知財判例データベース 農薬として使用される化合物の結晶形発明の進歩性を認めた特許法院判決
基本情報
- 区分
- 特許
- 判断主体
- 特許法院
- 当事者
- 原告 A社(特許権者) vs 被告 B株式会社
- 事件番号
- 2021ホ4751登録無効(特)
- 言い渡し日
- 2023年12月21日
- 事件の経過
- 上告審理不続行棄却
概要
特許発明は、農薬として使用される化合物の結晶形に係る発明であって、溶媒の存在下で結晶成長をほぼ示さない結晶形態であることを特徴とする。被告は、特許発明の解決課題である結晶成長は当該技術分野において通常検討されるものであり、特許発明の結晶成長抑制効果は異質又は顕著なものではなく、特許発明は先行発明1又は2により進歩性が否定されると主張した。これに対して特許法院は、特許発明の化合物は結晶多形を有することが知られておらず、先行発明から特許発明の結晶形が容易に導き出されるかは不明瞭であり、特許発明の効果が先行発明から予測できる程度であると断定することはできないとし、特許発明の進歩性を認めた。
事実関係
原告は、「ボスカリド無水物の新規結晶性改質物」を発明の名称とする発明に対し、2012年5月8日付で特許登録を受けた。被告は、2020年7月31日付で原告の特許発明に対し、請求項1~請求項4の発明は進歩性が否定され、発明の詳細な説明により裏付けられないことを無効事由として登録無効審判を請求した。これに対して特許審判院は、「特許発明は、発明の詳細な説明により裏付けられるが、先行発明1又は2と周知慣用技術との結合により進歩性が否定される」ことを理由として被告の審判請求を認容する審決をした。原告は、これを不服とし、特許法院に審決取消訴訟を提起した。
特許発明は溶媒存在下で結晶成長をほぼ示さないボスカリド結晶形を提供することに技術的意味があるものであり、請求項1は次のとおりである。
[請求項1]
868、917及び1675cm-1において特徴的なIRバンドを有する147℃~148℃において溶融する下記化学式1の単斜晶(monoclinic)2-クロロ-N-(4'-クロロビフェニル-2-イル)ニコチンアミド(以下「ボスカリド」)。
先行発明1はアニリド誘導体及び糸状菌退治のためのその用途に係る特許の公開公報であり、先行発明2はアマイド化合物及びアゾール基材の殺真菌性混合物に係る特許の公開公報であって、先行発明1、2はボスカリド化合物を開示しているが、結晶の存否に関しては開示していない。
特許法院において被告は、農薬剤形の設計において結晶成長に起因した巨大粒子を探知することは当該技術分野において通常行われることであり、特許発明の結晶成長抑制効果は異質又は顕著ではなく、特許発明は先行発明1又は2により進歩性が否定され、未完成発明に該当し、実施可能要件にも違反していると主張した。
判決内容
特許法院は、特許発明は先行発明により進歩性が否定されないと判断し、発明として完成しており、実施可能要件を満たしているとして、原告の請求を認容した。進歩性に関する特許法院の判決内容は、具体的に下記のとおりである。
まず特許法院は、関連法理として下記を提示した。
(1)発明の進歩性の有無を判断するときは、少なくとも先行技術の範囲と内容、進歩性の判断対象となった発明と先行技術との差異点及び通常の技術者の技術水準に対して証拠等の記録に示された資料に基づいて把握した後、通常の技術者が特許出願当時の技術水準に鑑みて、進歩性の判断対象となった発明が先行技術と差異があるにもかかわらず、そのような差異を克服し、先行技術からその発明を容易に発明できるかを詳察すべきである。この場合、進歩性の判断対象となった発明の明細書に開示されている技術を知っていることを前提とし、事後的に通常の技術者がその発明を容易に発明できるかを判断してはならない(大法院2009年11月12日言渡2007フ3660判決、大法院2016年11月25日言渡2014フ2184判決等参照)。
結晶形発明の構成の困難性を判断するときは、結晶形発明の技術的意義と特有の効果、その発明において請求した特定の結晶形の構造と製造方法、先行発明の内容と特徴、通常の技術者の技術水準と出願当時の通常の多形体スクリーニング方式等を記録に示された資料に基づいて把握した後、先行発明の化合物の結晶多形性が知られていた又は予想されていたか、結晶形発明において請求する特定の結晶形に想到することができる教示や暗示、動機等が先行発明や先行技術文献に示されているか、結晶形発明の特定の結晶形が先行発明の化合物に対する通常の多形体スクリーニングを通じて検討され得る結晶多形の範囲に含まれるか、その特定の結晶形が予測できない有利な効果を奏するか等を総合的に考慮し、通常の技術者が先行発明から結晶形発明の構成を容易に導き出すことができるかを詳察すべきである(大法院2022年3月31日言渡2018フ10923判決参照)。
