知財判例データベース 進歩性の拒絶理由への対応として行った請求項の減縮補正が意識的除外に該当しないと判断された事例

基本情報

区分
特許
判断主体
特許法院
当事者
原告 A株式会社 vs 被告 B株式会社(特許権者)
事件番号
2022ホ4352権利範囲確認(特)
言い渡し日
2023年11月30日
事件の経過
確定

概要

特許発明は高血圧治療用複合剤に関するものであるが、請求項の記載においてその有効成分の含量表記に不明確な部分があった。原告は特許発明の複合剤の有効成分のうちの一つにおいて塩形態が変更されたものを確認対象発明とするとともに、原告の確認対象発明は被告の特許発明の含量の範囲に含まれず、確認対象発明の塩形態が変更された化合物は特許発明の出願審査過程において削除されたものであるため特許発明から意識的に除外されたものであると主張して消極的権利範囲確認審判を請求した。特許法院は、特許発明の有効成分の含量表記を解釈した上で原告の主張を排斥し、原告の確認対象発明は均等範囲において特許発明に属すると判断した。

事実関係

被告は「血圧降下用薬剤学的組成物」を発明の名称とする発明について特許登録を受けた。原告は、確認対象発明が特許発明の権利範囲に属さないと主張して被告を相手に特許審判院に消極的権利範囲確認審判を請求した。特許審判院は、確認対象発明は特許発明の権利範囲に文言的に属してはいないものの特許発明と均等関係にあるという理由で原告の審判請求を棄却する審決をした。原告は審決を不服として特許法院に審決取消訴訟を提起した。

特許発明の請求項1と確認対象発明の構成を対比すると、下記のとおりである。
構成 特許発明の請求項1 確認対象発明
1 アンジオテンシン-2-受容体遮断剤としてフィマサルタンカリウム塩又はこの水和物30mg及び フィマサルタン遊離塩基一水和物28.88mg及び
2 カルシウムチャネル遮断剤としてアムロジピンベシレート塩5mgを含む アムロジピンベシレート6.94mgが主成分で、
3 血圧降下用薬剤学的組成物 血圧降下用薬剤学的組成物として経口投与用固形製剤である錠剤

特許法院において原告は下記のように主張した。
(1) 特許発明の請求項で限定された成分と用量、すなわち「フィマサルタンカリウム塩又はこの水和物30mg」及び「アムロジピンベシレート塩5mg」は、特許発明の中核的構成要素に該当するので文言どおりに解釈すべきである。しかし確認対象発明は「アムロジピンベシレート塩5mg」を含まないので、確認対象発明の課題解決原理及び作用効果が本件特許発明と同一であると解することはできない。
(2) 確認対象発明の主成分と含量、すなわちフィマサルタン遊離塩基一水和物28.88mgとアムロジピンベシレート6.94mgは特許発明の出願の審査過程で意識的に除外された

判決内容

特許法院は、まず特許発明の「フィマサルタンカリウム塩又はこの水和物30mg」及び「アムロジピンベシレート塩5mg」の技術的意味について検討し、それぞれ「フィマサルタンカリウム塩30mg又はこれを含む水和物」及び「アムロジピン5mgを含むアムロジピンベシレート塩」と解釈するのが妥当であると判断した。具体的な判断根拠は下記のとおりである。

(1)「フィマサルタンカリウム塩又はこの水和物30mg」を文言どおりに解釈すれば、同一の30mgの中に含まれる有効成分であるフィマサルタンの量は各水和物に応じて変わり得るので終いにはフィマサルタンがほぼ含まれていない化合物も想定可能である。フィマサルタンの含量が減っているにもかかわらず血圧降下という薬効がそのまま発揮されるということは一般常識に反するので、通常の技術者としては、特許発明の請求の範囲に記載された「フィマサルタンカリウム塩又はこの水和物30mg」を文言どおりに「フィマサルタンカリウム塩30mg又はフィマサルタンカリウム塩を含む全ての水和物30mg」と解釈しないであろう。結局、特許発明は請求の範囲の記載だけでは特許の技術構成が分からない、若しくは技術的範囲を確定できない場合に該当するので、その詳細な説明や図面など明細書の他の記載部分を補充して明細書全体として特許発明の技術内容を実質的に確定する必要がある。

(2) 特許発明の明細書の動物実験には「フィマサルタンカリウム塩又はこの水和物」のうち「フィマサルタン三水和物カリウム塩」が用いられたところ、実施例1[フィマサルタン三水和物カリウム塩3mg/kgとアムロジピンベシレート塩0.5mg/kgの複合剤を投与した場合]の成分比は30:5で、特許発明の成分比(フィマサルタンカリウム塩又はこの水和物30mg及びアムロジピンベシレート塩5mg)と一致する。また、特許発明の明細書には製造例が記載されているが、製造例において整数比は「フィマサルタンカリウム塩」と「アムロジピン」の間で成立している。特許発明の明細書には、フィマサルタンがアンジオテンシン-2-受容体遮断剤系列の血圧降下剤として現在「カナブ(KANARB)」という製品名で医薬品許可が承認されているとの内容と「フィマサルタン三水和物カリウム塩」の臨床常用量が60mgであるとの内容が記載されている。実際のカナブ錠の製品説明書にはカナブ錠60mg錠にはフィマサルタンカリウム三水和物66.01mg(フィマサルタンカリウムとして60mg)が含まれているとの内容が記載されている。

