知財判例データベース 植物エキスの調合物発明において、その効果の定性的記載及び分析方法に基づいて記載要件が満たされるとした事例

基本情報

区分
特許
判断主体
特許法院
当事者
原告 A株式会社 vs 被告 特許庁長
事件番号
2023ホ11852拒絶決定(特)
言い渡し日
2024年06月13日
事件の経過
確定

概要

出願発明は美白効果を奏する植物エキス組成物に関するもので、出願明細書にはエキスが美白活性を有する旨の記載及びその効果の分析方法が記載されているだけで、効果を確認できる具体的又は定量的なデータは記載されていなかった。これに対して特許庁と特許審判院は出願明細書の記載に不備があると判断したが、特許法院は、分析方法を再現して効果を確認するのに特別な困難がない以上、記載要件を満たすために必ずしもエキスに関する実験データが明細書に具体的な数値で記載されていなければならないとはいえないとして出願発明について記載不備の拒絶理由がないと判断した。

事実関係

原告は「皮膚のトーン向上のための植物エキスの調合物」を発明の名称とする発明について2021年4月20日に出願したが、2022年5月30日、出願発明の組成物が美白化又は皮膚のトーン均一化の効果を奏すると認めるに足る客観的な根拠や資料が明細書に記載されておらずその組成物に関する効果が確認されたとは認められないため、出願発明の発明の説明は特許法第42条第3項第1号による要件(実施可能要件)を、出願発明は特許法第42条第4項第1号による要件(サポート要件)をそれぞれ満たしていないとの理由で特許拒絶決定を受けた。これに対して原告は拒絶決定不服審判を請求したが、特許審判院は、出願発明の発明の説明にエキスのメラノジェネシス等の活性低下に関する具体的なデータがなく、その記載から通常の技術者が出願発明の効果を確認するためには過度な労力が要求されるという理由で拒絶決定の理由を維持して原告の審判請求を棄却した。原告は上記審決に不服を申し立てて審決取消訴訟を提起した。

出願発明の請求項である請求項1は、下記のとおりである。

[請求項1]
ネイビー(ハリコット(haricot))-ビーン(navy bean)の水性(aqueous)エキス、アズキ(azuki bean)の水性エキス又はネイビービーンの水性エキス及びアズキの水性エキスを含む美白化又は皮膚トーン均一化のための組成物であって、前記組成物の皮膚への局所適用が皮膚におけるメラノジェネシス(Melanogenesis)活性を減少させ、前記皮膚は美白されるか皮膚のトーンが均一化される、組成物。

特許法院において原告は、出願発明はアズキ水性エキス等を含む組成物とこれを用いた美容方法に関するところ、出願発明の明細書にはメラノジェネシス活性の抑制を確認した実験方法とその効果が記載されているので、通常の技術者が出願発明を再現して効果を予測するのに困難があるとは考えられず、また、このような場合において明細書に定量的な実験データが必ずしも記載されていなければならないとはいえず、仮にそうであるとしても審判や訴訟手続で具体的な実験データが提出されていると主張した。

これに対し、被告特許庁は下記のとおり主張した。
出願発明は機能性化粧品発明に該当するところ、機能性化粧品発明は物質を生体に適用したときの効果をその特徴としており試験を経ずには効果を予測し難いという点で医薬用途発明と共通点があることから、医薬用途発明に関する法理が準用される。しかし出願発明の発明の説明には一部の実験結果が定性的に記載されているだけで定量的な実験データが提示されておらず、実施例2はネイビービーンの「粉末」を対象にしたものに過ぎない。従って出願発明の発明の説明は記載要件を満たしているとはいえず、このような場合、出願日以降に提出された実験データによって明細書の記載を補完することもできない。

判決内容

特許法院は、まず関連法理として下記を提示した。
旧特許法第42条第3項第1号は、発明の説明はその発明の属する技術分野で通常の知識を有する者(以下「通常の技術者」という)がその発明を容易に実施することができるように明確かつ詳細に記載しなければならない旨を規定している。これは、特許出願された発明の概要を第三者が明細書だけで容易に把握できるように公開して特許権で保護を受けようとする技術的内容と範囲を明確にするためである。物の発明の場合、その発明の「実施」というのはその物を生産、使用する等の行為をいうため、物の発明において通常の技術者が特許出願当時の技術水準から見て過度な実験や特殊な知識を付加しなくても発明の説明に記載された事項によって物自体を生産しこれを使用することができ、具体的な実験等により証明されていなくても通常の技術者が発明の効果の発生を十分に予測できるならば、上記条項で定めた記載要件を満たすとみなすことができる(大法院2021年12月30日言渡2017フ1298判決等参照)。

