知財判例データベース 独占的通常実施権を認めず、複数の知的財産権侵害による損害額を算定する際には各知的財産権侵害ごとにその損害額を算出すべきであるとした事例
基本情報
- 区分
- 特許
- 判断主体
- 大法院
- 当事者
- 原告 vs 被告
- 事件番号
- 2023ダ280358技術料等
- 言い渡し日
- 2024年10月25日
- 事件の経過
- 破棄差戻し
概要
原告は、コンクリートブロックに関連する複数の知的財産権(特許権、デザイン権、商標権、ノウハウ)について訴外人から実施許諾を受け、特許権、デザイン権、商標権については後に専用実施権も取得した。原告は被告に上記知的財産権に対する再実施権を許諾し、被告実施分について所定の技術料を受け取る契約を締結した。その後、原告は被告が技術料の一部を支払わなかったという理由で契約を解約し、解約前の期間については未払いの技術料の支払いを求め、解約後の期間については専用実施権及び独占的通常実施権の侵害による損害賠償額の支払いを求める訴えを提起した。1審と2審は原告の請求をほぼ認容した。しかし大法院は、原告に独占的通常実施権が認められない点、複数の知的財産権侵害に基づいた損害賠償額の算定においては各知的財産権ごとに損害額を算定しなければならない点等の理由から原審(2審)判決を破棄して事件を2審(特許法院)に差し戻した。
事実関係
原告は2003年4月頃、訴外人との間で、特定のコンクリートブロックとそのブロックの製造に用いられる金型等の道具(以下「本件製品」)に関する技術ノウハウと2件の特許権(以下「特許権1」及び「特許権2」)、デザイン権(以下「デザイン権1」)、商標権(以下「商標権1」)を用いて原告が本件製品を国内で製造・販売することができるようにするライセンス契約を締結した。この契約には、原告が国内の第三者にサブライセンスを許諾することもできるようにするとともに、国内で第三者による上記特許権、デザイン権の侵害が発見された場合、原告がその侵害を止める措置をとらなければならないという内容が含まれていた。上記特許権1、特許権2、デザイン権1、商標権1について、原告は訴外人から2013年7月に専用実施権を取得した。一方、原告は2005年6月6日、被告が本件製品を国内で製造・販売することができるようにし、本件製品の純売上高に各製品ごとの技術料率を乗じて算定した技術料を原告に支払うこととする契約(以下「本件契約」)を締結した。この契約は2011年6月15日が満了日であり、両当事者の合意によって延長が可能であると規定されていたが、2011年6月15日以降、原告と被告のいずれも契約延長や終了に関する明示的意志表示をすることなく、被告は本件製品の製造・販売を継続して原告に対し本件製品の技術料算出書を送付して技術料を支払った。一方、原告は、2015年2月10日、被告に技術料の一部未払いを理由に本件契約の解約を通知した。被告は2005年6月6日から2015年2月10日の間に本件製品を製造・販売して得た売上のうちの一部を原告に知らせておらず、2015年2月11日以降も継続して本件製品を製造・販売した。原告は、2015年2月10日の契約解約時までの技術料のうち未払いの約2億6千万ウォン、またそれ以降の製造・販売分については原告の本件製品に対する独占的通常実施権及び特許権1、特許権2、デザイン権1、商標権1の各専用実施権の侵害に対する損害賠償として約3億6千万ウォンの支払いを求める本件訴えを提起した。
1審(大邱地方法院2020年12月17日言渡2018ガ合203887判決)の判断:原告の請求を全て認容
本件契約は2011年6月15日に終了することが原則であったところ、期間を経過した後も原告は被告に特に契約解約の意志表示をしておらず、被告も継続して本件製品を製造・販売して原告に技術料算出書を送付していたため、本件契約は暗黙的に更新されていた。本件契約は2015年2月に原告による契約解約の意志表示によって解約された。被告は原告が求める技術料未払い分の約2億6千万ウォンを支払う義務がある。契約解約後の被告による本件製品の製造・販売行為は原告の本件製品にかかる独占的通常実施権及び特許権1、特許権2、デザイン権1、商標権1の各専用実施権を侵害するものであり、同侵害による原告の損害額は、本件契約上の技術料相当額である約3億6千万ウォンと定める。原審(特許法院2023年8月24日言渡2021ナ1039判決)の判断:1審と類似。原告の請求をほぼ認容
1審と類似の論理により、2015年2月の原告による契約解約前の期間については技術料未納分の支払い義務、それ以降の期間については専用実施権及び独占的通常実施権侵害による損害賠償支払い義務が被告にあることを認めた。ただし、控訴審における原告の請求趣旨の拡張によって、技術料未納分は約3億9千万ウォン、損害賠償額は約5億8千万ウォンに増加した。一方、契約解約後に侵害された権利のうち、特許権1については請求項の一部の構成要件を満たさないため非侵害であると判断され、特許権2については進歩性が認められず無効となることが明白であるとの理由から侵害が認められなかった。残りの権利であるデザイン権1と商標権1の各専用実施権及び本件製品にかかる独占的通常実施権についての侵害だけが認められた。
侵害による損害額を算定するのにおいて、本件は損害が発生したことは認められるものの、その損害額を証明するために必要な事実を明らかにすることが極めて困難なケースに該当するとの理由から裁判部の裁量によって相当の損害額を定めたところ(商標法第110条第6項)、セメント分野の一般的な限界利益率(45%前後)が本件契約で定めた技術料率(純売上高の5%~7%)よりはるかに高いという事情等に照らすと、損害額は原告の請求額を超えることが明らかであると判断し、本件契約上の技術料に基づいた原告の請求金額(約5億8千万ウォン)をそのまま認めた。
