特許発明と対比される確認対象発明が特許発明の権利範囲に属するといえるためには、特許発明の特許請求の範囲に記載された各構成要素とその構成要素間の有機的結合関係が確認対象発明にそのまま含まれていなければならない。確認対象発明において特許発明の特許請求の範囲に記載された構成のうち変更された部分がある場合にも、特許発明と課題の解決原理が同一であり、特許発明と実質的に同一の作用効果を奏し、そのように変更することがその発明の属する技術分野において通常の知識を有する者(以下「通常の技術者」という)が誰でも容易に考え出せる程度であれば、特別な事情がない限り確認対象発明は特許発明の特許請求の範囲に記載された構成と均等なものであって、依然として特許発明の権利範囲に属するというべきである。
確認対象発明と特許発明の「課題の解決原理の同一性」を判断する場合には、請求の範囲に記載された構成の一部を形式的に抽出するのではなく、明細書に記された発明の説明の記載と出願当時の公知技術等を参酌し、先行技術と対比してみるときに、特許発明において特有の解決手段が基礎としている技術思想の核心が何かを実質的に探求して判断すべきである。特許法が保護しようとする特許発明の実質的価値は、先行技術で解決されていない技術課題を特許発明が解決し、技術発展に寄与したことにあるため、確認対象発明の変更された構成要素が特許発明の対応する構成要素と均等かを判断するときにも、特許発明に特有の課題の解決原理を考慮すべきである。さらに、特許発明の課題の解決原理を把握するときに、発明の説明の記載のみならず出願当時の公知技術等まで参酌するのは、全体の先行技術との関係において特許発明が技術発展に寄与した程度に応じて特許発明の実質的価値を客観的に把握し、それに対して適切な保護をするためである。したがって、このような先行技術を参酌し、特許発明が技術発展に寄与した程度に応じて特許発明の課題の解決原理をどれだけ広く又は狭く把握するかを決定すべきである。ただし、発明の説明に記載されていない公知技術を根拠とし、発明の詳細な説明から把握される技術思想の核心を除外したまま他の技術思想を技術思想の核心として代替してはならない。発明の説明を信頼した第三者が発明の詳細な説明から把握される技術思想の核心を使用していないにもかかわらず、上記のように代替された技術思想の核心を使用していることを理由として課題の解決原理が同じであると判断する場合には、第三者に予測できない損害を及ぼすおそれがあるためである(大法院2019年1月31日言渡2017フ424判決等参照)。
ロ.特許発明の課題の解決原理について
本件特許発明の出願過程において拒絶理由を克服するために提出した追加実験の結果によると、特許発明の請求の範囲をすべて満たす追加実施例のみ特許発明が追求する目的である安定性を満たしているが、特許発明の特定賦形剤b)~f)のうち1つがないか若しくは代替された構成、又はd)成分の含量のみが変更された参考実施例においては安定化の効果が達成されておらず、原告自らも意見書を通じて参考実施例から安定性を得られなかった旨を明らかにした。すなわち、特許発明は、マシテンタンを主成分として含有する安定した製薬学的組成物の製剤化の過程において、賦形剤として広く使用される充填剤、崩解剤、界面活性剤、潤滑剤のうち、b)~f)の特定の組合せと、そのうちの界面活性剤であるポリソルベートの含量が0.1~3重量%である場合、マシテンタンの安定性を向上させることができることを確認したことに基づいたものであり、これを超えて界面活性剤を全体の特定重量%含んだ場合又はノニオン性界面活性剤を特定重量%含む場合は、安定性向上の効果を確認したとは認め難い。したがって、特許発明の課題の解決原理は、「主成分であるマシテンタンを含有する製薬学的組成物の製造において、b)~f)の特定の賦形剤の組合せにより安定性の効果を達成したこと、特にポリソルベートを界面活性剤とし、その含量を0.1~3重量%に限定した技術的構成」にあると認めるのが妥当である。
ハ.確認対象発明の特許発明の技術思想の核心の具現性
確認対象発明は、b)~f)の特定の賦形剤の組合せ、特にポリソルベートを界面活性剤とし、その含量を0.1~3重量%に限定した技術的構成を含んでいない点において、特許発明と差異がある。確認対象発明には、特許発明に特有の解決手段が基礎としている技術思想の核心である「主成分であるマシテンタンを含有する製薬学的組成物の製造において、b)~f)の特定の賦形剤の組合せにより安定性の効果を達成したこと、特にポリソルベートを界面活性剤とし、その含量を0.1~3重量%に限定する構成」がないため、課題の解決原理は同一ではない。
(2)意識的除外であるかについて(仮定的判断)
イ.関連法理