(3)結晶形発明の効果が先行発明の化合物の効果とは質的に異なるか又は量的に顕著な差異がある場合には、進歩性が否定されない(大法院2011年7月14日言渡2010フ2865判決等参照)。結晶形発明の効果の顕著性は、その発明の明細書に記載され、通常の技術者が認識又は推論できる効果を中心に判断すべきであり、仮にその効果が疑わしいときは、その記載内容の範囲を超えない限度において出願日以後に追加の実験資料を提出する等の方法により、その効果を具体的に主張・証明することが許容される(大法院2021年4月8日言渡2019フ10609判決等参照)。
続いて特許法院は、特許発明と先行発明1、2を対比し、特許発明はボスカリドの結晶形(以下「改質物II」)であるのに比べ、先行発明1、2にはボスカリドの結晶の存否に関する記載がない点において差異があるとし、下記のような理由により、上記差異点は先行発明1又は2から容易に克服できないため、特許発明の進歩性は否定されないと判断した。
(1)先行発明1、2に開示されたボスカリド化合物は、それが固体であるか、固体であれば結晶形か無定形かが明らかになっておらず、特許発明の優先日当時、ボスカリド化合物が多様な結晶形態(結晶多形性)を有する点が知られてもおらず、特許発明の改質物IIは、先行発明1、2に開示されたボスカリド化合物とは相違する結晶化工程の変数を含むところ、先行発明1、2から特許発明を容易に導き出すことができるか明確ではない。
(2)特許発明は、溶媒の存在下で結晶成長をほぼ示さないボスカリド結晶形(改質物II)を提供することに技術的意味があり、特許発明の明細書から改質物IIは改質物Iに比べてソルベッソ200の溶媒の存在下で結晶成長がほぼ示されないことが把握される。
(3)ボスカリド改質物I、IIについて溶媒の存在下における結晶成長抑制効果による鑑定嘱託の結果によると、ソルベッソ200以外に他の溶媒(キシレン、シクロヘキサノン)でも改質物IIが改質物Iに比べて結晶成長抑制の側面において優れた効果を奏することが確認され、このような効果は改質物Iさえ開示していない先行発明1、2から予測できる程度ということはできない。
(4)結局、特許発明の明細書に開示された発明の内容を既に知っていることを前提として事後的に判断しない限り、被告が提出した資料だけでは、通常の技術者が先行発明1又は2により特許発明を容易に発明することができると断定するのは難しい。
専門家からのアドバイス
医薬分野においては、医薬化合物に結晶多形が存在する場合があり、特定の結晶形の化合物の発明について特許性が争われることがある。韓国における結晶形発明の進歩性の判断に関しては、過去には効果の顕著性以外に構成の困難性を認めて進歩性を認めた事例はなかったが、本件判決文中でも引用されている2018フ10923大法院判決(2022年3月31日言渡)では、結晶形発明の進歩性の判断時にも構成の困難性が考慮されるべきである旨を明示的に判示している。
本件判決は農薬として使用される化合物における結晶形発明の進歩性の判断例であるが、上記大法院判例と軌を一にしたものであって、結晶形発明の進歩性を判断するときは、一般的な化学発明の進歩性を判断するときと同様に構成の困難性と効果の顕著性をいずれも考慮すべきであるとしたものといえる。
本件特許法院判決においては、特許発明の化合物が結晶多形を有することが知られておらず、先行発明から特許発明の結晶形が容易に導き出されるかが不明瞭であり、効果においても特許発明の改質物IIの効果を先行発明から予測できる程度であると断定することはできないとし、特許発明の進歩性を認めている。農薬として使用される化合物の結晶形発明の進歩性の判断例として2018フ10923大法院判決が具体的な事案においてどのように適用されるかを示すものとして、実務上参考になる。
ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム
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