(3) 特許発明の明細書に接した通常の技術者は、製造例に記載された整数比が成立する成分が「フィマサルタンカリウム塩とアムロジピン」であるという点、実験例、製造例に明示された整数比30:5が特許発明の請求の範囲の整数比と同一である点、カナブ錠60mg錠は「フィマサルタンカリウム塩」の含量を基準に命名された点などを総合して、特許発明の「フィマサルタンカリウム塩又はこの水和物30mg」は「フィマサルタンカリウム塩30mg又はこれを含む水和物」を意味することを十分に認識することができる。

(4) 特許発明の出願前にアムロジピン5mg及び10mgを有効成分として含むオリジナル医薬品である「ノルバスク錠」が許可された後、「アムロジピン5mg、10mg又はこれらの塩形態」を含む医薬品単剤及び複合剤が多数許可された。そのうち一部の製品説明書には「成分名:アムロジピンベシル酸塩、分量:6.944mg、成分情報:アムロジピンとして5mg」のようにアムロジピンベシル酸塩の用量と共に有効成分である「アムロジピンとして」の用量が記載されている。一方「アムロジピンベシレート塩5mg」を主成分として許可された医薬品は見つからない。

(5) 特許発明の出願前に食薬処が複合剤開発者等のための教育資料として発刊した「複合剤開発時に考慮すべき事項」という題名の刊行物には、高血圧複合剤の用量設定試験の設計は単剤に既許可の用量範囲内の和で各単剤に比べて血圧降下効果が認められた組合せのみを選定すると記載されている。特許発明は「フィマサルタンカリウム塩又はこの水和物」と「アムロジピンベシレート塩」を主成分とする複合剤に関する発明であるため、通常の技術者であれば特許発明にも許可された単剤の用量が優先的に用いられていると認識する可能性が高い。

特許法院は、上記のとおり特許発明の「アムロジピンベシレート塩5mg」は「アムロジピン5mgを含むアムロジピンベシレート塩」と解釈できるので構成要素2及び3は「同一」である一方、構成要素1は「フィマサルタンカリウム塩30mg」を含むのに対して確認対象発明の対応する構成要素は「フィマサルタン遊離塩基一水和物28.88mg」を含むという点で差があるとして、確認対象発明は特許発明の権利範囲に文言的に属さないと判断した。

その上で、特許法院は均等範囲の判断において、確認対象発明は特許発明の技術思想の中核を含んでいるので課題解決原理が同一であり作用効果も同一で、変更の容易性も認められ、確認対象発明が特許発明から意識的に除外されたとは考えられないと判断し、特許発明と確認対象発明は均等関係にあるため確認対象発明は特許発明の権利範囲に属すると判断した。

具体的に、意識的除外に関して特許法院が認めた事実関係は下記のとおりである。
①被告は特許発明の請求の範囲を下表のとおりに記載して出願したところ、審査官は2011年9月20日に被告に対し「出願発明はアンジオテンシン-2-受容体遮断剤とアムロジピンを共に血圧を降下させる目的で高血圧の治療に用いるという点において引用発明1と同一である。出願発明はアンジオテンシン-2-受容体遮断剤としてフィマサルタンを用いるという点とフィマサルタン又はアムロジピンの塩、溶媒和物、水和物、アムロジピンの異性体を用いることができるという点において引用発明1と差があるが、引用発明2にはフィマサルタンが他のアンジオテンシン-2-受容体遮断剤より血圧降下効果に優れると記載されていることからフィマサルタン、その塩、異性体、溶媒和物、水和物を用いる構成を容易に考えることができ、また顕著な効果があると認められないので、出願発明は通常の技術者が引用発明1、2の組合せから容易に発明することができる」旨の意見提出通知を行った。

②被告は、下表のとおりに請求の範囲に記載された医薬物質を特定の種類及び重量比に減縮する補正(以下「1次補正」と言う)を行い、進歩性が否定されるという審査官の拒絶理由に対して「明細書に記載された実験例に基づいて具体的な医薬物質の種類及び含量を限定した」という内容を含む意見書を提出した。

③審査官は2012年2月20日に被告に対し「出願発明と引用発明1(フィマサルタン+アムロジピン複合剤臨床試験に着手という見出しの新聞記事)はフィマサルタンとアムロジピンを共に血圧降下の目的で高血圧患者に用いるという点で同一である反面、請求項1はフィマサルタン、アムロジピンを特定の塩に限定しこれらの重量比を限定するという点で差がある。引用発明2にはアンジオテンシン-2-遮断剤とアムロジピンベシレートを共に用いると記載されており、引用発明3にカリウム三水和物形態のフィマサルタンが記載されていることから、通常の技術者であれば引用発明1~引用発明3から有効成分の特定の塩形態を選択する構成を容易に考えることができる。出願発明の有効成分間の重量比は、通常の技術者が単純な繰り返し実験を通じて最適な効果を奏する用量の割合を選択することができ予測できない顕著な効果があると認められないので、出願発明は通常の技術者が引用発明1~3から容易に発明することができる」旨により再度意見提出通知を行った。

