知財判例データベース 商標権侵害において懲罰的損害賠償を初めて認めた事例

基本情報

区分
商標
判断主体
特許法院
当事者
原告 個人A(被控訴人、商標権者) vs 被告 B社(控訴人)
事件番号
2023ナ11399損害賠償(知)
言い渡し日
2024年09月26日
事件の経過
一部認容

概要

商標権者の先登録商標との類似により登録無効が確定した後登録商標の使用者に対して故意侵害を認め、故意侵害期間に該当する懲罰的損害賠償額を「2倍」として算定した。

事実関係

原告(被控訴人)は、2011年から「アイミル(아이밀)」という商号で事業を開始し、2013年に30類の菓子等と35類の菓子類小売業等について「緑を基盤にしたアイミル社の登録商標」、「緑・オレンジ・赤・紫・水色を用いたアイミル社の登録商標」という商標登録を受けた。一方、被告(控訴人)は1979年に設立された食品製造販売会社であり、2000年代から「アギミル」(※アギは赤ちゃんの意味)を含む多数の商標を出願登録し使用してきた。
そうした中、韓国食品医薬品安全処は2018年から「ベビー、マム」等の乳児を連想させる単語を「乳幼児食」としての許可を受けていない一般食品の製品名に使用してはならないと告示したため、被告は2018年に「アイミル」等についての商標登録を受け、菓子等の商品についてその使用を開始した。
これに対し原告は、2019年に被告の登録商標に対する無効審判請求と侵害差止訴訟(別事件)を提起した。被告もその頃、原告の登録商標に対し無効審判を請求したが、被告の登録商標のみ無効が確定し、侵害差止訴訟においても原告の請求が認容され、2022年に特許法院で原告の請求を認容する内容の調停が成立した。しかし、調停成立後に被告が調停に基づく義務を履行せずにいることが認められて間接強制の決定が確定したが、被告は異議の訴えを提起し、異議申立ての認容判決が確定した。
原告は、被告の商標権侵害行為により被った損害の賠償を求める訴えを提起した。

判決内容

原審法院は、商標及び商品の類否判断に基づいて被告の商標権侵害行為を認めた上で、その損害賠償の範囲については、原告がインターネットショッピングモールを通じた販売方式を主な流通経路とした事情を考慮したときに被告のインターネットポータルサイト上の検索広告によって原告の広告露出が難しくなり製品販売が減少した点、実際の販売実績推移が侵害品の販売によって急激に減少した点等を勘案し、商標法110条6項[1]に基づく損害賠償金として5億ウォンを算定した[2]。いわゆる懲罰的損害賠償に関する110条7項[3]の適用につしては認めなかった。
これに対し本件特許法院は、商標法110条6項に基づく損害賠償金を6億ウォンと決定し、商標法110条7項の適用に関しては、被告の登録商標が原告の各登録商標と類似するという理由により登録無効が確定した時点(2021年6月12日)以後の侵害行為は故意的な侵害に該当すると判示して、上記の登録無効事件がたとえ商標侵害事件に対する判断ではないとしても、結局のところ原告の商標権に類似する標章を類似商品について使用して商標権を侵害する結果となる旨を明らかに把握できると認めた。損害額の算定に関しては、登録無効確定時点前後の損害額を正確に算定することは困難であるとして、無効確定前の期間(2018年1月~2021年6月12日)の損害額は5億ウォン、無効確定後の期間(2021年6月13日~2023年12月31日)の損害額は1億ウォンと認定した上で、以下の事情をいずれも考慮して無効確定後の期間の損害賠償額については2倍に該当する2億ウォンと決定した。

<1>両当事者の営業力及び売上規模の差等に照らし、被告の持続的なオンライン広告等の故意的侵害行為により登録商標の識別力が相当部分損なわれたと認めるのが妥当である。
<2>被告が確定判決によって商標権侵害になるという点を確定的に認識しながらも侵害行為に及んでおり、両当事者の紛争経過等に照らしてみるとき原告に損害が発生し得るという点も明らかに認識していた。
<3>確定判決後の故意侵害が認められる期間(2年6ヶ月)が短い期間ということはできない。
<4>被告は年間1,000億ウォン以上の売上がある食品業界の先導企業で、その地位と蓄積された資本力によりオンライン広告検索語を容易に掌握して原告のビジネスチャンスを阻んだ。
<5>調停の成立及び間接強制決定等があったにもかかわらず、持続的に広告を表示し商標権侵害を継続した点から被害救済努力が十分であったとは認め難い。

専門家からのアドバイス

韓国において懲罰的損害賠償や3倍賠償と呼ばれる商標法110条7項は、2020年10月20日に新設されたものである。同様に韓国の特許法等でも、知財侵害の損害賠償の実効性を高めるために、故意的侵害に対して損害賠償額を3倍(2024年法改正で5倍に増額)を超えない範囲内で増額できる規定が導入されてきている。
本件は故意的商標権侵害における当該規定を適用した最初の事例と見られ、その賠償額の判断基準を規定する商標法110条8項の1号ないし8号の各号について具体的事例への適用を判断し、結果として2倍の損害賠償額が認定されたことに意味がある。
本件は韓国のマスメディアを通じて報道もなされており、いわゆる大企業による中小企業いじめの構図を有する事件であったといえる。今後、韓国で知的財産権の故意的侵害に対して損害賠償が増額される事例が増えることが予想され、参考にできる事例だと思われる。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

ジェトロ・ソウル事務所 知的財産チームは、韓国の知的財産に関する各種研究、情報の収集・分析・提供、関係者に対する助言や相談、広報啓発活動、取り締まりの支援などを行っています。各種問い合わせ、相談、訪問をご希望の方はご連絡ください。
担当者:大塚、李(イ)、半田(いずれも日本語可)
E-mail:kos-jetroipr@jetro.go.jp
Tel :+82-2-3210-0195