知財判例データベース 発明の効果が具体的な実験で証明されていなくても、実施可能要件に違反するものではないと判断した事例

基本情報

区分
特許
判断主体
特許法院
当事者
原告(無効審判請求人) vs 被告(特許権者)
事件番号
2022ホ3151登録無効(特)
言い渡し日
2023年02月16日
事件の経過
請求棄却(審決確定)

概要

明細書に発明の効果が記載されてはいるものの具体的な実験等に基づいて記載されてはいない発明について、無効審判請求人は自らが実験した結果を提示し、発明の効果が具現されないため実施可能要件に違反している旨を主張したが、法院は明細書の記載から通常の技術者が発明の効果を十分に予測することができるため実施可能要件に違反したものではないと判断した。

事実関係

被告の本件特許は、歯磨き過程において口腔内に微細電流を発生させて生体組織の治癒をする歯ブラシに関するものである。
本件特許発明の内容は、歯ブラシヘッド部(100)の背面に第1グルーブ(151)、第2グルーブ(152)を設け、第1グルーブには酸化度が低い第1金属パターン(210)を挿入し、第2グルーブには酸化度が高い第2金属パターン(220)を挿入して電極構造体を構成する(下記図面参照)。さらに第1金属パターン(210)と第2金属パターン(220)の短絡(short)を防止し、その離隔距離を最小化して微細電流の発生を高めるため、第1グルーブ(151)と第2グルーブ(152)の間には流電隔壁(155)を形成する。このような特徴が反映された請求項1は、次のとおりである。

[請求項1]

(前略)上記ヘッド部の背面は、上記第1金属パターン(210)に対応する形状の第1グルーブ(151)であって上記第1金属パターンが挿入される第1グルーブ(151)、及び上記第2金属パターン(220)に対応する形状の第2グルーブ(152)であって上記第2金属パターンが挿入される第2グルーブ(152)を有し(以下「構成要素7」と言う)、上記第1金属パターン及び上記第2金属パターンの最大厚は、上記流電隔壁(155)の高さより小さい(以下「構成要素8」と言う)、微細電流を発生させる歯ブラシ。

歯ブラシヘッド部(100)の背面に第1グルーブ(151)、第2グルーブ(152)を設け、第1グルーブには酸化度が低い第1金属パターン(210)を挿入し、第2グルーブには酸化度が高い第2金属パターン(220)を挿入して電極構造体を構成した図さらに第1金属パターン(210)と第2金属パターン(220)の短絡(short)を防止し、その離隔距離を最小化して微細電流の発生を高めるため、第1グルーブ(151)と第2グルーブ(152)の間には流電隔壁(155)を形成したことが分かる断面図
<本件特許の図2、図4>

原告(無効審判請求人)は、被告が販売する歯ブラシを購入し、「流電隔壁を備えた製品グループ」と「流電隔壁を除去した製品グループ」に分けて、原告自らの実験及び韓国産業技術試験院に依頼して実験をした結果、「流電隔壁を備えた製品グループ」の微細電流発生量が「流電隔壁を除去した製品グループ」の微細電流発生量より顕著に低く測定され、本件特許発明の効果を再現できないため、本件特許は実施可能要件に違反していると主張した。

しかし、特許審判院は原告の請求を棄却し(特許の有効性認定)[1]、これに対して原告は審決取消訴訟を提起した。

判決内容

特許法院は、本件特許発明に明細書の記載不備の違法があるか否かについて、以下のとおり判断した。

(1)関連法理
特許法第42条請求項3第1号は、発明の説明は、通常の技術者がその発明を容易に実施することができるように明確かつ詳細に記載しなければなければならないと規定している。これは、特許出願がされた発明の内容を第三者が明細書のみにより容易に把握できるように公開し、特許権として保護を受けようとする技術的内容と範囲を明確にするためである。物の発明の場合、その発明の「実施」とは、その物を生産、使用する等の行為をいうため、物の発明において通常の技術者が特許出願当時の技術水準から見て過度な実験や特殊な知識を付加しなくても、発明の説明に記載された事項によって物自体を生産してこれを使用でき、具体的な実験等で証明されていなくても、通常の技術者が発明の効果の発生を十分に予測できる場合には、上記条項において定めた記載要件を満たすと言うことができる(大法院2021年12月30日言渡2017フ1298判決参照)。一方、明細書の発明の説明が、通常の技術者がその発明を容易に実施することができるように明確かつ詳細に記されている点の証明責任は特許の有効性を主張する特許権者が負う。

