知財判例データベース 故意による特許侵害によって損害賠償が増額された特許法院判決

基本情報

区分
特許
判断主体
特許法院
当事者
原告(特許権者) vs 被告
事件番号
2023ナ11276損害賠償(ギ)
言い渡し日
2024年10月31日
事件の経過
一部認容(上告せず確定)

概要

特許侵害による損害賠償額を算定するのにおいて、特許侵害行為が故意的であったことが認められ2倍に増額された。

事実関係

原告は、真空鍋用蓋に関する発明の特許権者である。原告は被告の下請け企業として2013年から被告に様々な台所用品を納品してきた。原告は2014年に被告が原告の特許を適用した真空鍋の生産及び販売を準備しているという事実を知るようになって以降、被告とライセンス協議をしてきたが、ライセンス料等に対する両社の見解に隔たりが大きく協議はまとまらなかった。被告は、そのような交渉途中の2015年11月から特許侵害品の生産・販売を始めた。被告は2019年6月に本件特許に対する無効審判と消極的権利範囲確認審判を請求したものの、いずれも敗訴した。すなわち、特許審判院は特許が有効であり、被告が販売した真空鍋が本件特許の権利範囲に属するという各審決を2020年12月に下し、特許法院もこれらの審決を支持する各判決を2021年7月に下し、これら審決と判決は2021年8月に確定した。本件特許を侵害する被告の真空鍋は2015年から2022年にわたって約7年間販売された。原告が被告を相手取って特許侵害による損害賠償を求める訴えを提起し、この訴訟では特許侵害による損害賠償額の算定のみが主な争点になった。

1審(釜山地方法院2023.10.4.言渡2023ガ合42160判決)の判断:1.5倍増額

被告の侵害行為期間(2015.11.30~2022.10.31)のうち、故意侵害による増額に関する特許法第128条第8項が施行された後の期間(2019.7.9~2022.10.31)中に発生した損害額を1.5倍に増額し、被告が原告に支払わなければならない損害賠償総額を約10億ウォンと認定した。

通常の損害賠償額
(128条4項)
故意侵害で増額された損害賠償額
(128条8項)
2015. 11. 30. ~
2019. 7. 8.
約8億4千万ウォン 約8億4千万ウォン(128条8項施行以前のため増額なし)
2019. 7. 9. ~
2022. 10. 31.
約1億1千万ウォン 約1億6千万ウォン(1.5倍に増額)
合計 約9億5千万ウォン 約10億ウォン

判決内容

(1)通常の(故意侵害による増額以前の)損害賠償額の算定

被告が特許侵害行為によって得た利益額に基づいて(特許法第128条第4項)損害額約7億6千万ウォンが認められ、これは下記3つの数字を掛け合わせて出された金額であった。

[1] 被告の侵害品売上高約500億ウォン
[2] 被告の利益率7.6%
[3] 本件特許発明の寄与率20%

上記[2]の被告の利益率(7.6%)は、国税庁が告示した当該業種(金属台所容器等)の単純経費率(92.4%)を100%から差し引いた数字である。上記[3]の寄与率(20%)を判断するにおいては、被告の特許侵害品において特許侵害に関連する部分は需要者の購買に及ぼす影響が大きいという点(寄与率上昇要因)、被告の特許侵害品には本件特許発明以外にも被告の3件の特許発明及び1件の登録デザインも適用されているという点(寄与率下降要因)、被告が特許侵害品の販売のためにホームショッピング広告、謝恩品提供等の販売促進努力をしたという点(寄与率下降要因)が考慮された。

(2)故意侵害であるか否か

下記のような事情を総合して、被告の侵害行為は故意的であると判断された。

[1]被告は、被告の下請け企業である原告との取引関係を通じて本件特許の存在を知っており、原告との本件特許発明の使用に関する協議を進めていた途中に原告の許諾なしに特許侵害品を生産・販売し始めた。
[2]被告は、原告から特許侵害品を特定して特許権侵害中断を求める内容の通告文を受領したにもかかわらず侵害行為を継続した。
[3]被告は、自身が提起した特許無効審判及び消極的権利範囲確認審判が棄却された後も2022年10月まで長期間にわたり侵害行為を継続した。
[4]被告は、2019年6月頃作成された弁理士意見書に基づいて本件特許が無効になると考えていたので故意でないと主張しているが、本意見書は被告が2019年6月に本件特許に対して無効審判を提起する直前になって作成されたもので、それよりはるか以前の2015年11月から継続的に行われた被告の侵害行為は本件特許が無効であるという点を信頼して行った行為であるとは認め難い。