④これに対して被告は下表のとおりに請求の範囲を特定の用量の医薬成分に減縮する補正(以下「2次補正」と言う)を行い、進歩性が否定されるという審査官の拒絶理由に対して「相乗的血圧降下効果を奏する特定の用量(それぞれ30mg、5mg)に請求の範囲を減縮補正した」という内容が含まれた意見書を提出した。

区分 請求項1
出願時
請求の範囲
アンジオテンシン-2-受容体遮断剤としてフィマサルタン、この薬剤学的に許容される塩、これらの溶媒和物又はこれらの水和物;及びカルシウムチャネル遮断剤としてアムロジピン、この異性体、この薬剤学的に許容される塩、これらの溶媒和物又はこれらの水和物を含む血圧降下用薬剤学的組成物。
1次補正された請求の範囲(2011. 12. 20.) アンジオテンシン-2-受容体遮断剤としてフィマサルタンカリウム塩又はこの水和物と、カルシウムチャネル遮断剤としてアムロジピンベシレート塩を含み、アンジオテンシン-2-受容体遮断剤3~10重量比を基準にカルシウムチャネル遮断剤0.5~1.6重量比を含む血圧降下用薬剤学的組成物。
2次補正された請求の範囲(2012. 5. 18.) アンジオテンシン-2-受容体遮断剤としてフィマサルタンカリウム塩又はこの水和物30mg、及びカルシウムチャネル遮断剤としてアムロジピンベシレート塩5mgを含む血圧降下用薬剤学的組成物。

特許法院は上記のような事実関係に基づいて判断をし、被告が意見提出通知に対して、引用発明からフィマサルタン又はその塩、異性体、溶媒和物、水和物を用いる構成を容易に考えることができるとともに予測できない顕著な効果が認められないという審査官の意見を克服するために成分の種類と重量比を限定したことと、その後の意見提出通知に対して、有効成分間の重量比は通常の技術者が単純な繰り返し実験を通じて容易に選択でき顕著な効果も認められないという審査官の意見を克服するために請求の範囲をさらに「フィマサルタンカリウム塩又はこの水和物30mg」、「アムロジピンベシレート塩5mg」に補正することで成分と含量を限定したことが確認されると言及した。続いて特許法院は、被告が出願過程において請求の範囲を「フィマサルタンカリウム塩及びその水和物」に限定したことで残りの塩及びその水和物が除外されはしたものの、特許発明の明細書にはフィマサルタンカリウム塩及びアムロジピンの組合せ実験例のみ明示されていて請求の範囲を上記のように限定したに過ぎない点、審査官が指摘した引用発明3にはフィマサルタンカリウム塩三水和物が明示されていたことから被告が拒絶理由を克服するためにフィマサルタンカリウム塩を除く残りの塩や水和物を全て排除する何らの理由もなかった点等に照らして、フィマサルタンカリウム塩を除く他の塩や水和物を主成分とする組成物の全てを排除しようとする意思であったとは認め難く、それを認めるだけの事情も特に見当たらないとして意識的除外を認めなかった。

専門家からのアドバイス

本件は、特許発明の出願審査過程において請求範囲の限縮補正により削除された構成が特許発明から意識的に除外されたものであるか否かが特許発明の均等範囲を判断するのにおいて争点となった事例である。
具体的には、本件における特許発明の「フィマサルタンカリウム塩又はこの水和物30mg」及び「アムロジピンベシレート塩5mg」という記載については医薬品の有効成分の表記として不明確な部分があったが、特許法院は明細書の記載及び当業界の技術認識に基づいて「フィマサルタンカリウム塩30mg又はこれを含む水和物」及び「アムロジピン5mgを含むアムロジピンベシレート塩」と解釈した上で、特許発明と確認対象発明はその課題解決原理及び作用効果が同一であると判断した。これに加えて特許法院は、特許発明の出願審査過程において進歩性の拒絶理由への対応として「フィマサルタンカリウム塩」に限定した事情があるものの、出願人にフィマサルタンカリウム塩を除く残りの塩や水和物の全てを排除する何らの理由もないという点に基づき、確認対象発明の「フィマサルタン遊離塩基一水和物」が意識的に除外されたものではないと判断した。
実務上、進歩性の拒絶理由を克服するために請求項の減縮補正を行う場合において、過度な限縮補正とならないように留意すべきことは言うまでもないが、本件は、そうした請求項の減縮補正を行った場合にも意識的除外としては認めずに特許発明の均等範囲を広く判断した事例として実務上参考になる。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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