(2)具体的検討
原告は、構成要素8の流電隔壁は口腔内の異物による電極間短絡により微細電流が減少することを防止する目的で備えられたものであるものの、実際には流電隔壁が電極パターン間の微細電流の流れを妨害する影響がはるかに大きく、微細電流がむしろ減少する効果を発生させ、本件請求項1の特許発明は効果の達成自体が不可能であるか、又は極めて疑わしい場合に該当するため、発明の説明が構成と効果を正確に理解して再現することができるように記載されているとはいえない旨を主張する。

詳察したところ、本件特許発明は、第1、2金属パターンの間に流電隔壁を形成し、その高さを両金属パターンの最大厚より大きく形成することによって第1、2金属パターンの導電性異物による短絡を最小化でき、微細電流の発生効率の低下を防止しようとするものであるが、原告が提出した甲第7、23号証(原告自らの実験結果報告書及び韓国産業技術試験院に依頼して実験した結果報告書)は、いかなる異物も存在しない食塩水内において、すなわち第1、2金属パターンが短絡し得ない状況において、隔壁の有無のみ異にして実験した結果であるため、本件特許発明の効果の証明とは何らの関連もない。さらに何らの異物もない電解質(0.9%の食塩水)においては、流電隔壁が電子の自由な移動を制限する結果をもたらすため、「隔壁が存在する場合」の方が「隔壁がない場合」より微細電流発生量が少なく示されることは自明な事項に過ぎない。したがって、原告の上記主張は受け入れることができない。

また、先に詳察したとおり、本件特許発明は、第1、2金属パターンが直接接触するか又は導電性異物によって第1、2金属パターンが短絡する場合、微細電流が発生しないか又は発生効率が顕著に低下する問題点を改善するためのものであって、この観点において構成要素8のように第1、2金属パターンの間に流電隔壁を形成し、その高さを両金属パターンの最大厚より大きく形成することによって第1、2金属パターンの直接的な接触を防止し、導電性異物による短絡を最小化でき、微細電流の発生効率の低下を防止できることは、具体的な実験等で証明されていなくても、出願当時の技術水準から見て通常の技術者がそのような効果の発生を十分に予測することができる。したがって、本件請求項1の特許発明は、特許法第42条請求項3第1号の記載要件(実施可能要件)を満たすと認めることが妥当であるため、原告の上記主張は受け入れることができない。

専門家からのアドバイス

特許発明がその発明の効果を再現できないことを主張するために、無効審判請求人自らが実験した結果を提示することは有効であるか。
本件において無効審判請求人は、特許権者が販売する特許製品を実際に入手し、本件特許の特徴を備えた状態と特徴を除去した状態を作って対照実験を行った。その実験結果に基づいて特徴的な構成を備えた状態では発明の効果が発現しなかったことから、請求人は本件特許が実施可能要件に違反すると主張したのである。
しかし法院は、無効審判請求人の実験条件が発明の効果の発現性を検証できるほどの適切な条件ではないことを理由として、これを排斥した。その上で、本件明細書に記載された発明の構成とその構成による効果の因果関係が通常の技術者にとって予測できる程度に記載されているかを詳察することにより、本件判示では、その発明の効果が具体的な実験等により証明されていないとしても、出願当時の技術水準から見て通常の技術者が発明の効果の発生を十分に予測することができることから実施可能要件に違反しないと判断した。
本件は、実施可能要件の違反が争点になる場合において、特許発明の効果の予測が肯定的に認められた事例として参考にできる。ただし実験の科学と呼ばれる化学発明の分野では、効果の予測性が落ちるため、実施可能要件の判断が多少厳格にもなり得る点に留意する必要はあろう。

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