特許発明との対比対象となる確認対象発明が特許発明と均等関係にあり、特許発明の保護範囲に属するか否かを判断するにおいて、特許出願人ないし特許権者がその出願過程等において確認対象発明を特許請求の範囲から意識的に除外したといえる場合には、確認対象発明が特許発明の保護範囲に属すると主張することは禁反言の原則に違反するため許容されない。特許発明の出願過程において、確認対象発明が特許請求の範囲から意識的に除外されたことに該当するか否かは、明細書のみならず、出願から特許となるまでに特許庁の審査官が提示した見解及び特許出願人が審査過程において提出した補正書と意見書等に示された出願人の意図等を参酌して判断すべきである。したがって、出願過程において請求の範囲の減縮がなされた事情のみによって減縮前の構成と減縮後の構成を比較し、その間に存在する全ての構成が請求の範囲から意識的に除外されたと断定すべきものではなく、拒絶理由通知に提示された先行技術を回避する意図によりその先行技術に示された構成を排除する減縮をする等のように、補正理由を含め出願過程において現れた種々の事情を総合し、出願人がある構成を権利範囲から除外しようとする意思が存在するということができるとき、これを認めることができる。また、このような法理は、請求の範囲の減縮なしに意見書提出等を通じた意見陳述のみがあった場合にも同様に適用される(大法院20174月26日言渡2014フ638判決等参照)。
ロ.具体的判断
意識的除外であるか否かは、出願人が出願過程において提出した補正書と意見書等に示された出願人の意図、補正理由等を含め、出願過程において現れた種々の事情を総合的に参酌して判断するものであり、自発補正である場合は該当しないとはいい難い。また、国際調査報告書は、出願人に先行技術の存否等を予め知らせて出願人が指定国で特許取得ができるかの可能性を評価し、これに備えるために参考資料として活用できるものであることから、国際調査報告書は指定国における審査を拘束する効果がないという事情のみに基づき、意識的除外であるかを判断するのにそれを排除する理由はない。原告は自発補正後、一貫して「本件請求項1の発明のb)~f)の特定の賦形剤の組合せがマシテンタン含有製剤の安定性を図る」旨の主張をし、進歩性の否定を避けようとしたが、特許庁の審査官が補正された請求項1に対して先行発明1、2の結合により進歩性が否定される旨の拒絶理由を通知した後に、原告は追加実施例に一致する賦形剤の組合せ及び含量に限定する補正をした点等に鑑みると、確認対象発明の賦形剤の組合せは、本件特許発明の出願過程において原告により意識的に除外されたというのが妥当であると判断した。
専門家からのアドバイス
均等侵害論は、特許発明が技術発展に寄与した程度に応じて適切な権利の保護を図るために導入された理論であって、韓国でも判例によって認められている。
具体的に本件の均等侵害の判断、特許法院は、特許出願過程での進歩性欠如の拒絶理由に対応するために特許権者が追加実験資料を提出し、特許発明における賦形剤のb)~f)の組合せがマシテンタン含有製剤の安定性を図る旨を主張・立証した点に鑑み、特許発明の技術思想の核心は賦形剤のb)~f)の組合せと、このうちc)界面活性剤としてポリソルベートの含量を0.1~3重量%に限定したことにあると認定し、これに基づいて特許発明の課題の解決原理は確認対象発明とは同一でないと判断した。
加えて特許法院は、本件発明及び確認対象発明について課題の解決原理及び作用効果の同一性、構成変更の容易性が仮に認められるとしても、本件発明は均等侵害の要件としての意識的除外に該当すると判断している。すなわち特許法院は、出願人が国際調査報告書を参考にして自発補正をしたことに対して、国際調査報告書は指定国での特許取得の可能性に備えるためのものであって、その段階での自発補正を意識的除外の判断において排除する理由がないと判示している。さらに、特許権者が本件特許の出願過程における自発補正を通じて界面活性剤をポリソルベートに限定する等、各賦形剤を具体的成分に限定した点、及び、自発補正後、追加実験の結果等に基づいて「本件請求項1の発明のb)~f)の特定の賦形剤の組合せがマシテンタン含有製剤の安定性を図る」旨の主張をした点等に注目し、意識的除外に該当すると判断した。
本件は均等侵害の判断において、出願過程での自発補正により発明の構成を限定した内容や、審査過程で追加実験等に基づき主張・提出した内容が、韓国においてどのように考慮されるのかを把握できる事例として、実務上参考になる。
ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム
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