(3)故意侵害による増額の水準

被告の侵害行為期間(2015.11.30~2022.10.31)のうち、故意侵害による増額に関する特許法第128条第8項が施行された後の期間(2019.7.9~2022.10.31)に発生した損害額を2倍に増額し、このような増額判断の基礎となった主要事実は下記のとおりである。

[1]原告は被告の下請け企業の地位で2013年から様々な製品を被告に納品してきた点、社員数(原告9人/被告263人)や売上高(2022年基準で原告約20億ウォン/被告約940億ウォン)等で両社の規模がかなり異なる点等を考慮すると、被告は原告に対して取引関係の側面及び経済的側面で優越な地位にあった。
[2]被告は、本件特許侵害に関する確定的な故意を有する状態で、かつ、被告の侵害行為により原告に損害が発生することを明確に認識した状態で、侵害行為を継続した。
[3]特許無効及び権利範囲確認審判に関する判決が確定した2021年8月以降、被告は販売された侵害品の一部を回収したが、これは被告の自発的な被害回復努力の一環というよりは原告の要請によってなされたものであるという点、当該判決確定後も2022年10月まで販売行為を継続していたという点等を総合してみると、被告が被害救済のために十分な努力をしたとは認め難い。

以上の[1]~[3]を総合すれば、被告が原告に支払うべき損害賠償額は約8億5千万ウォンである。

通常の損害賠償額
(128条4項)
故意侵害で増額された損害賠償額
(128条8項)
2015. 11. 30. ~
2019. 7. 8.
約6億7千万ウォン 約6億7千万ウォン(128条8項施行以前なので、増額なし)
2019. 7. 9. ~
2022. 10. 31.
約9千万ウォン 約1億8千万ウォン(2倍で増額)
合計 約7億6千万ウォン 約8億5千万ウォン

専門家からのアドバイス

本判決は、故意侵害による損害賠償の増額規定(特許法第128条第8項、3倍まで増額可能)が施行されて(2019年7月9日)以降、当該規定を適用して損害賠償を増額した最初の2審(特許法院)判決である。なお、現在、2024年8月21日付で施行された改正特許法により、増額の範囲が5倍まで拡張されている。

(1)損害賠償額が増額され得る「故意」侵害かどうかの判断について

被告は原告との長い間の取引過程で原告から本件特許発明に関する説明を聞いてきており、本件特許に関して原告とのライセンス交渉を行っている途中で、未だ合意がなされていないにもかかわらず特許侵害行為を開始したという点が、故意侵害が認められた主要な根拠となったと考えられる。

(2)損害賠償額を「何倍」に増額するかの判断について

原告・被告間の長い間の取引関係やライセンス交渉の過程等に照らして被告が認識した故意の程度が相当に高いという点、原告・被告間の会社の規模の差や下請け関係等に照らして被告が原告に対し優越な地位にあったという点が、増額倍数を高めるのに主に寄与したと考えられる。

(3)損害賠償の増額規定(特許法第128条第8項)施行日(2019.7.9.)を跨いで特許侵害行為が継続した場合、当該規定をいかに適用するか

本規定の施行日である2019年7月9日以降に行われた特許侵害行為に対して当該規定が適用され、その施行日前に既に終了した特許侵害行為に対しては、当該規定が適用されない。ところが、施行日前に開始された特許侵害行為が施行日を過ぎても続いていた場合、当該規定をどのように適用すべきかについて韓国国内での論争があった。この論争は2019年7月9日施行特許法附則第3条の「第128条第8項の改正規定は、この法律の施行後に最初に違反行為が発生した場合から適用する」という文言の解釈に関連して発生した。これに関して、これまで、下記の2つの対立する立場の判決が混在していた。
[1]施行日以降に行われた特許侵害行為により発生した損害については当該規定を適用し、(当該期間の侵害行為が故意であれば)それにより損害額を増額するものとして判断した判決(本件1審判決)
[2]当該規定を全く適用できないという立場を取った判決[ソウル中央地方法院2022.5.13言渡2019ガ合548175判決、ソウル中央地方法院2021.10.29言渡2018ガ合579509判決、ソウル中央地方法院2023.7.13言渡2022ガ合507921判決、特許法院2024.9.26言渡2023ナ10938判決]
すなわち今回の特許法院判決は[1]の立場を取った最初の2審確定判決であるという点で意味が大きい。
一方、2024年8月21日に施行された改正特許法では増額の範囲が5倍に拡張されたところ同法附則(第2条)では「最初に」という文言を削除して「第128条第8項の改正規定は、この法律の施行後に発生する違反行為から適用する。」とのみ規定して、その立法の趣旨が[1]であることを明確にしている。このような2024年8月21日施行特許法及び今回の特許法院判決は、特許権者に対する権利保護を一層強化する契機になると考えられる。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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