判決内容
(1)独占的通常実施権に関して:否定
独占的通常実施権は、特許権等を対象にした権利に過ぎず特定の製品を対象にする権利ではないため、特定の製品を独占的に製造・販売できる権利について独占的通常実施権という表現を用いるのは不適切である。仮に、原告が侵害を受けたという独占的通常実施権を「本件製品に係る特許権等を独占的に実施できる権利」と理解したとしても原告がそのような独占的通常実施権を有しているかは不明である。原告と訴外人との間の契約には、訴外人が国内において原告以外の者に対して本件製品にかかる特許権等の通常実施権を許諾することはできないとの明示的内容がなく、訴外人が原告に対して暗黙的に独占的通常実施権を許諾したと解するほどの事情もないためである。(2)損害賠償額の算定に関して:原審判断を破棄
債権者が同一の債務者に対して複数の損害賠償債権を有しているとしても、それら損害賠償債権が発生時期や発生の原因等を異にする別個の債権である以上、これは別個の訴訟物に該当し、それら損害賠償債権はそれぞれ消滅時効の起算日や債務者が主張できる抗弁が異なり得るため、これを訴えをもって求める債権者としては損害賠償債権ごとに請求金額を特定すべきであり、法院もそれに応じて損害賠償債権ごとに認容金額を特定しなければならず、このような法理は債権者が複数の損害賠償債権のうち一部だけを請求する場合にも同様である(大法院2007年9月20日言渡2007ダ25865判決、大法院2008年10月9日言渡2007ダ5069判決等)。原告は、本件契約解約後の被告による本件製品の製造・販売行為について、営業秘密侵害、特許権1の専用実施権侵害、特許権2の専用実施権侵害、デザイン権1の専用実施権侵害、商標権1の専用実施権侵害、独占的通常実施権侵害に関する損害賠償を請求した。しかし損害賠償額については、上記6つの損害賠償債権の各損害額の合計のうちの一部を請求しただけで各損害賠償請求権ごとの請求金額は特定しなかった。原審においては、釈明権を適宜行使して各侵害行為に関する損害賠償請求権ごとに請求金額を具体的に特定させたうえで、各損害賠償請求権に関する具体的な根拠を審理し、各損害賠償請求権が認められるか否か、また、認められる場合は各損害賠償請求権の損害賠償額がいくらであるかを算定して判断すべきであった。しかし、原審はそのような審理や判断なしに、商標権1の専用使用権侵害行為として認められる損害賠償額が原告の請求金額を上回るという理由のみにより商標権1の専用使用権侵害行為を除く残りの侵害行為に関する損害賠償額は具体的に算定しなかった。そのうえ原審は、原告の独占的通常実施権に対する被告の侵害については漠然と被告が原告の独占的通常実施権を侵害したと認めているだけで具体的にどのような権利に関する独占的通常実施権を侵害したのかも明らかにしていない。このような原審の判断には、商標法第110条第6項による損害額認定、損害賠償債権ごとの請求金額の特定と算定等に関する法理を誤解して必要な審理を尽くさず、釈明権を行使しなかったことにより判決に影響を及ぼした誤りがある。
専門家からのアドバイス
(1)独占的通常実施権に関して
韓国の特許法(デザイン法、商標法も同様)では、日本と同様、実施権の種類として専用実施権(特許法第100条)、通常実施権(特許法第102条)の2つを規定している。特に通常実施権に関しては、当事者間で通常実施権を与え、第三者に通常実施権を与えない不作為義務を負うことを明示的又は暗黙的に約定することが可能であり、これは一般に「独占的通常実施権」と言われている(大法院2020年11月26日言渡2018ダ221676判決)。第三者が独占的通常実施権の存在を知りながら違法に当該発明を実施して独占的通常実施権者の利益を害した場合には不法行為による損害賠償責任を負うことがある(特許法院2018年2月8日言渡2017ナ2332判決)。原審は「本件製品に対する独占的通常実施権」侵害を認めたが、大法院は主に2つの理由により原審の判断を受け入れ難いとした。一つは、「独占的通常実施権」は特許権等を対象にした権利に過ぎず特定の製品を対象にする権利ではないため、特定の製品を独占的に製造・販売できる権利について「独占的通常実施権」という表現を用いるのは不適切であるという理由であり、もう一つは、本件において関連する契約の規定に照らしてみると、第三者に通常実施権を与えない不作為義務に関して明示的又は暗黙的に約定したとは断定できないという理由である。
(2)複数の権利侵害による損害賠償額の算定に関して
本文で引用したように大法院判例の見解は、債権者が同一の債務者に対して複数の損害賠償債権を有しているとしても、それらが別個の債権であれば別個の訴訟物に該当するため、損害賠償債権ごとに請求金額を特定して認容金額が特定されなければならないというものであった。しかし、本件において原告は、複数の権利(商標権1の専用使用権、デザイン権1の専用実施権等)侵害による損害賠償額を一部ずつ請求するとしながらも各損害賠償請求権ごとの請求金額を特定しておらず、それにもかかわらず原審は、商標権1の専用使用権侵害による損害賠償額が原告が請求した金額よりも大きいことが明らかであるとの理由から、原告の請求金額の全額を被告が支払うべき損害賠償額と認定した。大法院はこれを違法であると判断している。本判決は、複数の知的財産権が許諾された専用実施権・独占的通常実施権者による損害賠償請求を争ったものとして、韓国での実施権許諾契約等において参考となる事例である。
ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム
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