続いて特許法院は、通常の技術者が出願発明の明細書に記載された事項と優先権主張日当時の技術常識に基づいて出願発明の組成物を生産して使用するのに困難がないとしたうえで、出願発明の組成物によって発揮される効果を出願発明の明細書の記載から通常の技術者が十分に予測することができると判断した。その具体的な判断根拠として特許法院は下記の内容を挙げた。
①明細書には「メラノジェネシス(Melanogenesis)は皮膚、毛髪及び目に色を付与する自然に生産された色素であるメラニンを生成することによるプロセスである。メラノジェネシスの抑制は皮膚が暗くなることを防いで老化と関連した暗い斑点を明るくするのに役立つ。」と記載されており、メラノジェネシス活性の減少が皮膚の美白化又は皮膚トーン均一化の効果を奏するということは出願発明の優先権主張日以前から知られている事項であるといえ、これについては当事者間に実質的な争いはない。
②出願発明の明細書の識別番号[0111]はネイビービーンの水性エキスとアズキの水性エキスのいずれもメラノジェネシス活性を減少させるのに効果がある旨の結論のみを記載しており、識別番号[0115]はB16メラノジェネシス分析方法のみを提示しているだけで具体的かつ定量的な実験データを明示してはいない。
③識別番号[0115]に記載された細胞培養と分光光度測定を用いた分析方法は、当該技術分野で基礎的な実験技術を有する者であれば容易に実施できる実験方法といえ、「ネイビービーンの水性エキス」や「アズキの水性エキス」はシロインゲンマメ粉末やアズキ粉末から得られた水溶性エキスであるためその生成や細胞処理において通常の技術者に困難があるとはいえない。さらに出願発明の優先権主張日当時の技術水準等を勘案すれば、本件の分析方法の過程で対照群との比較を通じて実験群の効果が有意であるかを判断するのに通常の技術者に特別な困難があるとはいえないところ、通常の技術者は過度な実験や特殊な知識を付加しなくても「ネイビービーンの水性エキス」と「アズキの水性エキス」を対象に本件分析方法を再現してメラノジェネシス活性の減少という効果を確認できるといえる。
④明細書の識別番号[0111]の記載は「ネイビービーンの水性エキス」と「アズキの水性エキス」のいずれもメラノジェネシス活性を減らすのに効果があるとの意である。原告は、出願発明の優先権主張日以前にアズキの水性エキス等を対象に本件分析方法を行っており、それによりメラノジェネシス活性の減少という効果を実際に確認した。先に見たとおり、通常の技術者が本件分析方法を再現して効果を確認するのに特別な困難がない以上、旧特許法第42条第3項第1号が定めた記載要件を満たすためにネイビービーンの水性エキス及びアズキの水性エキスに関する実験データが明細書に必ずしも具体的な数値で記載されていなければならないとはいえない。
⑤調合物である「ネイビービーンの水性エキス及びアズキの水性エキス」に関する試験は含まれておらず、出願発明の明細書にそれに関する実験結果が見当たらない。しかし、ネイビービーンとアズキはいずれもマメ科の植物で植物の分類体系上でも比較的近い関係にあり、ネイビービーンの水性エキスに含まれる物質とアズキの水性エキスに含まれる物質が互いにアンタゴナイズ作用を引き起こさないであろうことは通常の技術者に自明である。先に見たとおりネイビービーンの水性エキスとアズキの水性エキスはそれぞれ独立してメラノジェネシスの活性減少効果を奏するところ、通常の技術者であれば調合物である「ネイビービーンの水性エキス及びアズキの水性エキス」もそのような効果を奏すると予想できると思われる。

加えて特許法院は、出願発明は旧特許法第42条第4項第1号の要件も満たすと判断した。特許法院は、出願発明の組成物に対応する事項が発明の説明に記載されているため、出願発明は発明の説明によって裏付けられると解するのが妥当であり、美白化又は皮膚のトーン均一化の効果を奏する具体的かつ定量的な実験データが明細書に記載されていないという事情だけでこれと異なる解釈をすべきではないと判断した。

専門家からのアドバイス

韓国の特許実務上、医薬発明に対しては、当該医薬発明の効果を確認できる具体的かつ定量的なデータが明細書に記載されていなければ薬理データの記載不備として拒絶又は無効となる等、明細書の記載要件が厳格に適用されている。一方、本件出願発明は化粧品発明であったところ、特許庁と特許審判院は医薬発明のような厳格な記載要件を要求して出願発明に実験データ欠如の記載要件違反があると判断したが、特許法院では出願発明の明細書に記載された効果分析方法から通常の技術者が出願発明の効果を確認することができるため実験データが明細書に必ずしも具体的な数値で記載される必要はないとして記載要件違反の拒絶理由はないと判断した。
本件のような化学分野における特許出願の審査では、発明の効果の予測が難しいとの理由で発明の効果の記載を要求し明細書の記載要件を厳格に判断する傾向があるが、本件判決は明細書の記載要件を緩和して判断した事案として今後の参考になる。 

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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